ドル/円のレンジは変わるか

 先週のドル/円は、米国の中国デカップリング(分断)報道をきっかけに円高が進み、106円割れをトライしましたが、結局割り切れず107円台に戻しました。

 このまま1ドル=106~108円台のレンジに入るかと思いきや、今週に入って米国や欧州の経済指標が予想より良かったことで株価が反発。1ドル=107円台後半に上昇し、108円手前で6月を終えました。

 そして、7月1日に発表された日銀短観がリーマン・ショック以来の悪化だったことを受けて、1ドル=108円台に乗せてきました。このまま1ドル=108円台にしっかりと乗せ、レンジが変わるのかどうか。今週は米雇用統計発表が2日(木)にあり(※)、この結果を受けて、景気回復期待がさらに高まれば株価は一段高となり、再び1ドル=106~108円のレンジに収まるのかどうかに注目です。

(※)7月の米雇用統計は2日(木)に発表。通常第1金曜日に発表だが、7月はその3日(金)が、4日(土)米国独立記念日の振替休日のため

IMFが相場急落リスクに警鐘を鳴らす

 6月25日、IMF(国際通貨基金)は、「国際金融安定性報告書(GFSR)」を公表しました。

 IMFはこの報告書で、1月中旬の高値水準と比較し、85%近くまで回復した日米などの株価上昇に対して「実体経済と乖離(かいり)しており、割高感がある」と警戒感を示しました。主要中央銀行が6兆ドル(約640兆円)規模の資産購入に踏み切り、前例のない金融緩和が投資家のリスク選好を加速させ、株価などの急回復につながったと分析しています。そして、投資家が過大にリスクをとっている可能性を指摘し、株式や社債の価値が過大に評価されていることによって、これら金融資産急落のリスクに対し警鐘を鳴らしています。

 IMFは相場下落のきっかけとして、次の3点を主な要因として挙げています。

(1)景気後退の長期化
(2)新型コロナウイルス感染第2波
(3)中央銀行への過度な期待の消失

 (3)については、中央銀行に対する期待がすぐに裏切られるとは思えず、今すぐ起こるという話ではなさそうです。なぜならFRB(米連邦準備制度理事会)は2022年末までゼロ金利を維持するという金利見通しを示しており、パウエルFRB議長も記者会見や議会証言で「Wall StreetもMain Streetも何が何でも支える」という強い意志を示しているからです。

 ただ、パウエルFRB議長は「新型コロナウイルス感染第2波が起きれば米経済の試練となる」とも述べており、「景気回復は一段と弱まり、経済再生の道のりも極めて長くなる」と長期停滞に陥る懸念も表明しています。このような事態になったとき、市場で期待されているほど金融緩和が長期に続かなかった場合、市場は一気に失望。投資家がリスクテイクを見直すというシナリオが想定されますが、いずれにしろ、まだ先の話と思われます。

 しかし、(1)と(2)の要因は、双方が絡み合って断片的に起こっているため注意が必要です。

 例えば、先週6月26日(金)にNYダウ平均株価が730ドル近く急落したきっかけは、フロリダ州で感染者数増加が加速したことや、テキサス州知事が州内のバーの営業停止やレストランの入店制限を命じたことが報じられたこと。米国内の感染拡大と経済活動の再開制限が嫌気され、感染者数の急増によって「景気が悪影響を受ける」という見方が広まったようです。

 ここのところ、経済指標も予想より良い数字が発表されていることから、景気回復期待が強まっており、相場が急落しても株はすぐに反発しています。

 しかし、市場も感染者の増加が景気の足を引っ張るという構図に敏感になってきていることにも留意しておく必要があります。

 現在、米国で感染者が急増しているのは新型コロナウイルス第2波ではありません。第1波の渦中で、経済活動再開によって感染急増が起こっている状況です。このように第2波(2)が起こらなくても、感染者数増加による景気後退懸念(1)に市場は敏感になってきています。

 また、予想よりよい経済指標が発表されても、前年と比べるとその水準はまだまだ低い状況です。そのため感染者数増加によって経済活動が再び制限されることが繰り返されると、投資家は「予想以上に景気後退が厳しくかつ長期化する」という見方を強めていくことが予想されます。

景気回復の特効薬はやはりワクチン開発

 (1)と(2)が解消されるためには、やはり新型コロナウイルスのワクチン開発が必要です。WHO(世界保健機関)は「世界中で200を超える研究が進み、このうち15は臨床試験が始まっている」と開発が進んでいることを説明しますが、時期については「12カ月後、遅くとも18カ月後の開発を目指している」としており、実際にワクチンが使えるのはまだ先の話のようです。

 ワクチン開発が2021年の夏から年末頃までかかるとなると、それまでは中央銀行が支えてくれるという楽観と、実体経済の回復鈍化による景気後退懸念が交錯する相場が続きそうです。回復期待と実体経済との乖離を気付かせてくれるのが感染者数の増加と考えれば、これが減少傾向にならない限り、景気後退懸念の方が勝っていくということになりそうです。

 ところが、感染拡大の懸念材料は欧米で増えています。テキサスやフロリダなど一部の州では、経済活動に再び規制をかけてきましたが、規制を無視するかのように、夏場に向けて人々の活動が活発化することが予想されます。米大統領選挙も夏場に向けてヒートアップし、人々が集まる機会が増えそうです。

 また、米国ではマスク着用が人権侵害だとの議論が出ているのは驚くばかりです。そして欧州では、EU(欧州連合)域内の移動緩和だけでなく、域外の移動緩和も認め始めており、その影響が懸念されます。

 世界の新型コロナウイルス感染者数は1,000万人を超えてきました。米国とブラジルだけで世界全体の感染者数の約4割を占めていますが、南北米エリアではこの2国だけでなく他の中米の国の感染者も増えてきています。これからも中南米、アフリカ、南アジアと拡大していくことが予想され、楽観論を冷やす材料は減ることはなさそうです。

 IMFの警鐘は、まだ先の話ではなく、複合的に断片的に起こる可能性もあるという見方でマーケットに臨む方がよさそうです。