足元、欧米の大規模な金融緩和が、株高・金高の両面から、プラチナ価格を支える
足元、プラチナ価格の反発が目立っています。今週のジャンル横断騰落率ランキング「3週連続で原油上昇、プラチナ、パラジウム、銀も上昇中」で書いたとおり、先週のNYプラチナ先物価格は8.5%の上昇となりました。また、東京プラチナ先物価格は6.9%上昇しました。先週は、国内外ともに、プラチナ価格が上昇したわけです(ともに中心限月)。
図:国内外のプラチナ先物価格(中心限月、日足、終値)
今年(2020年)に入り、NYプラチナ先物は、1トロイオンスあたり1,000ドル近辺、東京プラチナ先物は3,500円程度で推移していましたが、ほとんどの金融商品が一斉に売られた“新型コロナ・ショック”の際、これらのプラチナも下落しました。
しかし、3月中旬以降、欧米の大規模な金融緩和開始により“株高・金高”が発生したことで、株高が、自動車排ガス浄化装置向け・宝飾向け消費の回復期待を生み、金高が、同じ貴金属に含まれるプラチナが連れ高になる期待を生み、プラチナ相場は、株高・金高の両面から支えられ、反発しました。
2020年5月25日(月)午前時点で、NYプラチナ先物は880ドル、東京プラチナ先物は2,880円近辺で推移しています。
図:欧米の大規模な金融緩和によって“株高・金高・プラチナ反発”が起きるしくみ
プラチナの主要生産国で、新型コロナ感染拡大が目立ち始め、供給減少懸念が生じている
足元のプラチナ価格の反発は、新型コロナウイルスの感染拡大で受けたダメージを回復させるために行われている、欧米の大規模な金融緩和によって起きた“株高・金高”が、きっかけとなったと述べました。
今後の展開を考える上で、プラチナの主要な鉱山生産国で、新型コロナウイルスの感染拡大が目立っていることに触れる必要があると思います。
図:プラチナの供給の内訳(2019年)
プラチナの供給は、4分の3が鉱山生産、残り4分の1がリサイクルです。鉱山生産の70%超(全体の54%)は南アフリカ、次いでロシア、ジンバブエ(アフリカ大陸の最南端の南アフリカに隣接)、北米です。
新型コロナウイルスは、3月上旬にパンデミック(世界的な大流行)となったわけですが、足元、プラチナの主要鉱山生産国での感染拡大が進行中です。
図:南アフリカとロシアの新型コロナウイルス感染者(累計) 単位:人
プラチナの鉱山生産の主要国である南アフリカとロシアの新型コロナウイルス感染者数は、4月中旬に比べ、大きく増加しています。南アフリカはおよそ4倍、ロシアはおよそ6倍です。ともに増加傾向が続いています。
先進国のような、財政・金融の両面の手厚い策が講じられにくく、それでいて経済の停滞を防ぐために経済活動を継続しているため、感染者が減少しにくい状況が続いています。
例えば、今後、南アフリカ、ロシア国内のプラチナ鉱山や精錬所、輸送に関わるインフラなどでクラスター(集団感染)が発生した場合、プラチナの供給に支障が生じる可能性はゼロではないと考えられます。
南アフリカの鉱山会社の労働組合は賃上げなどを要求し、しばしばストライキを起こしますが、過酷な鉱山での労働に、新型コロナウイルスの感染拡大という困難な条件が加わった場合、これをきっかけに、ストライキが検討される可能性もあるかもしれません。
自動車生産減少でも、排ガス浄化装置向け消費が減少しないのは、排ガス規制強化のため
プラチナの消費に目を移す時、避けて通ることができないのが、自動車の排ガス浄化装置向けの消費動向です。2015年9月に発覚した、フォルクスワーゲンのスキャンダル(違法な装置を使い、不正に排ガス検査を潜り抜けていた問題)によって、ディーゼル車の需要が減退し、同車に搭載される排ガス浄化装置向けのプラチナの需要が減退するのではないか? という懸念が広がりました。
スキャンダル発覚後、欧州では、実際に、ディーゼル車の生産台数が減少しました。ただ、プラチナの排ガス浄化装置向け消費が減少したかと言えば、減少はしたものの、2019年までの間、想像されたような急減は発生しませんでした。
図:自動車排ガス浄化装置向けの貴金属の消費量(世界合計) 単位:トン
また、プラチナ、パラジウム、ロジウムを合計した、自動車排ガス浄化装置向けの貴金属の消費は増加しました。3つの貴金属合計で、自動車排ガス浄化装置向け消費は364トン(2015年)→420トン(2019年)に増加しています。
自動車排ガス浄化装置向けの貴金属の消費は、世界合計で増加した一方、以下のグラフのとおり、スキャンダルが発生した2015年から2019年まで、世界の自動車の生産台数は頭打ちでした。
図:世界の自動車の生産台数 単位:台
自動車排ガス浄化装置向けの貴金属の消費は増加したものの、自動車の生産台数が頭打ちだったことを考える上で、自動車1台あたりの排ガス浄化装置向け貴金属消費量に目を向ける必要があります。
図:自動車1台あたりの排ガス浄化装置向け貴金属消費量 単位:グラム
この場合の自動車は、乗用車と商用車(バスやトラックなど)の合算ですが、先ほどの図のとおり、近年、乗用車も商用車、ともに生産は頭打ちでした。こうした条件の中、1台あたりの排ガス浄化装置向け貴金属の消費量が増加したのは、自動車業界全体に関係する“排ガス規制の強化”が原因と考えられます。
排ガス規制は、先進国だけでなく、新興国も含め、幅広い国・地域で導入されています。排ガス規制を導入している国や地域では、数年ごとに、削減する有害物質の量や種類を、増やすことになっています。
厳しくなる規制に対応するために、さまざまな工夫がなされていると考えられます。エンジンの性能向上(有害物質の排出そのものを低減する工夫)、そして、排ガス浄化装置の性能向上(やむを得ずエンジンから排出される有害物質を、可能な限り大気中に放出しない工夫)もその一つと言えます。
世界の幅広い国・地域で、今後も、厳しさが増す排ガス規制への対応が続けば、仮に、新型コロナの影響等で、自動車の生産台数が減少したとしても、自動車1台あたりの排ガス浄化装置向けの貴金属の消費量の増加を理由に、排ガス浄化装置に用いられる貴金属は、大きな減少にならない、プラチナの同消費が一定程度、保たれる、などの事象が起きる可能性があると、筆者は考えています。
プラチナの輸出国上位に注意。主要鉱山国以外が複数。精錬・加工のための備蓄放出も?
次に、プラチナの輸出国上位を確認します。
以下の表中の「ネット輸出額」とは、同一国が、同一期間に同一品目の輸出と輸入を行った場合の、輸出額から輸入額を差し引いた値です。当該品目について正味、どれだけの額を輸出したのかを、示します。値がマイナスの場合は“ネット輸入”を意味します。
図:プラチナの輸出額(2019年) 単位:千米ドル
2019年のプラチナの輸出額No.1は、南アフリカでした。鉱山生産2位だったロシアは、輸出額では8位でした。また、ともに輸出率は95%を超えているため、南アフリカとロシアは、世界における、純粋なプラチナの供給者といえます。
一方、輸出額2位は、英国でした。3位はドイツ、そして7位にベルギー、9位には日本が入りました。
純粋な供給者以外(南アフリカとロシア以外)は、自国で鉱山生産は行っておらず、他国から輸入した加工前のプラチナや、自国でリサイクルされたプラチナを輸出しているとみられます。かつて、北米の鉱山から採取されたプラチナが、ベルギーに輸出されて盛んに精練されていた、英国がリサイクルされたプラチナの重要な集積地だった、と言われていることと、関りがありそうです。
ネット(正味)輸出額で見れば、主要な鉱山生産国である南アフリカやロシアの存在感は大きいですが、実際の輸出額で見れば、主要な鉱山生産国よりも、鉱石を精錬したり保管をしたり、自動車の排ガス浄化装置や電子部品、宝飾品などを作ったり、これらの製品からリサイクルし得るプラチナを大量に保有したりしている国の方が、存在感が大きいことが分かります。
2019年は、7位に入ったベルギーの輸出が目立ちました(輸出率80%)。今後も、ベルギーだけでなく、英国やドイツ、米国などの鉱山生産国以外が、輸出を拡大する可能性はゼロではないと思います。
プラチナの供給と言えば、南アフリカとロシアとジンバブエですが、このような鉱山生産国以外からの、リサイクルなどをきっかけとした輸出増加の可能性がある点に注意が必要だと思います。
強弱ともに材料が存在するが、プラチナの最大の魅力は、リーマン・ショック後の安値に近いこと
最後に、プラチナ価格の長期のグラフ(年足)を確認します。2020年は3月の新型コロナ・ショックで一時的に、2008年のリーマン・ショック直後の安値を割り込みましたが、すぐに反発しました。引き続き、長期的な視点で、底堅い状況が継続していると、筆者はみています。
図:ドル建てプラチナ年足 単位:ドル/トロイオンス
本レポートで述べた上昇・下落の要因についてまとめます。
【上昇要因】
- 新型コロナウイルス感染拡大によって受けたダメージから、経済を回復させるために行われている欧米の大規模な金融緩和により、株高・金高が起きやすくなっており、プラチナも反発しやすくなっているとみられる。
- 主要鉱山生産国における新型コロナウイルスの感染拡大が、さらに進行した場合、プラチナの供給が減少する懸念がある。
- 自動車生産台数は近年、頭打ち感がある(今後、新型コロナの影響で大きく減少する可能性もある)が、自動車1台あたりに使われる排ガス浄化装置向けの貴金属の量は、増加している。排ガス規制の強化が、プラチナを含んだ排ガス浄化装置向け貴金属全体の消費量を一定程度保つ役割を果たしているとみられる。
- 新型コロナ・ショック時に、一時的にリーマン・ショック直後の安値を割ったものの、すぐに反発した。底堅い状況は、現在も継続しているとみられる。
【下落要因】
- リサイクルからの供給が増え、鉱山生産国以外からの輸出が拡大した場合、プラチナの需給バランスが緩む可能性がある。
今回はプラチナについて述べました。
プラチナは、金やパラジウムと比較されることがありますが(プラチナと金、プラチナとパラジウムの価格差など)、仮に、価格差の議論でプラチナが割安と判断されても、それはあくまでも相対比較に過ぎず、プラチナ単体を買う動機としては、決して強いものではないと筆者は思います。
それよりは、プラチナ単体の、需給や価格の水準に注目することが、プラチナ市場の状況を把握するために役立つと思います。
[参考]具体的な貴金属関連の投資商品
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