※本記事は2009年5月15日に公開したものです。

就職に関するよくある質問

 筆者の場合、投資関係よりも就職・転職関係の取材でよく聞かれる質問に「10年後に元気な会社の見分け方を教えてください」というものがある(決して自慢にはならないが、筆者はこれまでに12回転職した)。

 この質問に直接答えるとすると、「10年後の高収益企業など分からない」というのが正解だ。投資の成功話として、あるいは一つの運用スタイルとして、成長株への長期投資が挙げられるが、この種の話の多くは「後付け」であって、投資を開始するとき、あるいは投資している最中に、投資対象企業の将来の具体的な成長像が描けるわけではない。

 企業の将来像を具体的な数字を伴って想定できるのは、筆者の実感としては、情報が豊富だとしてもせいぜい2年先、将来の曖昧(あいまい)さをたくましい想像力で補うとしても3年先くらいが限界だろう。5年先、10年先の企業のイメージは夢物語の領域にしかない。

 結果的に成長株になる銘柄の株価が長期的に何倍にもなり、これに投資し続けたことの成功物語は少なからずあるが、成長株の値上がりも、よく見ると、その時その時の収益予想の上方修正の累積によって結果的にもたらされたものだ。投資行動として、一つの銘柄を保有し続けることがあるとしても、それは、短期的な期待の積み重ねと幸運の結果としての長期保有にすぎない。

 元の質問に戻ると、就職に関しては、10年後の会社像はあてにならないものなので、その会社に就職した場合、就職して数年で自分に何が身につくか、また、それは自分の好きな仕事でなのか、ということを考えるしかない。自分の価値観は自分で分かるし、数年単位の自分像ならある程度は具体的に考えることができる。投資の場合は、無理に自分が描いた企業の10年後の像に、こだわってしまうことが心配になる。

「長期投資」の実像

 結局、市場の参加者は、現在のデータ(たとえば収益予想)を元に将来を(10年先も含まれる将来の全体イメージを)想定し、次のデータによってその想定を改訂するゲームを戦っている。視点が遠い将来にないわけではないが、将来像に影響を与えるのは、刻々と更新される現在のデータであり、これをベースに自分も含めた投資家が株価を形成していると考えるべきだ。一人だけ超然と「現実離れ」することに積極的なメリットはない。

 しかし、特に初心者に近いアマチュア投資家の場合、株価の日々の変化が気になって仕方がない場合がある。こうした投資家の場合、「自分はこの企業の10年先に賭けているのだ」と思い込むことは、頻繁で過剰な売買を避けるうえでの、心理的な方便になることがあるだろう。結果的にそれがいい可能性もある。

 筆者の好みを言うと、初心者であっても、現実を直視すべきだと思うが、あくまでも一つの方便として、10年先を見て投資するという立場はあり得る(お勧めはしないが)。

 一方、プロの運用者の場合は、自分は「企業の10年後に注目して投資している」と称することで、投資の短期的な失敗に関して、結論を少々将来に先延ばしする「言い訳」、あるいは「開き直り」として、「10年後」が使える場合が(たまには)ある。古くから運用業界では「長期投資(だから、短期の結果には、こだわらないで下さい)」が顧客向けの言い訳の定番だ。

それでも将来を考えると

 ところで、原則論としては以上のようなことを答えるとしても、インタビュアーがそれで許してくれるとは限らない。「なるほど、よく分かりました。それはそれとして、10年後にはどんな産業が栄えているでしょうか」というくらいの質問を続けるくらいの「鈍感力」がないと、インタビュアーは務まらない(他人の話を「それはそれとして」と一括りにするのは、何とも乱暴ではある)。

 未来の産業を予測する上手い手順があるわけではないが、製造業からサービス業へのウェイトの変化、モノの製造業における競争の激化と途上国の優位性、人口が増えない日本国内の需要成長の乏しさなどを考えてあえて、上記のようなインタビュアーの質問に答えるとすれば、現時点での筆者の答えは、「グローバルな需要が獲得できる、サービス業的なビジネス」が将来の日本の成長産業になるような気がする。たとえば、中国人を中心とする外国人向けの観光関連産業などは、案外大きな成長性がありそうだ。日本の観光資源は豊かだし、日本人の「もてなし」の誠意と細やかさには世界的な競争力があると思う。エンターテインメントやソフト、アートなども有望だが、英語、中国語などでどれだけ発信できるかという言語の壁がありそうだ。

 他方、貿易で厳しい国際競争に晒される「モノ作り」は苦しいのではないかと思える。10年でそうなるかどうかは分からないが、たとえば、日本の自動車メーカーが、将来は、現在の米国のGMやクライスラーのような状況になっていないとも限らない。先般与党が発表した経済対策で自動車や電機メーカーが「エコ」推進を名目に政府からサポートを受ける様子を見ると、日本の自動車や電機業種の将来は暗いのではないかという気がしてしまう。

少し理論的な補足

 ポートフォリオ運用の理屈から考えると、「10年先の企業像」から得られる期待リターンに仮に有意な情報が含まれているとしても、その時々の短期の情報(ノイズ的なものも含めて)が持つ期待リターンへの影響にほとんどかき消されてしまうだろう。

 また、ポートフォリオは、取引コストがゼロなら、日々刻々の情報を反映して、常に理想的なものが保有されているべきだが、現実には、取引コストの影響がある。取引コストが非常に大きい場合(企業の持ち合い株などは「現実的には」そうかもしれない)には、長期でゆったり変わる情報があるとした場合、短期で変化する情報よりもこれを優先すべき理由があるが、現状のマーケットではほとんどの投資家にとって、取引コストはそういった投資行動の変化を要求するほど大きくないだろう。

 目先の情報で頻繁に売り買いすることを推奨するわけでは決してないが、長期投資にこだわるのではなく、銘柄の入れ替えに値する情報があれば、ポートフォリオの調節は柔軟であるべきだ。

【補足】
 10年と少々前の記事で、「10年単位で投資を考えること」について(あまり意味がないと!)言っている。記事をよく読むと、筆者はいやいや将来の予想をしている。昨年までの外国人訪日客のインバウンド需要は読めているが、新型コロナウイルスでこれが枯れるとは当然読めていない。仮に筆者が実業家で、ホテルの建設にでも乗り出していたら、大当たりと思った1~2年の後に倒産の危機に瀕していたかもしれない。株式なら換金して投資から降りることが容易だが、「10年間は必ず持ち続ける」と力むのは、ホテルを作る事業投資と変わらなくなる。投資の世界では「長期投資」が、妙に不自由で無理な投資を意味したり、逆に、過剰に素晴らしいもののように言われたりで、「素直に」「正しく」受け止められていない。これからも、長期投資については書く機会がありそうだ。(2020年6月25日 山崎元)