投資にあって、分散投資は重要だとよく言われるのだが、正確に理解されていないケースが案外少なくない。行為として地味なので、深く考えられない概念なのかもしれない。

 今回は、あらためて分散投資について考えてみたい。

「Aか、Bか?」より「A、Bを半分ずつ」

 例えば、日本株に投資するアクティブファンドのファンドマネージャーになったと思って想像してみてほしい。ファンドの中に、総合商社の株を何か持とうと考えた時に、三菱商事と伊藤忠商事のどちらを入れようかと迷ったとしよう。

 近年のビジネス拡大の勢いが顕著な伊藤忠商事にするか、それとも、財閥系で取引の基盤がしっかりしている三菱商事にするか、加えて、エネルギービジネスの利益に占める比率と今後の原油価格の見通しなどを考慮するか、あるいは、PER(株価収益率)や配当利回りなどの指標でどちらかを選ぶか、さまざまなアプローチがある。

 こうした場合の運用上の定石は「迷って決められないなら、両方を持っておくといい」である。両方を持つとして、それぞれの投資ウェイトをどう決めるかが重要な問題になるのだが、大まかな考え方としては「半分ずつ持つ」でいい。

 筆者が新米ファンドマネージャーだったときに、こうした考え方を定年間近のベテランファンドマネージャーに教えてもらったことを覚えている。「山崎君、無理に勇ましく、どちらかに決めなければならない、というものではないのですよ」と言われた。

 当時勤めていた証券系の投信会社では、親会社(証券会社)出身の「無理に勇ましい」運用をよしとするファンドマネージャーが多かったのだが、このベテラン氏は彼らに批判的だった。

 似たような会社のどちらがいいのか、比較評価ができてこそファンドマネージャーの存在意味があると力の入りそうなところだが、ここは力を抜いて別のアプローチを考える余裕を持ちたい。

「分からないものを、無理に分かったことにして決定する」よりも「分からないものは、分からないことを前提に意思決定する」のが上策だ。根拠のない賭けは、なるべく避けるべきなのだ。人生の選択にあっても、おおよそ同じだが人生では結婚や就職のように分散しにくい選択が多いが(全く不可能ではないが)、ポートフォリオの運用では「分からない場合は分散する」という手が使いやすい。

 ただし、運用している商品の性質や顧客との関係において、ファンドマネージャーは職業上「無理に勇ましい」運用を強いられることがある。こうした場合は、仕方がないので、「職業上の勇ましさ」と「分散のメリット」をてんびんに掛ける必要が生じる。

 アクティブファンドのファンドマネージャーには、時に「私は30銘柄程度に投資銘柄を絞り込む」などと胸を張る人がいる。こうした人を見ると、本気でそれがいいと思っているのか、職業上のポーズなのかが気にかかる。前者ならいささか愚かだし、後者なら少し気の毒だ。もっとも、本当に気の毒なのは、ファンドマネージャーではなくて資金を出している顧客の方だと言うべきだろう。

 いずれにしても、「31銘柄目のいい銘柄を見つけたらどうするのですか?」と笑いながら問うてみたい。

 ちなみに、筆者はアクティブファンドのファンドマネージャーだったときは、例えば、「益利回りが相対的に高いことと、過去半年で益利回りが相対的に上昇したこと」とか「注目度が低い条件を満たし、かつ収益予想が上方修正された銘柄」といった銘柄の「属性」を数値化して、ポートフォリオの中でその数値を高めつつ、個別の銘柄選択のリスクはなるべく分散して、ベンチマークに対する相対的なリスクをコントロールする、というような運用方法だった。

 いわゆる「クオンツ運用」に近いが、ルール化されたシステム運用ではなく、判断のツールとしてデータとコンピューターを使っていただけだ。ある信託銀行の年金運用部に勤めていたときは、その運用部で一番アクティブ運用のリスクが大きなファンドを担当していたが、保有銘柄数は常時300を超えていた。個々の投資銘柄に対するこだわりはなるべく持たないことにしていた。

 個人投資家の株式投資の場合は、一つの業種の中で複数の銘柄に分散投資する資金規模にならない場合が多いだろうが、新しく運用資金を投入する場合は、(1)既に持っている銘柄を買わない、(2)既に持っている銘柄となるべく異なる業種やビジネスの銘柄を買う、といったことを心掛ける方がいい。

 株式投資の初心者には、「はじめから業種の異なる3銘柄以上に投資して下さい。次に買う銘柄は、これまで持っていない業種の銘柄を買って下さい」とアドバイスすることが多い。はじめから、銘柄選択にこだわるよりも、分散投資したポートフォリオを意識する方がいいと思っている。

 株式投資の入門書の多くが、銘柄の評価や、売買のタイミングにばかり重点を置いていることには大いに不満を感じている。将来、株式投資の入門書を書く機会があれば、この点を改善した本を書きたい。

良い株、悪い株、普通の株

 株式ポートフォリオの運用については、保有銘柄の「売り方」についても一言述べておきたい。

 ファンドマネージャーとして仕事をしていると、「良い!」と思って買った株式が、大きく値上がりしたり、あるいは業績見通しが悪化したりで、売却したいと思う場合があるのだが、この場合に、保有している全株を「思い切りよく」一度に売ってしまうのは「悪手」である場合が多い。

 ファンドマネージャーが、ある銘柄を新たに保有する理由は、「その銘柄が、ポートフォリオに及ぼすリスクよりも相対的に他の銘柄よりも有利な期待リターンを持っている」と判断されるからだ。簡単に言うと、他の保有銘柄よりも「良い株」だと思うから新たに保有するのだ。

 しかし、時間の経過とともに、値上がりしたという好ましい理由にせよ、業況が悪化したという残念な理由にせよ、ポートフォリオから外したい状況がやって来る。いわば、「悪い株」になるのだ。この場合、売却候補であることは言うまでもない。

 ただし、良し悪しを伴う判断には、しばしば「程度」あるいは「中間」が存在する場合がある。ポートフォリオに保有するある銘柄が「良い株」から「悪い株」に変わる場合、いわばその中間の「普通の株」の時期を経過することが多い。それでは、この状態の銘柄をどう扱ったらいいか。

「普通の株」は、「良い株」のようにポートフォリオのリスク当たりのリターンの効率を高めるとは期待できないが、分散投資の一部としてリスク低減の役には立っている。従って、わざわざ売買コストを掛けてまで削減しなくてもいい場合が多い。

 また、一銘柄の投資ウェイトがより小さくなると、その銘柄がポートフォリオ全体に与える影響が縮小するので、「普通の株」の状態の場合には、その保有銘柄の一部を売却すると、リスクと期待リターンの関係が改善する。

 つまり、「普通の株」の状態の時に、慌てて保有する全株を売るのは、もったいないことには理由があるのだ。

 こうした理屈が分かっている、あるいは、経験から実感して知っているファンドマネージャーは、素人から見ると「ぐずぐずしている」ように見えるかもしれないが、「実は、上手い」。

 前述のような「無理に勇ましい」ファンドマネージャーは、たまたま大金を持った素人投資家とあまり変わらない。場慣れしているので、立派そうに見えるだけだ。

意味のある分散・無意味な分散

 さて、運用にあって分散投資が重要であることを力説したが、特に個人の資産運用に目を転じると、分散投資が無駄あるいは不適切に行われている場合が少なくない。

「無意味に勇ましい」集中投資を除くと、典型的な間違いは「分散投資の重複」と「売買の時間分散」の二つだろう。

 前者は、例えば、同じ資産分野に投資する投資信託を複数買うような過剰な分散投資だ。特に、アクティブ・ファンドについて、「性質の違うものに分散投資する方がいい」と思う投資家が多いようだ。複数のアクティブ・ファンドに投資する結果がどうなるかと言うと、個々のファンドの特色が打ち消し合って、インデックス・ファンドに近い状態を、インデックス・ファンドよりも高い手数料と多くの手間を掛けて実現することになる。しかも、素人でなくとも、自分の投資の全体像を把握することが難しくなる。

 そもそも投資信託を買うということの主な目的は「少額でも分散投資の効果を手に入れること」なのだから、広く分散された対象に投資するファンドを一本買えばいい。

「投資ファンドの分散」ではなく「広く分散されたファンドへの投資」が正しい選択だ。

 投資アドバイザーはしばしば「コア・サテライト戦略」などと称して、インデックス・ファンドの「コア」にアクティブ・ファンドの「サテライト」を付加することを勧めるが、後者は無駄だ。はっきり言うと、アドバイザーが自分で自分の仕事を作り出しているに過ぎない。プロである年金基金も無駄なビジネスに付き合う「カモ」になることがあるし、彼ら自身にも自分で自分の仕事を作っている面がある。

 個人の運用に、「コア・サテライト戦略」を勧めるようなアドバイザーや書籍には近づかない方がいい。年金運用で使われているからという理由で勧めるのだろうが、考えが浅い。はっきり言って、もともと書くべき内容を持ち合わせていないのだろう。この種の無駄に付き合うのは、お金も、人生の時間ももったいない。

 また、売買タイミングを分散することを有効なリスク分散であるかのようにけん伝することも不適切だ。

 売買タイミングを分散すると、一般的には気が楽だし、何度も売り買いをすることが楽しい人もいるようだが、時期を分けて買ったところで、持っている株数・金額が同じなら一括で買った株とリスク・リターンは変わらない。

 積立投資が多くの人にとっていいのは、将来への貯蓄と投資を一緒に実行できるからであって、売買タイミングを分散できるからでも、平均買い値が有利になるからでもない。

 補足すると、先程ファンドマネージャーが、持ち株をグズグズ売るほうがいいと申し上げたのは、ポートフォリオのリスクと期待リターンと売買コストの関係を考えるとそれが最適だからであって、売りタイミングを時間分散することが有利だからではない。

 友達を減らすかもしれないけれどもはっきり書くと、ドルコスト平均法を「有利だ」と勧めるアドバイザーや書籍は、運用を正しく理解していない。

職業人生では分散と集中の加減が難しい

 さて、ポートフォリオの運用では、どうするべきなのか結論は明快なのだが、話が理屈っぽい。少し、視野を広げて、職業人生について考えてみよう。

 多くの人にとって、職業は投資と同様にお金を得るための手段だし、たぶん、投資以上に重要な手段だ。そして、投資とよく似ている。どちらも成果を得るためには時間がかかるし、将来得られる結果にはリスクを伴う。

 ただし、職業には、一つ投資と大きくことなる性格がある。

 それは、職業には、集中や長期間にわたることによる「習熟」の要素があるからだ。

 株式投資にたとえると、分散投資の一部として小さなウェイトで持つよりも集中投資して持つほうが、リターンが高くなる株式があると想像すると、職業選択の問題の複雑さが分かる。加えて、長く同じ職業に関わることで、経験やスキルが増す効果もある。

 他方、ある職業や、勤務先の会社などが、すっかり廃れてしまうリスクもあるし、業種や会社は順調でも、自分がリストラされるようなリスクは、投資銘柄にリスクがあるのと同様の形で存在している。人生でも、「リターンが同じならリスクは小さい方がいい」、「無駄なリスクは避けたい」といった価値判断は同じだろう。

 さらに判断を難しくしているのは、職業スキルの経済価値が「生産性に比例」する場合だけでなく、「生産性の順位の差に依存」する場合が多いことだ。

 例えば、プロ野球で2割7分の打率の打者と、3割を打てる打者との間には、安打の生産性は10%の差しか無くても、年俸には何倍も差がつくだろうし、前者は他に何か取り柄(守備がすばらしいとか、足が速いとか)が無ければ、プロとして生き残ることが難しいかもしれない。また、3割打てる打者も、同じチームの同じポジションに3割1分打つ選手がいると、レギュラーにはなれないかもしれない。

 通常の事務職のビジネスマンにも、こうした小さな差が、大きな報酬の差につながるような仕組みが働く場合がある。役員になれるかどうかは、微妙な能力差と、上位者の好き嫌いなどに起因する。芸能・芸術のような職業でも、売れるか・売れないかを分かつ実力差は「紙一重」である場合が少なくない。その差が「食える」か「食えない」かの差になるとすると、一つの分野に集中して相対的に勝つことの重要性が分かる。

 こうした競争構造を考えると、一つの職業、一つの会社に、集中的に自分の時間と努力を投入することの生産性の高さを十分考慮しなければならない。どのような仕事でも、一分野の圧倒的な一番の収益性は高い。しかし、一番になれない場合に、一番との差も大きい。

 一方、職業にはリスクが存在するので、他の職業、他の勤め先、他の収入源などに、「分散」を図ることができることにメリットはある。

 職業人生のゲームは、金融資産ポートフォリオの運用のように簡単な理屈で一つの正解を導くことができるゲームよりも多分難しくできている。

 上手いやり方や「定石」があれば、筆者自身が教えて欲しいくらいのものだが、おそらくは、一つのスキルに集中して自分の選択分野における相対的な順位を上げることの有効性と、自分の顧客(自分を雇ってくれる会社は自分にとっての「顧客」である)を分散して、自分の経済的なリスクを低減させることの組み合わせが、「効率の良い職業人生戦略」の一つの方向性となるだろう。

 もっと具体的に言うと、一つのスキルに集中して相対的な差を得る一方で、そのスキルを多方面に売って、収入源を分散するのだ。「副業」あるいは「複業」を行うことが、分散の有力手段だ。

「副業」あるいは「複業」を直ちに行わなくとも、いつでも行えるように用意しておくこともリスクの回避手段になる。

 昨今の「働き方改革」の流れや、きっかけは新型コロナウイルスの感染拡大だったが、「テレワーク」の普及などは、個人が複数の収入源を持ってリスク分散することを容易にしているように思う。

 現状は、多くの人にとって人生の投資効率を改善するチャンスだ。