対中戦略を方針転換した米国

 先週はドル全面安の展開でした。

 米中対立激化懸念と米国の新型コロナウイルス感染者増加に伴う景気後退懸念が高まったことが背景ですが、米中対立は「激化」というよりも終わりのない戦いが始まったようです。「米中新冷戦」の始まりです。

 7月13日、ポンペオ米国務長官は「南シナ海の海洋権益に対する中国の主張は完全に違法だ」と中国を非難する声明を発表しました。この声明によって米国はこれまでのアジアにおける米国の基本戦略を転換しました。つまり、米国は過去70年以上にわたって「アジアの領土主権争いは関係国の間で解決すべき問題だ」と、米国がいずれかの立場を取ることを回避してきたからです。米国は中立から中国を非難する立場に転換し、その行動を「違法」だと断じたのです。

 そして、10日後の7月23日、ポンペオ国務長官は対中政策についてさらに踏み込んだ演説をしました。「共産党中国と自由世界の未来」と題する約25分間の演説で、ニクソン米政権以来の対中戦略の方針転換を宣言しました。

 1972年のニクソン元米大統領の訪中以降、米国の対中戦略は経済や対話を通じた関与の強化によって、中国が自由と民主主義に向けて進化するとの考えに基づいていました。しかし、この「関与政策」は中国国内の変革をもたらさず「失敗した」とポンペオ氏は述べました。

 ポンペオ氏はさらに、習近平・中国国家主席は全体主義イデオロギーの信奉者だと名指しで批判し、米中間の「政治、イデオロギー上の根本的違いをもはや無視できない」として、強権的な手法で影響力を強める中国に対し「自由世界の我々が共産主義の中国を変えなければ、中国が我々を変える」と強調。中国共産党政権を激しく批判し、「変革」を強く迫りました。また「米国か中国かではなく、自由か圧政か、どちらを選ぶかだ」として、「民主主義諸国家による新たな同盟を構築すべき時だ」と、NATO(北大西洋条約機構)、G7(主要7カ国)など世界各国の指導者に共同歩調を呼び掛けました。

過去と決別した米国

 このポンペオ国務長官の演説は、2018年10月のペンス米副大統領の対中政策演説にも対比されるべきものと言えます。ペンス演説が米中新冷戦の「号砲」だとすれば、ポンペオ演説は歴代政権の政策転換を明言し、米中新冷戦の標的を「中国共産党とそのイデオロギー」と定め、自由主義諸国に対して対中包囲網を提唱した内容でした。

 ポンペオ氏は歴代政権の政策を否定し、政策転換を明言した場所に米カリフォルニア州ヨーバリンダを選びました。米中国交樹立に道を開いたニクソン元大統領の出身地です。そして演説会場はニクソン大統領図書館・博物館でした。ニクソン政権以来の政策転換を発信する会場としてこの場所を選び、米国は過去と決別したと全世界に強烈なメッセージを送ることを狙ったようです。

米中貿易戦争激化の重要なシグナルだった2018年のペンス演説

 2018年のペンス演説は、その後の米中貿易戦争激化の重要なシグナルとなりました。

 ペンス演説後、その年の年末にかけてS&P500種株価指数は、FRB(米連邦準備制度理事会)の利上げの影響も大きかったとはいえ、約17%の大幅な下落を見せました。

 ペンス演説によって始まった米中貿易戦争は、米中とも通商協議合意という同じゴールを目指していたため期限が意識されましたが、今回はどちらかが覇権を掌握するまでという期限が明示できない戦いとなりそうです。

 ペンス演説後の下落した株価は、2019年12月の米中通商協議の部分合意によって下落幅以上に回復しましたが、今回は市場にとっては長期間の重しとなることが予想されます。

 短期的には、米大統領選挙まで100日を切ってきたことから、8月、9月頃に、違法と断じた南シナ海や香港の次として警戒されている台湾海峡で軍事的に緊張する事態が起こるシナリオも想定しておいた方がよいかもしれません。

ドル/円のレンジブレーク

 先週のドル全面安でユーロや金は数年ぶりの高値を更新しました。ドル/円もドル安となり、105円台に入りましたが、ここ数年の円高水準になったわけではありません。従って、円高余地はまだあるかもしれません。一方で1ドル=106~108円レンジを一時的にブレークしただけとの見方もあります。

 ドル/円が2カ月近く彷徨(さまよ)っていた106~108円レンジを、完全にブレークしたのかどうか見極めるためには、106円以下の滞空時間と反発力に注目です。106~108円レンジで上方にブレークした時は108円台から109円台の滞空時間は短く、1週間程度で元のレンジに戻りました。

 同じように今回の下方ブレークも105円台の滞空時間が短いかもしれません。先週24日金曜日から4日目に入っていますが、今のところ反発力も強くないようです。このままドル/円が106円台に戻らなければ105円割れに入り、新しいレンジを形成していく可能性があります

 ただ、ユーロ/円やポンド/円などのクロス円はいまだ堅調なため、心理的節目である105円割れ定着には時間がかかるかもしれません。今週は米国が7月30日、ユーロ圏は7月31日に4-6月期GDP(国内総生産)成長率の速報が発表されます。欧州ではGDP以外にも経済指標が相次ぐため、その指標によってユーロが一段高になるのか調整されるのか注目です。これまで買われ過ぎていたユーロやユーロ円の調整が起これば、ドル/円の円高への後押しになりそうです。