公的年金、iDeCoともに「75歳まで先送り」受給が可能に

 2020年5月に成立した年金制度改正法では「100歳人生」に向け、いくつかの布石が打たれました。

 その中の一つは年金受給開始年齢に関することです。65歳から受け始める年金を、「70歳」まで先送りできたところを、「75歳」まで拡大させ、選択肢を広く提供することになりました(法的には遅くもらうことを「繰り下げ」と言いますが、早くもらうことを「繰り下げ」と感じる人もいるので、このコラムでは「遅くもらう」とか「先送りする」という表現にします)。

 かつて人生が80年時代だったとき、60歳から年金を受け始めることに、ほとんど疑問はありませんでした。20年くらい年金をもらって「お迎え」なら、十分という感じです。

 しかし、男性の2人に1人が84歳、女性の2人に1人が90歳まで長生きする時代になっています。65歳から、男性は約19年、女性は約25年の間、生きるのです。その先さらに長生きする、という目線で見ると、男性の4人に1人が90歳以上、女性の4人に1人が95歳以上、生きます。実は「100歳人生」が目の前まで、すでにきているのです。

「100歳人生」、これはリタイアする年齢が遅くなることともつながっています。

 日本老年医学会によれば、10~20年前と比較して加齢に伴う身体的機能変化の出現が5~10年遅延しているとのことです。つまり、高齢者に5~10歳くらいの「若返り」が見られ始めており、65~75歳はまだ元気ということです。

 昭和の頃は60歳といえば、死期が近づいているイメージでしたが、今では70歳で、ようやくおじいちゃん、おばあちゃんのイメージです。今でも70歳まで働ける人はたくさんいます。現実的にも65歳以降も働ける会社は30.8%も存在します(厚生労働省・令和元年「高年齢者の雇用状況」[令和元年6月1日現在]集計結果)。

 そうした時代の変化を踏まえた年金制度改正法により、75歳まで受け取り開始を遅らせることができるようになるのが、公的年金とiDeCo(イデコ:個人型確定拠出年金)です。

 これをどう活用していくか、あなたの資産運用とどう並行していくか、ちょっと考えてみましょう。

そもそも論なら「嫌な人は今まで通りのルールでもらえばいい」

 今回の改正に伴うニュースやネットの反応を見ると、「死ぬまで働けというのか!」というようなコメントが散見されます。誤解している人の多くは、「今の65歳段階での年金水準で、ようやく75歳になってもらえる」「つまり75歳までは、しんどくても働かなくてはいけない」というイメージを持っているのでしょう。

 しかし、これは根本的に間違いです。今決まっている計算式で、今まで通り「65歳からもらい始める」基準には変わりがないからです。また、減額されることを受け入れるなら「60~64歳で受け始める」ことも今まで通りです(むしろ月0.5%減から月0.4%減と、減額率はちょっと弱めにしてくれることになりました)。

 すでに織り込まれている給付水準の減額ルールである「マクロ経済スライド」は実施されますが、それはすべての世代が対象となるものですから、今回の「75歳」には中立的です。

 つまり「75歳まで待てるか!」という人は、今まで通り65歳からもらえばいいわけです(ところで、「水準が下がる分を、受け取りを遅らせることで増額させたい」ということはいい発想です。ちなみに現水準の年金額をもらいたい場合、68歳まで働いて年金を受け始めればいいという試算があります。これも、75歳までがんばってようやく、というわけではありません。これから「70歳現役」社会への移行が始まりますし、老齢期になっても体力に余裕のある時代ですから、そう心配する必要はありません)。

公的年金は単純な増額とはならないが、長生きするほど有利

 今回の改正によって、公的年金とiDeCoのどちらも75歳から受け始める選択肢が追加されますが、性格や仕組みは少々異なります。分けて整理をしてみましょう。

 公的年金については、「終身給付」という基本的なルールがあり、受け始めるときに増減額が決まり、これを一生涯受け続けることになります。

60歳から受け取る場合

 たとえば、前倒して60歳から受け取りにした場合、24%減額(新制度で月0.4%×60月)の年金を60歳から一生涯受け続けます。最初のうちは、まだもらえない年齢で76%相当の年金額をもらえるので、一見するとお得です。しかし、長生きするほど総受取額は減ってしまいます。ざっくり計算すると受け取りスタートから15年を過ぎるくらいで逆転します。平均余命を考えれば「分の悪い選択」です。

75歳から受け取る場合

 一方、75歳まで遅らせて受け取ると、65歳から75歳になるまでは無年金ですが、84%増額された年金を75歳から一生涯受け続けます。平均寿命くらいならほぼトントン、それ以上長生きすれば、お得となります(仮に65歳から受け取り始めた年金水準を100として考えます。65歳から男女平均余命の22年受け取ったとすれば2,200ポイント相当になり、75歳から受け始めた年金水準を184として、男女平均余命の12年受け取ったとすれば2,208ポイント相当になります)。

公的年金収入は課税対象。年金額アップで負担増も

 ただし、公的年金収入は課税対象となり、高額所得者ほど所得税・住民税額が増えることは避けられません。健康保険料や介護保険料も所得に応じて定まるので、負担増になります。現在なら平均的な年金生活者が「ちょっとだけは負担する」というイメージですが、84%も年金がアップすると、すべてを丸取りできず、課税の負担増がアップした分を少し打ち消すことになります。

 また、10年も遅らせて受け取る場合に、増額率が直線的という不思議もあります。5年くらいだと簡単な仕組みとして「月数×増減率」でよかったのですが、財産権の受け取りを10年も留保したと考えた場合、複利で受給権が増えてもいいように思います(ただし、制度は複雑になり、金持ちが有利との批判も避けられないので、設計は現実的ではないかもしれない)。

iDeCoは75歳まで運用で増やす場合、口座管理手数料の問題に注意

 iDeCoはどうでしょうか。同じ法改正のタイミングとはいえ、公的年金とiDeCoはまったく性格が異なります。こちらは終身給付の保証はありません。ただ自分が拠出し、増やしたものを「いつからもらうか」というだけのことです(もしもiDeCoの商品ラインナップに、終身年金保険があれば、それを購入して終身年金額を設定することができますが、設定されたプランは少なく、また現在の低金利環境では相当の長生きをしないと有利にならないでしょう)。

 iDeCoについては、もともと「60~70歳の好きなタイミングで受け取れる」ところに高い自由度がありましたが、これがさらに75歳まで拡大され、かつ「60歳から」はそのままになったことで、老後のお金の管理としては高い自由度を持つことになります。

 あえて60歳代でiDeCoを取り崩して「iDeCoの受け取りと仕事の収入で暮らして、とにかく公的年金の増額を目指す」という選択肢もあれば、「仕事でそこそこ稼ぎ生活できているので、iDeCoは運用を続けつつ、公的年金もiDeCoも受け取りを遅らせる」ということもできます。

 それぞれのライフスタイルに応じて、また公的年金とiDeCoを組み合わせつつ、取り崩しの方針を決められるところに、強みが出てくるでしょう。

60歳以降のiDeCoの口座管理手数料などに注意

 ただし、60歳以降のiDeCoの口座管理手数料について注意が必要です。今回、一部の人について65歳まで拠出可能となりますが、拠出をしない場合でも「運営管理機関の手数料」「信託銀行の資産管理手数料」はかかります。

 これら手数料は、運営管理機関各社の「運用指図者の手数料」という項目で確認できます。掛金拠出をやめると、所得控除の税制優遇が終わってしまうので、税制優遇は運用益の非課税のみになります。そのため、運用状況によっては手数料で目減りする可能性も出てきます。

 また、掛金を拠出した月数だけが退職所得控除枠を増やすことになるので、65歳以降75歳までの10年間は、受け取り時の税制にも影響しません(60歳で受け取った退職金などとも通算される)。

基本的には、元気なら「先送り」、心配なら「受け取り」で考えよう

 とりあえず、現在の制度における「75歳受け取り」の基本的な仕組みを説明してみました。多くの人にとっては「まだだいぶ先の話」でしょうから、そのときの税制などをよく確認して選択してください。

 あえて、公的年金とiDeCoの受け取り方をまとめるなら、基本的には「もらいたいなら、もらう」「ガマンできるなら、先送りする」でいいと思います。

 特に、身体が元気で、65歳以降も十分な収入を得ているなら、受け取りを遅らせ、増額してもらうにはいい環境です。

 しかし、健康に不安を感じている、65歳以降の収入は大幅に減少する、収入を気にせず社会貢献的な仕事に取り組んでみたいなどなど、何か理由があるなら、公的年金にせよiDeCoにせよ、65歳からもらえばいいわけです。

 また、「最初はiDeCoのみもらって、公的年金を増額させる」というバトンタッチ式もあります。そして、75歳にこだわる必要もありません。公的年金は終身にわたって増額されますから、67歳、あるいは68歳までがんばって増額して受け取るというのもいい方法です。

 これも誤解が多いのですが、公的年金の受け取り時期は65歳、70歳、75歳と固定されているわけではありません。65歳から66歳までは1年空けなければいけませんが、それ以降は実は「1月単位」で受け取り時期を決められます。「とりあえず1年だけがんばってみて、そのあとは欲しくなったら請求する」でもいいわけです(ちなみに公的年金を遅らせた人は「65歳の年金額相当で遅らせた年月分を一括でもらう」という選択肢もあります。どうしてもお金が必要になった場合、増額をせず、まとまったお金をもらうこともできます)。

 実際にどれくらい稼げるかは、60歳あるいは65歳になってみないとはっきりしないものです。そのときのあなたのマネープランに、今回の改正で変わった公的年金やiDeCoの受け取り選択肢も加えて、シミュレーションしてみてください。