円高の背景

 先週のドル/円は107円台が徐々に重たくなり、久方ぶりに106円台で週を終えました。

 この円高は二つの背景があります。一つは日本の損保が集中豪雨被害による保険金支払いに備え、海外資産を売却して円資金を捻出するとの思惑と、もう一つは中国の政府系ファンドが保有株を売却する予定を発表し、中国当局が連騰している上海株を抑える動きに出たことです。上海株は下落し、ドル/円も106円半ばまで下落。しかし、欧米市場では米独のワクチン開発の進展期待で株価が上昇したことから、ドル/円も買い戻されました。

 今週に入り、ドル/円は107円を挟んで動いています。株価に左右されながら上下に動いていますが、上下とも勢いはない相場です。しばらくは1ドル=106~108円を中心レンジとして動きそうですが、もし、レンジをブレイクしていくとしたら、下方を警戒するような兆しが出ています。それは米国の経済活動再規制と、一線を越えた米中対立です。

米国の経済活動再規制

 7月に入って日米欧の株を引っ張ってきた上海株は、上述したように中国当局の抑制策が出てきたことから、上海株の勢いは止まりました。欧米株は上海株の後押しがなくなりましたが、ワクチン開発の期待や、今週から本格化する米企業決算への期待から株は上昇しています。

 ただ、注意しておかなければいけないことがあります。7月13日のNYダウ平均株価は500ドル以上上げていたのですが、米カリフォルニア州が新型コロナウイルス患者急増を受け、レストラン、バーなど室内での営業を再び制限との報道が伝わると、上げ幅を急速に縮小し、結局10.50ドル高で終えたこと。経済活動の再規制が株の勢いをそぎました。

 米国の新型コロナウイルス感染者数は経済活動再開後も増加しているものの、感染拡大による経済停滞は起こらないと楽観的に受け止められてきました。その背景は、4月と比べて若者の感染比率が高く、比較的軽症者が多いことや、1日あたりの死者数が3分の1程度にとどまっていることがあるようです。従って、トランプ米大統領が強調するように「状況は改善している」とみられていました。

 しかし、さすがに米国全体で新型コロナウイルス感染者数が330万人を超え、1日当たり6万人超の感染者が出てくると、経済活動を再規制する州も出てきました。上述したカリフォルニア州やオレゴン州などです。感染者が急増し、州別の1日当たりの感染者数が最多のフロリダ州や、1万人を上回っているテキサス州などは、まだ規制の動きは見られませんが、その動向には注目する必要があります。

 今後は、感染者数の急増だけでなく、数週間遅れるとみられる死者数も増加してきた時に、楽観的な見方が後退してくるのかどうかに注目です。感染者数が急増したフロリダ州は先週後半から死者数も増えてきているようです。

どこまで悪い?世界の4-6月期GDP成長率

 4-6月期GDP成長率がいよいよ今週16日から発表予定です。7月16日の中国をはじめ、米国は30日、ユーロ圏は31日、日本は8月17日の公表予定です。いよいよロックダウン時と経済活動再開時とが合わせ持ったGDPが発表されますが、どのような数字になるのか注目です。

 中国の予想平均値は+1.1%(振れ幅▲5.2~+3.6%)と、前期の▲6.8%からプラスに転じていますが、通年の予測でも+1.6%程度であり、V字回復は期待できないようです。

 欧米のGDP予想はマイナス20~40%と幅広い落ち込みとなっていますが、発表された数字が予想よりよかったかどうかではなく、発表時点の感染者数と死者数の傾向によって、楽観が勝つのか悲観が勝つのかどうかに、注目したいと思います。先行きに悲観的な見方が広がると株は下落し、ドル/円も円高に動くと予想されます。

 日本の4-6月期GDPについては、9日、日本経済研究センターが民間エコノミスト35人による予測をまとめました。これによると日本の4-6月期GDPの平均は前期比年率▲23.5%となっています。リーマン・ショック後(2009年1-3月期▲17.8%)を上回る落ち込みとなる見通しです。そして、7-9月期予測は+9.4%とプラスに転じますが、その後は10-12月期+4.7%→2021年1-3月期+3.4%と鈍化していく見通しとなっており、2020年度通年では▲5.4%となっています。

 7月に入って、東京都の新型コロナウイルス感染者数が4日連続で200人を超えてきました。ここ数日は200人を割ってきましたが、100人を超えている状況です。このまま政府や東京都の静観が続くと、この先300人、400人と増えるのではないかと危惧されます。もし、このまま増加が止まらなければ、政府や東京都には頼れないと個人個人が考え、自主的に外出や飲食を控え、企業もテレワークに逆戻りさせてくることが予想されます。そうなると小売り、外食、観光はさらにダメージを受ける可能性があり、7-9月期GDPのプラス転予想を困難にするかもしれません。

 日本のGDPは1カ月先ですが、感染者の増加が抑制されなければ、GDPの発表を待つまでもなく株式市場の重しになってくる可能性がありそうです。

一線を越えたトランプ米政権

 ドル/円のレンジを下方にブレイクするかもしれない、注目すべきもう一つの動きは、13日のポンペオ米国務長官の発言です。ポンペオ国務長官は「南シナ海のほぼ全域にまたがる海洋権益に対する中国の主張は完全に不法だ」と中国を非難する声明を発表しました。ポンペオ氏は、南シナ海での領有権を巡る中国の主張を否定した2016年7月のオランダ・ハーグの仲裁裁判所の判決に「米国の立場を一致させる」と強調しましたが、米国はこれまでのアジアにおける米国の基本戦略を転換したようです。

 米国は過去70年以上にわたって、アジアの領土主権争いは関係国の間で解決すべき問題だと、米国がいずれかの立場を取ることを回避してきました。しかし、今回の発言によってトランプ政権は米中関係について一線を越えました。

 トランプ大統領は国内問題で支持率が下がってきているため、国外の問題に米国の国力を見せつけようとしているのかもしれません。今回の発言は、米国民の目を国外に向けさせるための第一声かもしれません。

 南シナ海だけでなく、東シナ海、台湾海峡、香港国家安全法に絡む制裁、北朝鮮と、東アジアの各方面で地政学リスクが高まりそうです。中印国境問題もまだ、くすぶっています。11月の米大統領選挙まで4カ月を切ってきたため、8~9月は要注意かもしれません。株もその頃は警戒ですが、株式市場はこれより前に、米国の変化による地政学リスクの高まりを察した動きが出てくる可能性も捨てきれません。