コロナ対策の「3密」がぴったり当てはまる!

 緊急事態宣言が解除されたとはいえ、新型コロナウイルス(以下コロナ)に対する警戒を怠ることはできない状況が続いている。政府は、コロナに警戒しながら日常の活動を行う「新しい生活様式」の普及を後押ししている。

 日本のコロナ対策で繰り返し強調されているのは「3つの密」を避けることだ。密閉・密集・密接が3つの内訳で、密閉された空間、人の密集する場所、他人と密接な距離で話すこと、の三つの状況を避けよという感染症対策だ。縮めて「3密」、「3密回避」といった表現も通じるようになった。コロナの流行拡大以来、これらの言葉を聞かない日はない。

 くりかえし、くりかえし、「3密」について聞かされているうちに、筆者はふと、これはお金の意思決定にも言えることなのではないかと気が付いた。そして、個人が関わる金融問題一般にあって、3密回避の原則が極めて有益であることに驚いた。

 まず、金融における3密回避の重要性を順に説明し、次にそれらをまとめた一般的原則を述べて、最後に、自分のお金を守るために常に有効な「呪文」的なフレーズをご紹介したい。

(1)「密閉」の回避

 金融機関の応接室、区切られたブースのカウンター、自宅、といった何らかの意味で密閉された空間で、金融商品の話を聞く状況は避けなければならない。

 近年よく聞くのは、金融機関の応接室に通されて、担当者に外貨建ての貯蓄性保険(販売手数料が投資信託よりも大きく金融機関にとって収益性が高い。つまり、顧客にとってはダメな商品である)などの話をこんこんと聞かされる状況だ。場合によっては、担当者とその上司、あるいは支店長などが二人がかりでステレオのように言葉を繰り出して説得に掛かることがあるという。

 応接室のような密閉された場所でプロに話を聞くと、「分かりました。買います」という結論を出さないと話が途切れず、帰りにくい状況に追い込まれるリスクがある。

 筆者は、ある方から「今日は印鑑を忘れてきた、と嘘をついて、やっと逃れてきました」という話を聞いたことがあるが、嘘までつくような状況には追い込まれたくない。

 自宅であれば、金融機関の応接室よりは、話のペースを自分側が握りやすいかもしれないが、それでも、相手がなかなか帰ってくれないような状況になる場合がある。

 密閉空間は、相手からの心理的なプレッシャーを受けやすいので気をつけよう。

(2)「密集」の回避

 複数の顧客を一箇所に集めて、顧客同士の集団心理を利用して商品を売るのもよくある手口なので、気をつけたい。

 不動産や金融商品の相談会付きのセミナーのような機会でも、商品購入に積極的な人の影響を受けたり、集まった人が商品購入のライバルのように見えたりする場合がある(例えばマンションなど)。

 また、いわゆるマルチ商法では、多くの人を集めて勉強会やサークル活動のような場を用意して、新たな加入者を募る形が半ばマニュアル化されてよく使われる。

「他人もやっている」ということが、本来は安心できないものに安心する悪い根拠になる場合がしばしばある。

 なお、友人・知人に証券マンや保険のセールスなどを紹介されるようなケースにも注意する方がいい。知り合いは金融機関から謝礼を受け取っているかもしれないし、そこまで悪い人でなくとも、自分が怪しい商品を買った場合に仲間を作りたくなる心理が働くことがある。

 そして、誰かの紹介で聞いた話が断りにくいことは、読者も想像できよう。

 紹介されて三人で話を聞く状況の「小さな密集」も避けたほうがいい。

(3)「密接」の回避

 セールスマンは近い距離で顧客と話すことによって、言葉以外にもさまざまな心理的影響力を行使することができる。

 売り手の側に立つと、顧客を実際の購買行動に導くために、近い距離で話をすることは有力な手段だ。

 また、そもそもセールスにあっては、商品そのものを売る以前に、セールスマンと顧客の間に何らかの人間関係が成立している場合が多い。こうしたセールスマンと近い距離にいると、当然、心理的な影響を受けやすくなる。

 顧客の側は、購買を決めるとセールスマンが喜ぶことが想像できるし、断るとがっかりすると想像できる。セールスマンに同情することもあるだろうし、セールスマンに好かれたいという心理もあるだろうし、セールスマンの人格を否定したくないという気持ちになることもあるだろう。他人に優しい「いい人」ほど「密接」は危ない。

 コロナ対策の一環として、いわゆるリモートの状態で会議や商談を行ったことのある読者が少なくあるまい。その際、話す相手がパソコンの画面の中にいると、直接会って話すよりも、プレッシャーを受けにくいことを実感されたのではないだろうか。

 他人と密接した距離でお金の話をするのは良くないし、特に、その場でお金の意思決定をすることは絶対に避けるべきだ。

「ファイナンシャル・ディスタンシング」の徹底

 感染防止の対策として、人と人との間で、例えば2メートル以上といった物理的な距離を取る「ソーシャル・ディスタンシング」の必要性が強調されることがある。

 筆者は、これにちなんで「ファイナンシャル・ディスタンシング」を提唱したい。

 これは、「他人と接触した状態で、お金に関する意思決定をしないこと」だ。お金の問題には、株価・為替レート・金利・不動産などの「市場のリスク」と共に、他人に影響を受けて意思決定を間違える「人間のリスク」があると、常々思うところだが、この「人間のリスク」を低減するルールが、ファイナンシャル・ディスタンシングだ。

 お金の意思決定は、他人の影響を受けない場所と時間に、自分で考え、自分で納得して行うべきだ。人に相談して決めるのが安心だと思うのは間違いだし、まして決定に際して誰かに「背中を押して欲しい」と思うようであってはいけない。

 生命保険でも、投資信託でも、不動産でも、お金の意思決定に関わる話を他人から聞いたら、「2週間」とまでは言わないが、せめて「2日間」くらいは自分を「自主隔離」して、頭を冷やすべきだ。

 特に金融マンと話した場合は、感染症の保菌者に対するのと同じくらいの気持ちで距離を取りたい(彼らを「菌有マン」だと思うことにしよう)。

 繰り返すが、守るべき原則は、「他人と接触した状況で、お金に関する意思決定をしてはいけない」ということだ。

お金を守る「呪文」

「お金の3密回避」をいかに心掛けても、あるいは「ファイナンシャル・ディスタンシング」を徹底しようとしていても、現実としては、他人からお金の話を一切聞かないということはできないだろうし、知識や情報を得る目的で自分の側から他人に話を求める場合もあるだろう(ただし、後者の場合も「自主隔離」は必要だ)。

 他人からお金に関わる話を聞いた場合に、ファイナンシャル・ディスタンシングの原則を守るためにオールマイティーに有効な呪文を最後にご紹介しよう。

 お金に関わる話の最後は、必ず次の言葉で締めくくって欲しい。

ありがとうございます。よく考えて、必要があれば、私の方から連絡します」がその言葉だ。ともかく、最後にこう言えるようでありたい。「今は決めませんよ」ということと、「アクションの主導権は渡しませんよ」ということを明確に伝える必要がある。

 他でもない自分のお金のことなのだから、相手に対して失礼と思う必要は一切ない。

対面営業の苦境?

 コロナの流行そのものと、コロナがもたらした生活習慣上の変化は、対面営業を主なチャネルとする金融機関のリテール・ビジネスにとって、大きな障害になるかもしれない。少なくとも、対面営業にとって、大きな試練ではあるだろう。

 他方、ネット・チャネルの銀行や証券会社のような金融機関にとっては、顧客へのサービスを拡大・改善するチャンスだと考えられる。筆者は、ネット証券の社員で幸いであった。

 もっとも、対面営業のリテール・ビジネスが簡単に滅びたり、あるいは短期間に無害なものになったりすることは考えにくいと、二つの理由で筆者は思っている。

 一つには他人と「密」な関係・状況を求める心理は多くの人(筆者自身も含まれる)にとって自然な感情だからだ。社会全体としても、感染症の問題が解決したら、人と人との「密」な関係を再構築する必要があるだろう。人間は社会的動物である。

 もう一つには非接触の形での営業手法が今後急速に発達すると予想できるからだ。例えば、単に「リモート」で顧客とやり取りするのでは現在のビデオ会議のようで迫力がないが、VR(ヴァーチャル・リアリティ)のような技術を応用すると、かつての対面営業以上の心理的な影響力を行使できるようになるかもしれない。いわゆる5Gの普及で通信が速くなることもあり、営業のイノベーションが起こる可能性が大いにある。

 ともかく、コロナと「人間のリスク」には、決して油断できない。