※本記事は2008年5月16日に公開したものです。

 春の今頃は、3歳馬(かつては数え年で4歳馬と称していたが、近年は満年齢に改まった)のチャンピオンを決める日本ダービーを頂点として、競馬が盛り上がる季節だ。株式投資と競馬を一緒に語るとは不謹慎だ、というお叱りがあるかもしれないが、結果が直接コントロールできないのでリスクがあり、しかし、「くめども尽きぬ」深さと面白さのあるゲームだという意味で、両者には共通点がある。読者の中にも、両方のゲームを楽しんでいる方が多数おられるのではないだろうか。

 ついでに言うと、情報の範囲は狭い(主にマクロ経済と債券の需給)が参加者の手の内や心理を深読みしなければならない「狭く、深い」点で、債券投資は展開の読みが重要とされる競輪に似ている。一方、情報の範囲が広く、どこがポイントかの絞り込みが重要な点で、株式投資は、やはり競馬に近い。

 また、株式投資と競馬は共に、他のゲーム(市場)参加者の行動によって影響を受け(競馬ではオッズ、株式投資では株価が変化する)、他の参加者に勝たなければ多くは儲(もう)からない点でも、ゲームの質に似た部分がある。人気の盲点を突くことが有効な点が共通なのだ。

3つの馬券戦略

 米国では投資理論の専門家が、競馬を研究した例があり、論文が残っている。ウィリアム・ツィエンバという学者が、米国の競馬について調べたもので、具体的な競馬の戦略が3つほど紹介されている(詳しくは、リチャード・セイラー著『セイラー教授の行動経済学入門』篠原勝訳、ダイヤモンド社を参照)。

 3つの馬券戦略は、具体的には以下の事実に注目したものだ。

  1. 1番人気馬が2着になる連勝単式馬券の投資回収率がいい
  2. ごく低いオッズの馬券(たとえば単勝式で1.5倍というような馬券)の投資回収率がいい
  3. 最終レースで低倍率の馬券の投資回収率が特にいい

 これらは、いずれについても、株式投資で発想ないしは雰囲気が似た戦略がある。

2番手銘柄への投資

 まず、「1番人気馬が2着」という状態のイメージのしづらさは、何らかの業種がブームになったときに、業種の一番手企業ではなく、二番手企業に投資するような戦略に感じが似ている。どうしても業種や投資テーマの代表銘柄に注目が集まりがちだが、後から上昇「率」で見ると、二番手以下の銘柄が勝っていたというケースは少なくない。

 近年は外国人主導で時価総額の大きな銘柄が全体として上下するような大味な相場展開が多く、何らかの「投資テーマ」に基づいた銘柄グループに注目が集中するようなケースが少ないが、それでも、テーマに関する投資を考える場合、二番手、三番手の銘柄への投資は考えてみる価値がある。ファンドマネジャーの場合は、数銘柄全部買っておくことが正解になる場合が多いが、個人の場合、代表銘柄と二番手以下の銘柄とを個別に比較する必要が生じる場合が多いだろうから、ある意味では、個人の株式投資の方が難しいといえる。

バリュー投資

 競馬の参加者はどうしても一獲千金の夢を見るので、低いオッズの馬券の馬は、オッズから推定されるよりも案外高い確率で馬券に絡む(たとえば単勝なら1着になる)ことが多いというのが、ツィエンバの研究だ。

 株式投資の世界でも、業績が安定していて値動きが鈍く見え、「退屈だ」と思われて割安に放置されているような銘柄が、後から見ると、案外良い投資収益率になっていることがある。地味なバリュー投資(割安株投資)には、この馬券戦略と通じるものがあるのではないだろうか。

リターン・リバーサル戦略

 最終レースで低倍率の馬券の投資収益率が高いのは、次のような理由だ。

 競馬のお客全体は、その日、最終レースの前までのレースで平均すると必ず負けているはずだ。すると、その日に負けている人々は、何とかその日の負けを取り返そうとするので、最終レースでは、倍率の高い馬券に人気が集まり、こうした馬券のオッズは、妥当な実現確率から見て大きく下がってしまう。従って、相対的に、低倍率の馬券が有利な状況(妥当な実現確率から計算されるよりも倍率が高くなりがち)になる、という理屈だ。

 これは、負けているお客がリスクを好む状態を逆用する戦略だが、株式投資では、過去の一定期間(日中から5年程度まで計算期間には様々なバージョンがある)に関して、相対的に投資パフォーマンスが悪い銘柄に投資する「リターン・リバーサル戦略」と呼ばれる投資戦略が近いだろう。

 株式投資の場合も、ある株の株価が値下がりして、その銘柄の投資家が損をした場合、その投資家は、何とか買値まで戻って欲しいと思うので、値動きのリスクに対して寛容になる傾向がある。これは、株価評価上は、投資家がリスクに対して要求するリスクプレミアムが小さくなるということなので、この投資家にとっての理論株価が上昇しやすくなるということだ。

 3つの馬券戦略は、いずれも、馬ではなく、ゲームに参加する人間を観察することから生まれたもので、馬ばかりを見ていたのでは思いつかないはずのものだ。株式投資にあっても、大きく分けると、企業を分析するアプローチと投資家を分析するアプローチの2通りがあるが、後者は投資戦略を発想する上で有力な手掛かりになる。

【補足】
 競馬と株式投資は、考えるべき要因が複数あって複雑な点でゲームとしてよく似ている。違いはゲーム構造的に競馬はマイナスリターンが基本であることに対して、株式投資はプラスが期待できるはずであることだ。2008年掲載の古い記事なので、株式投資の方法としてあげている例が機関投資家のファンドマネージャー向きのものだが、考え方としては個人投資家にも参考になるだろう。なお、筆者は現在も競馬に関心を持っていて、JRAの雑誌「優駿」あるいは「東洋経済オンライン」などに競馬関係の記事を継続的に書いている。今年のダービー(5月24日)が楽しみだ。(山崎元)