佳境を迎える新型コロナウイルス向けワクチン開発

 米国でロックダウンが解除され始めてから、ひと月前後経ちました。しかし下のチャートに見るように、人々の消費活動が完全に元に戻ったとは言えない、程遠い状況です。

クレジットカード、デビットカードの利用状況(前年比、6月12日時点)

単位:%
出所:チェース銀行

 人々が安心して飛行機に乗り、ホテルに宿泊し、レストランで食事し、コンサートを楽しむためにはソーシャル・ディスタンシングだけでは不十分で、どうしても根本的な不安の解消が必要なのです。

 そこで、新型コロナウイルス向けワクチンの開発は、世界の経済が元に戻るために、最も必要とされている究極の問題解決法だと考えられています。

「ワープスピード計画」採用企業が決定

 6月初め、「ワープスピード計画」と呼ばれるトランプ米政権の新型コロナウイルス向けワクチン開発計画に、次の5グループが採用されたと、ニューヨーク・タイムズ紙が報道しました。

グループ タイミング/
臨床監督
技術
モデルナ(MRNA)/
ロンザ
7月に第3相臨床試験/
米国立衛生研究所
mRNA
アストラゼネカ(AZN)/
オックスフォード大学
8月に第3相臨床試験/
米国立衛生研究所
遺伝子組み換えアデノウイルス・ベクター
ジョンソン&ジョンソン(JNJ)/
エマージェント(EBS)
9月に第3相臨床試験/
米国立衛生研究所
AdVacアデノウイルス・ベクター/
PER.C6セルライン
ファイザー(PFE)/
バイオンテック
(BNTX)
7月に第3相臨床試験/
自社で臨床試験
mRNA
メルク(MRK)/
IAVI
年内に第1相臨床試験開始 rVSV(遺伝子組み換え水疱性口内炎ウイルス)

 これらの企業は、トランプ政権から予算を与えられ、いまだ承認されていないワクチンを「作り置き」することを要請される見通しです。また臨床試験に際しても優先される可能性が高いです。

臨床試験のタイミングと方法について

 これらの企業の中で最も臨床試験がはかどっているのは、モデルナ(MRNA)/ロンザと、ファイザー(PFE)/バイオンテック(BNTX)のグループです。双方とも最終的に薬効を確認する目的で行われる第3相臨床試験を7月に繰り上げています。これはこれまでの試験で安全性に問題がなかったことを示唆しています。

 次に、モデルナ/ロンザ、アストラゼネカ(AZN)/オックスフォード大学、ジョンソン&ジョンソン(JNJ)/エマージェント(EBS)が開発する3つのワクチン候補ですが、NIH(米国立衛生研究所)がじきじきに第3相臨床試験を監督すると発表しています。

 これに対してファイザー/バイオンテックの第3相臨床試験は、自社で行います。この理由は、ファイザーは自社で臨床試験を仕切る実力があり、NIHの手を借りるまでもないと判断されたためだと思います。

 NIHが監督する3つの臨床試験は全米50カ所のテストサイトで実施され、それぞれに3万人、合計15万人の被験者を募ります。これはとても大きな臨床試験になります。

 ワクチンの投与を受けた被験者が、その後、新型コロナウイルスにかかるかどうかを実際に観察するのです。そのため、テスト地選定には、いま新型コロナ禍が荒れ狂っている地域が選ばれると思います。

ワクチン製造について

 ところで、ワクチンは臨床試験で効果が確認されただけでは、実用化までには不十分です。なぜなら大量生産が難しいからです。

 一般論としてmRNAのワクチンはそれ以外のワクチンより量産が簡単だと言われています。その意味ではモデルナ/ロンザ、ファイザー/バイオンテックが有利だと言えます。

 ジョンソン&ジョンソンは実際のワクチンの製造をエマージェントに任せます。

 そのエマージェントはBARDA(米生物医学先端研究開発局)から総額6.28億ドルの前渡金をもらいました。うち5.43億ドルは新型コロナウイルス向けワクチンのCDMO(受託開発製造下請け)業務に対する支払いで、残りの8,550万ドルはワクチン製造能力を増強するための予算です。

 同社はミシガン州保健局が所有していたワクチン工場の払い下げを受け、1998年に民間企業としてスタート。バイオテロ兵器として知られる炭疽(たんそ)菌攻撃に対抗するための炭疽菌ワクチン、天然痘ワクチン、腸チフスワクチン、コレラワクチン、さらにオピオイドを過剰摂取した救急患者に対するスプレー式解毒剤「ナルカン」を作っています。

 そして「ナルカン」に関しては同社のパテントに対し、テバ・ファーマシューティカルズ(TEVA)が「無効である!」と主張。先週、ニュージャージー州の地方裁判所がテバに有利な判決を下しました。そのため、エマージェントの株価は一時急落しています。しかしエマージェントはこの判決を不服とし控訴する考えです。

メルクの試みについて

 メルクは最後まで新型コロナウイルス向けワクチンの開発に関し、口を閉ざしてきた企業です。同社はワクチン開発の困難さをよく理解しており、しっかりした開発態勢が整うまで発表を控えてきたのです。

 しかし6月、満を持して新型コロナウイルスワクチン開発に乗り出すと発表。同社は非営利科学研究団体IAVIと組み、rVSV(遺伝子組み換え水疱性口内炎ウイルス)と呼ばれる技術を援用し、ワクチンを開発するといいます。rVSVはザイール・エボラ出血熱ワクチン「ERVBO」で使われた実績があります。

 加えて同社は、独自の免疫調節療法技術を持つテーミス・バイオサイエンスを買収すると発表しました。テーミスはオーストリアのウイーンに本社を置き、2020年3月にフランスのパスツール研究所、ピッツバーグ大学とコンソーシアムを組み、新型コロナウイルス向けワクチンの開発に乗り出したばかりです。このコンソーシアムはCEPI(感染症流行対策イノベーション連合)から支援金を獲得しています。

ウィズ・コロナの投資戦略

 新型コロナウイルスは年々変異すると見られています。これは、新型コロナウイルス向けワクチンには毎年改良を加える必要があり、リピート・ビジネスになる可能性が高いということです。市場規模としては年間100億ドル市場が予想されています。これはファイザー、ジョンソン&ジョンソン、メルクなどの大企業にとっては大した金額ではありませんが、モデルナ、バイオンテック、エマージェントにとっては極めて大きな金額です。従ってこちらの小型株を選んだ方が良いと思います。

 ところで、トランプ政権の「ワープスピード計画」に採用されたからといってそのワクチンが最終的にFDA(米国食品医薬品局)から承認されるとは限りません。「やっぱり効かなかった!」という悪いニュースがもたらされるリスクも大きいのです。今はワクチンへの期待が高まっているのでこれらの銘柄は買い進まれるかもしれませんが、臨床試験の結果がちらほら分かり始める7月下旬あたりからは、ニュースに警戒したほうがいいと思います。