金融庁の方針として、新型コロナウイルスによる需要減少に伴う企業の減損が見送られることになりそうです。これによる影響や注意点をお伝えします。

「減損」とは

 皆さんは「減損(げんそん)」という会計用語を聞いたことがあるでしょうか? 減損とは、企業が保有する資産の価値を切り下げるとともに、切り下げた分を損失として計上することを言います。

 上場企業は3カ月に1回決算発表を行います。この時に開示される決算書の1つが貸借対照表です。この貸借対照表の「資産の部」には、企業が有している資産の額とその内容が記されています。

 資産の部に計上されているのは、その資産を取得した際の金額です。固定資産の場合はそこから減価償却により少しずつ費用に振り替えますが、原則としては取得価格で資産が計上されています。

 企業が資産を保有する理由は、その資産が将来利益(正確にはキャッシュ)を生むからです。しかし、資産が将来生み出すであろうキャッシュが、貸借対照表に記された資産の金額を大きく下回る場合、資産の価値を適切に表示するために、差額を損失計上することになっています。これを「減損」と言うのです。

新型コロナウイルスの影響で甚大なダメージを受けている業種とは

 現在、新型コロナウイルスの影響で甚大なダメージを受けている業種があります。

 例えば、自動車産業は、国内の工場がいくつか停止となり、工場の土地・建物、機械がキャッシュを生まない状態にあります。

 またホテル業も、所有するホテルの稼働率が著しく低下しているため、ホテルを所有することがキャッシュを生んでくれません。

 本来なら、こうしたケースでも、資産の価値を切り下げて、差額を損失に計上します。しかし金融庁は、新型コロナウイルスの影響によりこうした事象が生じている場合、ルールを柔軟化し、減損を見送ることを認めるようです。

企業が保有する有価証券の減損は従来通りの予定

 企業が保有する他の会社の株式など有価証券についても減損の制度があります。例えば保有する上場株式の株価(時価)が取得価格から50%以下になり、将来の株価回復見込みも低い場合は、取得価格と時価の差額を減損処理し、損失を計上しなければなりません。

 今のところ、こちらの方は従来通りのルールが適用される見込みです。ただ、筆者個人的には、新型コロナウイルスの影響で業績が落ち込むことと、それにより株価が大きく下落することは同義であるため、ルールは統一した方が望ましいのではないかと思っております。

減損見送りによる株価への影響は

 減損ルールの柔軟化による、株価への影響はあるのでしょうか。

 まず、現時点で、工場の稼働がストップしていたり、宿泊客が激減していたり、店舗の来客が通常よりはるかに少ない、といった状態の企業の株価はすでに大きく下落しています。

 そのため、減損のルール柔軟化により損失計上が見送られたとしても、株価への影響はあまりないと思います。

 表面上は損失計上が見送られるので、自己資本比率の低下や1株当たり純資産の減少などによる企業の安全性へのマイナスの影響は緩和されます。しかし、プロの投資家であれば表面的な会計数値ではなく実態を把握して投資判断しているので、多少の株価の下支え効果がある、という程度ではないでしょうか。

 ただ、保有する有価証券の大幅な値下がりにより減損処理を行い、その結果純資産が大きく目減りするような場合、自己資本比率の低下や1株当たり純資産の減少を招き、企業の安全性が問題視される可能性があります。その結果、株価にもマイナスの影響が生じると考えられます。

株価指標を用いて企業分析する際の注意点

 最後に、私たち個人投資家が株価指標(PER:株価収益率やPBR:株価純資産倍率)を用いてこうした企業を分析する際の注意点を記しておきます。

 まず、減損により多額の損失が計上されると、当然ながら当期純利益は大きく目減りしますし、中には当期純損失となるケースもあります。しかし、減損による損失は、一時的・臨時的な損失であるとされるため、PERにより企業の割安度を分析する場合は、減損による影響は除いてPERを計算するとよいでしょう。

 次に、今回の措置により減損が見送られる企業で、実際は工場、ホテル、店舗等の稼働率低下などにより減損の兆候が生じている場合は、PBRでの分析に注意が必要です。

 減損による損失が表面化していないので、実態より1株当たり純資産が高く計上されることになります。その一方でプロ投資家は、実態を把握したうえで企業分析していますから、株価はその分目減りします。

 その結果、株価に比べて1株当たり純資産が見た目上大きくなり、PBRも低くなります。

 しかしこのPBRは、決算書では減損による損失計上を見送った一方、実態を表す株価の方は減損の影響を織り込んでいるという、ねじれ状態にあります。したがって、特に新型コロナウイルスの影響が大きい企業については、PBRが低くなっているからといって、即座に「割安だ」と飛びつかないようにしてください。

 もうすぐ3月決算企業の本決算が本格化します。2020年3月期の決算の結果、2021年3月期の業績の見通し、そしてそれらが発表されたことによる株価の反応を注視し、株式市場が新型コロナウイルスの影響をどれだけ織り込んでいるかを確かめていきましょう。