資産運用について考える上で「ベンチマーク」について正確に理解することが大事だと筆者は考えている。

 一方、現実には、ベンチマークについて案外知られていないと思うことが少なくないし、時には「ベンチマークは運用者にとって余計な制約であり、ベンチマーク無しで自由に運用させるべきだ」とか「ベンチマークとの勝ち負けよりは、絶対リターンが大事だ」といった、暴論を聞く機会もある。

 今回は、ベンチマークに関する概念整理を5つ試みる。

その1、「ベンチマークの三つの機能」

 ベンチマークの意味を大きく定義すると、運用の委託者と受託者のコミュニケーションを媒介する具体的なポートフォリオのことである。

 ベンチマークは、運用の委託・受託関係の中で、次の三つの機能を果たす。

 まず、「情報の縮約」機能だ。例えば「国内株式のリスクとリターン」について知ろうとするとき、TOPIX(東証株価指数)などのベンチマークの過去のリターン・データを見ることで、リスクや期待リターンについて(特に前者について)見当をつけることができる。何らかの具体的なポートフォリオを定義しなければ、リスクやリターンの測定・計算が不可能であることと、実際に運用されるポートフォリオとベンチマークとして使われるポートフォリオがかけ離れていると、役に立たないことが分かるだろう。

 次に、ベンチマークは、実際の運用が進行する際に、運用の「リスク測定の起点」の機能を果たす。運用の委託者とファンドマネージャーの間の了解は次のようなものだ。「ファンドマネージャーは、自分が持っている情報と判断の信頼度に応じてアクティブ・リスクを取ってリターンを追加しようとする。有望な情報・判断が無い場合はベンチマークと同じポートフォリオを持つ」。

 もちろん、両者の間で、ベンチマークに対してどの程度のリスクを取った運用とするかが、協議の対象になることもある。このような役割を持つものである以上、ベンチマークは運用の事前に定義されていなければ有効に機能しない。

 委託者は、ベンチマークについてファンドマネージャーと合意することにより、ベンチマークからひどくかけ離れたポートフォリオを持たれないことを安心感としつつ、ファンドマネージャーがプラスのアクティブリターンを追加してくれることを期待する。

 そして、ベンチマークがリスク測定の起点として有効に機能するために、ベンチマークが「パフォーマンス評価の基準」であることがファンドマネージャーへのインセンティブ(誘引)として有効に働く。

 ベンチマークは、このように、運用の計画、実行、評価のそれぞれのプロセスに関わることによって、機能を発揮する。

 そもそも自分のお金を他人の判断に任せること自体が、不自然で、なかなかに難しいことだ。端的に言って、本当に確実にもうけられるなら、ファンドマネージャーは他人のお金など運用する必要がない。

 どのようなポートフォリオをどのように運用するか、ベンチマークは運用の委託者とファンドマネージャーの間のコミュニケーションを具体的で意味のあるものにするために必要不可欠なツールなのだ。

その2、投資付加価値の境界線

 以下は、年金の運用など、主にプロどうしの運用に関わって発生する論点なので、少し話が込み入っているかもしれない。一般投資家読者は、「ベンチマークには、このような使い方もあるのか」と理解してくれたらいい。

 例えば、運用の委託者とファンドマネージャーの双方が低PBR(株価純資産倍率)を基準とするバリュー株運用(割安株運用)が有利であることについて意見が一致しているとしよう。

 この場合、運用の委託者は、単に「低PBR」というポートフォリオの属性から得られるリターンを獲得することは、低PBRを基準にして作ったポートフォリオをベンチマークとしてパッシブ運用を行うことで安価に実現できる。バリュー運用を得意とするアクティブ運用者をわざわざ雇う意味がない。

 バリュー運用のファンドマネージャーに対して、TOPIXをベンチマークとして与えたら、このファンドマネージャーは低PBRの属性をポートフォリオに持たせることで労せずしてアクティブリターンを稼ぐことができるかもしれない。

 しかし、運用の委託者が欲しいのは、単なる低PBR株ポートフォリオではなく、その中でよりよい銘柄選択や銘柄ウェイトの巧みなコントロールによってさらにアクティブリターンを付加してもらうことだ。

 この場合、運用の委託者は、低PBRを基準に作った何らかの具体的なポートフォリオをファンドマネージャーに与えることによって、低PBRの属性から来るリターンを期待するとともに、ファンドマネージャーが付加したリターンをより正しく評価することができるようになる。

 なお、運用の委託者が求めるポートフォリオの性質に合わせて、個々に作られたベンチマークのことを「カスタマイズド・ベンチマーク」と呼ぶ。運用委託者のレベルが上がると、カスタマイズド・ベンチマークによって、ファンドマネージャーの運用の付加価値をより狭い特化された範囲に追い込むことができる。例えば、俗に「スマートβ」と呼ばれるようなポートフォリオをカスタマイズド・ベンチマークに使うことが、年金運用などの世界では十分にあり得る。

その3、「ベンチマークの三条件」

 前記の三機能をよく果たすために、ベンチマークは以下の三つの条件を満たすことが望ましい。

第一の条件「透明性」

 ベンチマークは、その構成銘柄とウェイトがファンドマネージャーから見て把握可能でなければならない。そして、あるとすればそれらの変化の条件が事前に明らかで予測可能なものでなければならない。

 債券などのベンチマークに使われるインデックスにあっては、その構成銘柄やウェイトがオープンにされていないものもある。時には、インデックスのプロバイダーが、構成銘柄の情報を有料で教えるビジネスを営むようなケースもあり、こうしたインデックスの性質は、ベンチマークとするには望ましいものではない。

第二の条件 ベンチマークのリターンの「再現性」

 ベンチマークは、「特段の情報や判断がなければ、そのリターンを実現すべきもの」なので、そのリターンが再現できるようなものでなければならない。

 例えば、毎日の売買代金上位50%の銘柄で構成される株式のベンチマークを考えると、ベンチマークの銘柄とウェイトを知るタイミングに遅れが生じるのでファンドマネージャーがベンチマークと同じポートフォリオを持つことが難しい。加えて、ベンチマークの銘柄は相当の回転率で入れ替わることが予想され、売買コストによって運用パフォーマンスは大きく損なわれるだろう。このポートフォリオはベンチマークとして有効に機能しない。

第三の条件「規範性」

 何度も言うように、ベンチマークは「特段の情報や判断がなければ、そのリターンを実現すべきもの」なので、それ自体が運用されるポートフォリオとしてできるだけ望ましいものであるべきだ。

 例えば、米国株で言うと、通称「ニューヨーク・ダウ」として有名なダウ工業株30種平均よりも、S&P500の方が、リスク分散の効いたポートフォリオなのでベンチマークとして使う上で一般的にはより好ましい。

その4、「ベンチマーク」と「インデックス」

 ベンチマークは、運用の委託者とファンドマネージャーとの間で合意された「具体的なポートフォリオ」であることが必要だ。現実には、何らかのインデックス(指数)として発表されているものの計算の元になるポートフォリオがベンチマークとされることが多い。具体的には、日本株のTOPIX、米国株のS&P500などだ。

 このため、ベンチマークはインデックス(指数)でなければならないと思ったり、両者を同一視したりしている人が少なくない。

 しかし、先に紹介した「カスタマイズド・ベンチマーク」で分かるように、ベンチマークは商用の指数である必要はない。

 過去にさかのぼって銘柄・ウェイトを決めることができて、正確なリターン・データを利用できて、そのポートフォリオが今後の運用の目的に沿っているのなら、インデックス・ベンダーが発表するインデックスがベンチマークである必要はない。

 細かい話だが、S&P500や日経平均株価のような指数は、これを機関投資家が利用しようとした場合に、指数の計算者が利用料を要求することが多く、インデックス・ファンドの運用の場合などに、運用会社はコスト負担が必要なので(例えば、運用残高の0.02%程度の費用を請求される場合がある)、運用パフォーマンスにとってもマイナスになる。

 インデックスには、(1)市場の状況を把握するための統計データの元(2)インデックス・ファンドのターゲットやアクティブ運用の比較対象としての運用ポートフォリオの基準(3)先物・オプションなどの原資産、といった複数の役割があり、特に(1)と(3)は、運用のベンチマークとしての望ましさ(「規範性」)と矛盾する場合がある。

 例えば、インデックスの銘柄入れ替えやウェイトの変更が市場で利用(悪用)されることで、インデックス・ポートフォリオのリターンが損なわれる現象が時々起こるが、こうした属性は運用のベンチマークとしては好ましくない。

 インデックス運用は決して理想の運用ではなく、複数の欠点を持っている。現実には、ファンド内の取引コストの大きさ、手数料の高さなどの要因によって、「アクティブ運用が相対的に悪すぎる」ことが、多くの投資家がインデックス運用を選択すべき原因であるにすぎない。

その5、「インデックス運用」と「パッシブ運用」

 インデックス運用とはインデックスのポートフォリオのリターンを再現しようとする運用であり、パッシブ運用とは、ベンチマークとして与えられたポートフォリオのリターンを再現しようとする運用のことだ。両者は、ベンチマークとなるポートフォリオが、何らかのインデックスのポートフォリオである場合に一致するが、これまでの説明でお分かりいただけるように、常に一致する訳ではない。

 例えば、TOPIXをベンチマークだと考えて、国内株式のリスク・リターンを分析して、アセット・アロケーションを組んだ年金基金が、JPX日経400のインデックス運用を運用会社に委託するとすれば、これは基金としてはパッシブ運用ではなくてアクティブ運用だと考えるべきだが、運用の手法はインデックス運用である。

 なお、パッシブ運用かアクティブ運用かの違いは、ベンチマークと異なるリスクを取るか否かが本質的であって、運用期間中に人間の判断が介在するか否かが問題なのではない。

 運用方法が事前にルール化されていて運用途中に変更されない、いわゆる「システム運用」(「フォーミュラ・プラン」という呼び名もある)は、ベンチマークと異なるリスクを取るのであれば、パッシブ運用ではなく、アクティブ運用だ。

 細かい話だが、「パッシブ(運用)」、「インデックス(運用)」、加えて「システム運用」の意味の違いを正確に理解しておきたい。