5月の為替市場と最悪の米雇用市場

 5月に入ってドル/円は、107.30円近辺から始まり、円高に進みました。

 トランプ米大統領が新型コロナウイルスの中国の対応をめぐり、報復として中国に関税を課す可能性を示唆したため、貿易摩擦再燃不安から1ドル­=106円台に下落。また、5日にはECB(欧州中央銀行)の量的緩和政策に対するドイツ連邦憲法裁判所の違法判決によって、ユーロ圏の金融政策が不透明となり、これを受けてユーロが急落し、ユーロ/円も116円台から114円台に急落。このユーロ/円の円高に引っ張られるように、ドル/円も下落。一瞬106円を割れました。

 しかし、5月連休の円高はそこまでで勢いがありませんでした。その後は1ドル­=106円台で推移していましたが、先週8日発表の米雇用統計を受けてからはドル高が進み、107円台に回復しています。5月初めの元の水準に戻りましたが、上値をさらに試す勢いもなさそうです。

 8日の米雇用統計は、非農業部門雇用者数は▲2,050万人、失業率が14.7%とリーマン・ショックを軽く抜き、大恐慌並みの数字となりました。あまりにも大き過ぎてピンとこない落ち込みですが、10年間で増えた雇用がたった1カ月で消えたと考えると、すごいことが起こっているのが実感できます。失業率もリーマン・ショック時には10%に達するまで1年かかりましたが、今回は1カ月で到達。また、1929年の大恐慌の時には4年かかって25%まで悪化したといい、今回も米雇用市場はさらに悪化するかもしれません。

 ただ、米雇用統計発表後のマーケットの反応は予想よりもよかったため、株高、ドル高となりました。2,000万人を超える失業者が出ても不感症となっている状況が続いています。新型コロナウイルスという特殊要因は一時的であり、克服すれば短期間で元に戻るという楽観論が勝っているようです。

経済はV字回復?U字回復?L字推移?

 さて、5月に入って欧米の一部で経済活動が再開されます。経済の再活動によって、経済は年後半に回復するとの期待が高まっていますが、V字回復は果たして起こるのでしょうか。ムニューシン米財務長官も、米失業率はさらに悪化するかもしれないが、今年後半には回復するだろうとの見方を示しています。しかし、新型コロナウイルス第2波感染拡大を警戒しながらの経済再開は、期待以上でない可能性があります。現実を直視せざるを得ない状況になれば、V字回復期待は後退し、U字回復になるかもしれません。あるいはU字回復よりもL字で推移し、元の水準に戻るには数年かかるかもしれないとの見方が出てくるかもしれません。

 そうして今週は、日本の決算や米国の四半期決算が発表されます。

 12日、トヨタは今期80%減益予想を発表しました。このように現実を直視させられる内容が次々と発表されてくれば、マーケットから楽観論が後退し、下値を警戒する必要があるかもしれません。

米中対立激化の先にあること

 5月に入って、トランプ米大統領の中国への口先攻撃は強くなってきています。

 米大統領選挙を控え、新型コロナウイルスに対する中国の対応が悪かったため、米国の感染者が増えたと責任転嫁する動きが強まっています。4月30日には、トランプ氏はその報復として中国に関税を課す可能性を示唆したため、貿易摩擦再燃不安が高まってきています。

 しかし、米中ともこのような状況の中で両国が自滅するような一線は越えないと思われますが、米国の感染者はまだ増え続けており、失業者が溢れていることから、トランプ氏の中国攻撃はますますエスカレートすることが予想され、警戒する必要があります。マーケットの不安材料としては続きそうです。

トランプ政権の感染リスク

 米中貿易摩擦再燃不安の他にもう一つ不安材料が出てきました。トランプ政権中枢への感染リスクです。

 5月8日にペンス米副大統領の報道官の感染が確認されたことから、ホワイトハウスでの感染拡大リスクが高まり、政権の危機管理に対して批判が強まりました。トランプ氏にとってもホワイトハウスでの新型コロナウイルス感染拡大はマイナスイメージとの思惑から、その後、初めてホワイトハウスの主要施設でのマスク着用を職員に義務付けました。ただし、トランプ氏は対象外で、感染を避けるため、ペンス氏とは同じ空間での執務を避けるとのことです。

 トランプ氏は、感染拡大の初期段階からマスク着用を拒否していました。「私は着用しない」というトランプ氏の発言が何回もニュース映像で流れていましたが、この発言自体は米国人にとっては特殊なことではないようです。一般の米国人にとって、マスクには「重病人向けの医療用品」という固定観念があるようです。マスクを着けた日本人を見た米国人が、あわてて逃げ去るのはそういう背景があるようです。

 また、米国の多くの州では理由なしに公共の場でマスクをつけること自体が違法となっており、少なくとも18州に「反マスク法」と呼ばれる法律があるほどです。その多くは覆面での白人至上主義団体の活動を制限するため、20世紀半ばに制定されたとのことです。

 連邦政府が4月に感染防止のために国民にマスク着用を推奨したことを受け、州知事は法律の効力を停止する政令に署名したそうです。

 また、米国にはマスクをめぐる別の固定観念もあるようです。「犯罪者がマスクやバンダナなどで身元を隠す」というもので、この固定観念は根強く、人種差別にも結びつきやすいと言われています。

 このような固定観念を背景にマスク着用をいまだ拒否しているトランプ氏は大丈夫でしょうか。政権中枢で感染が広がればコロナ対策や経済、安全保障対策が麻痺しかねないため、新たな不安材料になりそうです。