新型コロナウイルスの感染拡大で、世界ではこれまでに感染者が1,400万人を超え、60万人以上が死亡している(2020年7月22日時点)。世界経済は甚大な被害を受けており、感染拡大の第二波で悪影響が長期化する恐れもある。

 未曾有のコロナ禍で企業はどう変わったか。今後も続く厳しい状況にどう対処すべきか。そしてアフターコロナの日本経済、世界経済はどう変わっていくのか。そしてその変化に日本企業はついていけるのか。日本を代表するIT企業、楽天の創業者で、同社の代表取締役会長兼社長を務める三木谷浩史に聞いた。

※この取材は、2020年7月6日(月)Zoomでの遠隔取材で行われました。記事内の情報や数値はこの時点のものとなります。

▼三木谷 浩史 Profile

楽天株式会社 代表取締役会長兼社長。一橋大学商学部卒業後、日本興業銀行(現・みずほフィナンシャルグループ)に入行。1993年にハーバード大にてMBA取得。退行後、1996年、クリムゾングループを設立。1997年2月エム・ディー・エム(現・楽天)を設立し、同年インターネット・ショッピングモール「楽天市場」を開設。現在、Eコマースをはじめ、フィンテック、デジタルコンテンツ、通信など、多岐にわたる分野で70以上のサービスを提供。

 

▼インタビュアー:大西 康之

ジャーナリスト。早稲田大学法学部卒、日本経済新聞入社。欧州総局(ロンドン)、日本経済新聞編集員、日経ビジネス編集委員などを経て2016年4月に独立。著書に『ファーストペンギン 楽天三木谷浩史の挑戦』(日本経済新聞)、『ロケット・ササキ ジョブズが憧れた伝説のエンジニア 佐々木正』(新潮社)などがある。

楽天が受けたコロナの影響は?

——新型コロナウイルスの感染拡大で世界的に経済活動が停滞し、消費が落ち込み失業率が上昇しています。事態の終息には時間がかかるため、これまで蓄えを取り崩しながらしのいできた企業の中で、資金繰りに行き詰まるところも出てきそうです。コロナで楽天のビジネス環境はどう変わりましたか。

三木谷会長兼社長(以下、三木谷) 第一に、楽天は多角化しておいて正解だった、と思います。例えばトラベルだけ、人材サービスだけの会社だったら、経営手法を真剣に模索しなければいけなかったかもしれません。

 外出の自粛要請で旅行や出張は激減し、どうしても三密(密閉、密集、密接)になるコンサートやスポーツ観戦もできなくなっていたので、楽天トラベルやチケット販売の部門は打撃を受けています。

 しかし一方で、外出自粛の影響で、インターネットでの買い物の割合を増やしたお客さまも増え、EC(楽天市場を中心とする電子商取引)部門や金融部門は好調です。楽天エコシステム(*1)の強さが証明される形になりました。

 第二に、人々の生活様式が変わりコネクティビティーがますます重要になりました。楽天モバイル(楽天グループが自前の回線で行う携帯電話サービス)は「緊急事態宣言」が発令される直前の4月8日に本格スタートしました。世界初の完全仮想化クラウドネイティブネットワークによるモバイル・サービスを日本発で実現したわけですが、サービス開始直後に緊急事態宣言という、いわば逆風の中の船出でした。お客さまに実店舗に来てもらって加入してもらう従来型の販売方法だったら、コロナの影響をまともに受けていたかもしれません。

 しかし楽天モバイルは最初から、オンラインの加入手続きを前提にしていました。実際、サービスを始めてからこれまでに加入したお客さまの95%がオンラインで申し込んでおり、ほぼ計画通りの加入者が獲得できています。逆風を上手く追い風に変えられたと思っています。

 第三に、楽天社内のオペレーションという意味では、新型コロナウイルス対策本部を設置し、しっかりした感染拡大防止のオペレーションができていると思います。基本出社せず自宅で業務に当たる「ワーク・フロム・ホーム(在宅勤務)」に切り替えても、業務効率は落ちませんでした。

*1)楽天エコシステム
楽天市場、楽天ラクマなどの「EC」、楽天カード、楽天証券などの「フィンテック」、楽天トラベル、楽天GORAなどの「ライフ・レジャー」、Rakuten Viber、楽天モバイルなどの「コミュニケーション」などさまざまな事業と、各事業で共通に利用できる楽天ポイントで構成する楽天特有のビジネス生態系。

——楽天も在宅勤務が原則になっているようですが、楽天は創業以来、全社員が参加する週に一度の「朝会」(*2)や「自席周りの清掃」が伝統です。こうした社風も変わっていくのでしょうか。

三木谷 実は在宅勤務になってから、執行役員がリモートで集合して、朝8時からラジオ体操と、10分間の座禅を始めました。変な会社でしょ(笑)。新入社員の研修も全部、在宅になりましたが、1対NでNの数が大きい場合はオンラインの方が有効なこともある。新人研修では『成功の法則92ヶ条』(*3)を私が朗読していました。楽天市場の出店店舗さまに対しても同じことをしています。楽天に関していえば、コロナ禍で、社員や出店店舗さまとの結束が、より強くなったと言えます。

フルリモートで行われた新卒研修。研修後には有志でZoom飲み会も?!

 そうは言っても、「もう全部リモートでいい」とは思いません。短期的に見れば、リモートの方が効率的かもしれませんが、中長期ではリモートに偏向するのもデメリットがありそうです。全員が在宅では働き方がフリーランスに近くなってしまいます。やはり人間は面着しないといけない生き物だと思っているので、楽天の場合は、リアルとリモートのハイブリッドで最大稼働力、効率性を発揮できるスタイルを目指していきます。

*2)朝会
創業時からの伝統で、週に一回行われる全社員参加型の情報共有ミーティング。国内の拠点を繋ぎ、事業戦略、直近の取り組み、最新技術や成功事例などが発表され、三木谷氏も短いスピーチをし、社員からの質疑にも応じている。専用の会場が本社には設けられているが、現在は完全リモート開催。 

*3)『成功の法則92ヶ条』
2009年に刊行された三木谷氏の著書。「成功するかしないかは、運や偶然で決まるわけではない。成功には法則がある」という経営哲学を自らつづっている。

——三木谷さん自身の働き方はどう変わりましたか。

三木谷 仕事量が3倍になりましたね。ミーティングは原則、オンラインですから移動時間がなくなり、スケジュールの寛容度が上がりました。「次はアメリカ」「次はヨーロッパ」とリモート会議を続けていると、24時間繋がってしまう。3倍の濃度で働くのはちょっとキツくて、バーン・アウト(燃え尽き)症候群になりそうです(笑)。ただ、距離も時差も、いろんな意味で垣根がなくなったので、海外のエグゼクティブとも、Viber(*4)で気軽に情報交換をすることも増え、コミュニケーション量が増えたのは間違いありませんね。

 コロナの影響でオンライン化やキャッシュレス化、つまりデジタル化が一段と進むのは間違いないと思いますが、個人の生活は外界とのコミュニケーションが遮断されがちになり、超核家族化になります。社会としてオンライン・コミュニティーだけでいいのかという問題です。プライベートのライフスタイルも、ビジネス環境も、ある程度はリアルとデジタルのハイブリッドで行くべきだと思います。

*4)Rakuten Viber
ルクセンブルクに本社、ベラルーシに開発拠点を置くインターネット電話、ショートメッセージ・サービスの会社。2014年に楽天が買収した。世界に約11億人の利用者がいる。

コロナ禍で、社会や経済はどう変わる?

——では、楽天だけでなく、教育、経済など、社会はどう変化していくと思われますか?

三木谷 ワクチンが開発されるとまた状況は変わると思いますが、ビジネス環境については、すべてにおいてリスク分散をしておいたほうがいいと思います。例えばショッピング。消費者はコロナが終息しても、完全には実店舗に戻らないかもしれません。レストランも同じです。コロナが終息しても以前ほど外食には行かないかもしれない。

 楽天も5月7日から「楽天リアルタイムテイクアウト(*5)」を始めました。コロナ禍で苦しんでいる外食店を支援するために始めたサービスですが、企業としては、コロナ禍をきっかけに消費者の行動パターンが多様化する可能性も想定する必要がある。ビジネス出張がオンラインのミーティングに変わったり、観光で出かける先も、遠出ではなく、以前より近い場所で楽しむ傾向が強くなるかもしれません。つまり、人々の生活様式が大きく変わることが予想されるので、企業は新しいスタイルへの準備を常にしておくべきでしょう。

*5)楽天リアルタイムテイクアウト
5月7日に開始した、レストランやカフェなどの飲食店において、商品を事前注文・決済することが可能になるテイクアウト支援サービス。渋谷駅および五反田駅の周辺地域にある飲食店187店舗を先行導入店舗として開始し、順次全国の飲食店へと拡大しているという。

——三木谷さんは、かなり前から、対面が義務付けられていた医薬品販売のオンライン化やキャッシュレス化を提唱しています。一方で、改革を拒む動きも根強く、コロナが終息した後は元に戻ってしまう恐れもあります。コロナ後、日本ははたして変われるでしょうか。

三木谷 例えば、せっかく盛り上がった大学の「九月入学」を見送ったのは残念ですね。それを含め、日本には「改革をしたくない人」がまだまだたくさんいるんだ、と改めて認識しました。ある程度は変わっていくのだけれど、最後まで変化しきれない。10%をやり残してしまい、そこから元の位置までなしくずしに押し戻されるようなことがしばしば起こります。変化を止めたがる既得権益をなんとかしたい、と切に願います。

コロナ後、日本が世界と戦うためにすべきことは?

——新型コロナでヒト、モノ、カネの動きが止まり、世界経済は大きな打撃を受けましたが、その中で米国や中国のデジタル企業は大きく業績を伸ばし、株価も急上昇しています。5月にはGAFAM(アルファベット(グーグルの持ち株会社)、アップル、フェイスブック、アマゾン・ドット・コム、マイクロソフトの5社)の株式時価総額の合計が560兆円を超え、東京証券取引所1部に上場する2,170社の合計を上回りました。この5社を株価で猛追しているのがアリババ、テンセントといった中国IT大手です。世界の覇権を争う米中プラットフォーマー(デジタル技術でビジネスや生活の基盤を提供する会社)との競争に日本はついていけるのでしょうか。

三木谷 世界競争に勝ち抜くためにも、今、楽天が頑張っているという部分もあります。楽天は6月、次世代通信規格「5G」のシステムを海外で販売するため、中核となる制御装置の技術をNECと共同開発することを発表しました。楽天モバイルが実現した完全仮想化の携帯電話ネットワーク(*6)を5Gに適応させたシステムで、日本発の「5Gプラットフォーム」と言えます。

楽天の携帯キャリアサービス、本格始動。これまでの常識をくつがえす料金プラン「Rakuten UN-LIMIT」申込受付中!Rakuten Miniなど人気のAndroidスマートフォンも続々登場。

 通信というのは基本的に道路と同じで、平坦で早くて安い方がいい。楽天モバイルはネットワークの完全仮想化でそれを実現しました。 誰もが「できない」と思っていた完全仮想化を実現した楽天モバイルは海外の通信会社にも注目されており、いろいろな引き合いが来ています。これを世界に広めることができれば、日本で唯一、GAFAMに対抗できるプラットフォームになりえます。 5Gのプラットフォームでは日本の通信が主役になれるかもしれない。チャンスはあると思います。

 

*6)完全仮想化の携帯電話ネットワーク
従来の携帯電話ネットワークは、特定の専用ハードウエアに依存していたが、楽天モバイルは仮想化技術によってソフトウエアとハードウエアを分離した。ネットワークは汎用ハードウエアで構成され、大幅なコスト削減につながった。

——楽天にとって楽天モバイルの完全仮想化ネットワークは、将来、アマゾン・ドット・コムのAWS(アマゾン・ウェブ・サービス)のような、新たな収益源になっていくのでしょうか。

三木谷 そうなると思います。グラウンド・ブレーキングなプラットフォームになり得る技術です。

——楽天モバイルは、今後、どのくらいのペースで加入者を増やしていく計画ですか。

三木谷 楽天モバイルのオンライン手続きは非常に簡単なので、初めての方にも他のキャリアから移行される方にも申し込みやすいと自負していますが、今後はもっと簡単に、短時間で手続きが終えられるようにしていく予定です。ただ、使える電波の帯域が限られているため、いきなりドンと増やして、お客さまに不都合が出てはいけないので、そこは慎重にビジネスプランを立てています。

——株式市場ではGAFAMだけでなく、世界の自動車メーカーの中で時価総額首位だったトヨタ自動車が米国の電気自動車メーカー、テスラに抜かれるという「事件」も起きました。販売台数の実績を見ればテスラは年間37万台で900万台を超えるトヨタの足元にも及びませんが、株式市場はテスラの方を高く評価しています。

三木谷 アメリカの投資家は、今が赤字でも、将来性があれば、その会社を高く評価して株を買います。そういう未来志向のアメリカの株式市場があったから、今のテスラがあるとも言えます。

国内株式と同じアプリで、米国株式取引を完全サポートできるようになった「iSPEED for iPhone/Android」。米国株式の銘柄情報の閲覧や注文、銘柄管理ができる。総合口座を開設済みであれば、iSPEEDをインストールするだけですぐに米国株式の取引きを開始できる。

 一方、日本人は投資家も含めて、未来志向の人が少なく、短期的な尺度の投資をする人が多い。有権者が投票で政治家を育てるように、投資家(=株主)が企業を育てるという側面は確実にあります。企業の行動というのは投資家の反応で変わります。投資家のビジョンは企業経営者に大きな影響を与えますし、投資家の考え方が変われば経営者も変わるのです。日本企業を強くするためには、まず投資家が変わる必要がある。

 投資家が未来志向になるためには、ラーニングが必要です。2020年4月27日、楽天証券のスマホ向けトレーディングアプリ「iSPEED for iPhone/Android」(*7)で、米国株式の銘柄情報の閲覧や注文、銘柄管理ができるようになりました。グローバル投資は、投資家や株主が意識改革する、よいきっかけになるのではないでしょうか。瞬間風速的な株価の急騰急落や、配当や株価に惑わされず、未来志向で日本株と米国株を比べるようになるなど、投資家のマインドが変わってくるし、それが日本企業の経営を変えることにもつながると思います。

*7)「iSPEED for iPhone/Android」
楽天証券が開発した株取引アプリ。iPhone、アンドロイドのスマホやタブレット端末のiPad、Apple Watchに対応し、株、FX(外国為替証拠金取引)、商品先物などの銘柄情報閲覧、注文、銘柄管理ができる。

——プロ野球、サッカーJ1リーグは無観客で再開し、徐々に制限した人数の観客を入れ始めたところです。楽天のスポーツビジネス(*8)は、国内で東北楽天ゴールデンイーグルス、ヴィッセル神戸、海外でFCバルセロナ、NBAのゴールデンステート・ウォリアーズ、台湾の楽天モンキーズなどがありますが、コロナ禍で打撃を受けているスポーツビジネスはどう変わるのでしょうか。

三木谷 新型コロナウイルスのワクチンができれば、スタジアムにお客さまが戻ってくると思いますが、一方でスポーツの新しい楽しみ方は追求していかなくてはなりません。

7月15日(水)から入場制限を設けた有観客試合を開催。観客もソーシャルディスタンスを実行しているほか、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、さまざまな対策がなされている。

 ただ、今は、プロ野球もJリーグも視聴率はとても上昇していて、番組配信の中で人気コンテンツになっている。試合や中継が中断されていたことで、スポーツの、コンテンツとしての価値は、間違いなく上がりました。デジタル化によるマネタイゼーションも加速しました。新しいコンテンツの価値を認識し、従来にない楽しみ方を学んだお客さまも増えている。コロナが終息してスタジアムのお客さまが戻っても、この部分は上乗せになるわけです。今は、確かにプロスポーツの運営は厳しいタイミングですが、この状況は、最終的にはスポーツビジネスにとってポジティブだと思います。

*8)楽天のスポーツビジネス
2004年に東北楽天ゴールデンイーグルスを立ち上げプロ野球に参入。J1のヴィッセル神戸は2018年、元スペイン代表のアンドレス・イニエスタと契約を結んで世間を驚かせた。2016年にはリオネル・メッシなどが所属するスペインの名門FCバルセロナ(バルサ)とパートナー契約を結び、バルサのユニフォームには「Rakuten」のロゴが入っている。バスケットでは米NBAのゴールデンステート・ウォリアーズとパートナーシップ契約を結び、特別協賛をするテニスの楽天ジャパンオープンも毎年開催している(2020年は新型コロナで開催中止)。

——アフター・コロナの時代を生き抜くために、日本や日本企業は何をすべきでしょうか。

三木谷 企業として重視すべきなのは、最後は人材だと思います。楽天モバイルのように新しいビジネスを立ち上げる場合も、究極は人。優秀な人を集めることが最重要です。そういう意味では、今は、インドの優秀なエンジニアなど、国境を越えて優秀な人材を獲得する大チャンスですよね。新型コロナの影響でアメリカには気軽に行きにくくなったし、中国も制約が多くて行きにくい。例えば外国人就労者が働きやすくなるように、税金をドンと下げるような優遇策を打ち出せば、優秀な人がたくさん日本を選んでくれるようになる。良い人材を育成するために、まずは教育が、大きく変わっていくべきだと確信しています。

ファースト・ペンギン 楽天・三木谷浩史の挑戦
日経BPM(日本経済新聞出版本部)
大西康之著
1,760円(税込)