4~6月は自社株買い枠の設定が8割減
6月21日の日本経済新聞朝刊によると、2020年4-6月に上場企業が設定した自社株買い入れ枠は8,961億円で、前年同期に比べて78%減りました。新型コロナによる業績急低下に備えて、手元資金の確保を優先した企業が多かったことがわかります。
今期(2021年3月期)は、自社株買いだけでなく、配当金を減らす、あるいは、配当予想を未定とする企業が増えています。コロナが収束するまで、自社株買いも配当も抑えて、危機に備える戦略です。さらに、銀行に緊急融資枠の設定を依頼する企業も増えています。いざという時に備えて、流動性確保に万全を期する日本企業の姿がわかります。
ただし、社外流出を削るにも、優先順位があるようです。配当金は、苦しくてもできる限り維持するように努力しています。まず自社株買いをゼロにして、それでも足りなければ配当金を減らすという手順のようです。その結果、4-6月の自社株買いは、前年比で8割近く減る急減となりました。
自社株買いは、日本株の大きな買い手だっただけに、自社株買いの減少は、目先、巨大な買い手の喪失となります。2019年3月期、2020年3月期と、2年続けて、年6-7兆円のペースで自社株買いが入っていました。
コロナが収束すれば、また日本企業は積極的に自社株買いを開始すると予想
日本企業は、米国企業と比べると、キャッシュを大切にする傾向がとても強いと言えます。イソップ童話の「ありとキリギリス」の例えが、日米企業文化の違いをよく表しています。日本企業は、夏(好景気)の間、せっせと巣穴(バランスシート)にキャッシュを貯めこみ、来るべき冬(不況や経営危機)に備えてきました。一方、米国企業は、夏の間、バイオリンを弾きながら、自社株買いをどんどんやって、財務を悪化させてしまいました。
コロナ危機がやってきた今年は、その違いがよくあらわれました。米ボーイングは、自社株買いのやり過ぎで債務超過になっていたところに、コロナ危機が直撃し、経営危機に陥り、米政府に救済を求めました。財務にバッファーの少ない米国企業は、危機が来ると、コストカットのためにどんどん雇用を削減します。
一方、多くの日本企業は財務良好で、キャッシュを貯めこんでいるので、危機にひんしてすぐに雇用に手を付けることはありません。自社株買いを減らし、配当金を減らし、良好な財務を維持しながら、危機に耐えていくことができる企業が多いといえます。
多くの日本の上場企業が財務優良で、キャッシュ対策が万全であることを考えると、コロナ危機が去れば、また日本企業は配当を増やし、自社株買いを増やしていく余地があると考えています。
ところで、自社株買いは、なぜ株主への利益還元になるのでしょうか? 以下、自社株買いの意味をよく理解していない方のために、解説します。
企業が、自社株を買うのは、なぜ?
近年、自社株買いを発表する上場企業への投資家の注目が高まっています。自社株買いとは、文字通り、自社が発行している株を買い戻すことです。具体的に言うと、「JT(2914)がJTの株を買う」、「NTTドコモ(9437)がNTTドコモの株を買う」のが、自社株買いです。
なんのために、そんなことをするのでしょうか? もっとも重要な理由は、株主への利益配分を増やすことです。自社株買いは、利益配分の重要な手段なのです。
株主への利益配分を増やす方法として、主に2つあります。
(1)増配(ぞうはい):1株当たりの配当金を増やすこと
(2)自社株買い
増配も喜ばれますが、近年は、自社株買いがより高く評価される傾向があります。
自社株買いは、なぜ株主への利益配分になるのか?
「自社株を買うんだから、株価が上がるのでしょ」と、自社株買いの意味を「買いが入る」という需給材料だけと考えている方もいます。
確かに「自社株買い」を発表した企業の株価が、短期的に大きく上がることもあります。自社株買いをネタに短期筋が買いあがるとそうなります。でもそれだけならば、短期的な株価材料にしかなりません。企業の投資価値が変わらなければ、いずれ売られて元の株価に戻るでしょう。
自社株買いの意味は「買って株価を押し上げる」ことではありません。「1株当たりの利益を増やす」ことにあります。
自社株を買うと、発行済み株式数が減ります。会社の利益総額が変わらなければ、1株当たり利益が増えます。1株当たりの利益が増えることを好感して株価水準が高くなる…ことが期待されます。
少し分かりにくかったかもしれないので「たとえ話」で説明します。40個のケーキ(企業の純利益)を株主10人で均等に分け合うことを考えてください。1人4個ずつもらえます。ここで、企業が自社株買いを実施し、株主2人の株を買い取ったとします。すると、株主数は8人に減りますので、1人当たりのケーキの割り当ては、5個に増えます。
自社株買いとは、株式数を減らすことで、1株当たりの分け前を増やすことにあります。
自社株買いは、会社にもメリットがある
自社株買いは、株主にメリットが大きいのですが、会社にもメリットがあります。買い取った自社株に対して、会社は配当金を払わないで済みます。買いつけた株数の分だけ、配当金の支払い総額を減らすことができます。
米国企業は、自社株買いを、財務戦略の一環として重視しています。昔、米国企業の投資家説明会で、自社株買いの目的を「自社株への投資が、一番利益率が高いので実施する」と説明していたのを聞いたことが印象に残っています。
簡単な例で説明しましょう。
A企業が、余剰キャッシュを10億円持っていたとします。その使い道に、(1)設備投資、(2)借金返済、(3)自社株買い、(4)大口定期預金の4つの選択肢があったとします。
(1) 設備投資のニ-ズなく、無理に投資しても投資利回りは2%しか期待できない
(2)借入金利は2%
(3)自社株の配当利回りは3%
(4)大口定期預金の利回りは0.01%
この場合、自社株買いの利回りが一番高くなります。配当金は、税引き後利益から払われます。配当金を減らせば、税引き後で3%のリターンが得られます。税引き前では、4.5%程度の高い確定利回りが得られる計算となります。
このような場合に、財務戦略として、自社株買いを実施することが、会社にとって一番利益率の高い投資先となるわけです。米国企業は、そういうことを説明していたのです。
自社株買いのメリット、おおまかな計算
自社株買いを発表する企業が増えています。発表された自社株買いが、株主にどのくらいのメリットがあるか、おおよその見当をつける方法を、お教えします。
発表された自社株買いがすべて実行されるとした場合、発行済株式数が何%減るのかを見ると良いです。
具体例を見てみましょう。以下は、2020年5月22日に発表された、日工(6306)の自社株買いの概要です。
(1)取得対象の株式の種類:自社の普通株式
(2)取得し得る株式の総数:800,000株(上限)(発行済株式総数に対する上限割合2.06%)
(3)株式の取得価額の総額:4億円(上限)
(4)取得期間:2020年5月25日から9月30日
(5)取得の方法:東京証券取引所における市場取引
ここで、一番注目していただきたいのは、青で表示した、発行済株式総数に対する割合です。2.06%となっています。上限株数を買い付けると、発行済株式総数が、2.06%減少します。ということは、1株当たり利益が、おおむね2.06%増えるわけです。
つまり、PER(株価収益率)などの株価評価が変わらなければ、自社株買いで、1株当たり利益が2.06%増加し、株価が2.06%程度、上がると期待することができるわけです。
厳密に計算すると、もう少し異なる結果となりますが、ざっくりしたメリットの把握としては、上記でオーケーです。
自社株買い発表をネタに短期マネーが売買すると、株価は乱高下する
大規模な自社株の市場買い付け枠を設定した企業に対して、短期マネーが先回りの買いを入れて、株価が上がることもあります。自社株買いが続いている間、株価は堅調です。ところが、短期マネーは「自社株買い付け終了」が発表される時には、株を売ります。
短期マネーが注目するのは、自社株買いで1株当たり利益が増えることではなく、株の買い付けで短期的に株が上がることだけです。
ファナック(6954)やアマダHLDG(6113)など、バランスシートにキャッシュをたくさん抱える企業が、自社株買いを積極化すると発表した時は、短期的に株価が急騰しました。自社株買いそのもののメリットより、「自社株買い積極化」という材料が重視されたためです。
こうした自社株買いからみの、投機筋の動きには、注意が必要です。
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