農林中金バリューインベストメンツ(NVIC)では、運用助言を行うファンド「おおぶね」シリーズの投資先企業、投資候補企業、競合企業等の調査のため、2カ月に1回ほどの頻度で米国、欧州に出張しています。年間の面談企業数は70社程度にのぼります。

 足元の相場は新型コロナウイルスの感染拡大の影響から大きく下落していますが、このような時こそ投資先企業が営む事業の実態を調査し、長期的にその企業が生み出す価値を見極めることが重要だと考えています。

 今回は、米国西海岸を訪れ、Walt DisneyやIntelなど皆さんがよくご存知の企業から、日本ではあまり知られていないユニークな企業まで、10社と面談を行いました。

 この記事では「NVIC米国探訪記」として、出張で訪問した企業のエピソードや旅の中で得た気づきについてお伝えしていこうと思います。

たった18行の事業計画書から半導体の歴史は始まった

シリコンバレーにある本社

 まず訪問したのは半導体製造の世界最大手Intel(INTC)です。1968年にロバート・ノイスと「ムーアの法則」で有名なゴードン・ムーアによって設立されたこの会社の50年余りの歴史は、そのまま半導体産業の歴史とも言えるでしょう。 

 本社ビルの入り口にはIntelミュージアムが併設され、当社の設立初期からの製品や半導体の技術革新の歴史が展示されています。「ムーアの法則」を自ら体現し技術革新をけん引することで、競合他社を振り落とし、パソコン用CPUでは世界シェア9割以上と支配的な地位を長らく占めてきました。

 40%を超えるこの部門の利益率が、その圧倒的な競争力を物語っています。過去から蓄積してきた製造技術に軸足を置く、米国とくに西海岸では珍しい「モノづくり」の会社という印象を受けました。 

Intel設立時の事業計画書、初期従業員名簿にはゴードン・ムーアの名前も

 そして、Intelはさらなる歴史に向けて歩んでいます。世界中でパソコン台数が頭打ちになる中で、パソコンを中心とした事業展開から、データセンター向け、自動運転向け、AI向けなど新しい分野の事業を伸ばそうとしています。2019年度の売上構成は前者が371億ドル、後者が348億ドルと肉薄しており、おそらく今年はパソコン以外の売上がパソコン用半導体を上回るでしょう。

 当然、その分野にはこれまでとは異なる競合相手がいるわけで、これらの分野でも当社の「モノづくり力」により競争優位性を獲得することができるのか、注目していきたいと思います。

Disneyは7人の小人が支えている

 次に訪問したのはWalt Disney(DIS)です。NVICではDisneyには2015年から投資し、保有を続けています。本社を訪問するのは今回で3回目ですが、面談はいつも7人の小人が待っている本社、「7人の小人ビル」で行われます。

Disney本社「7人の小人ビル」

 ミッキーマウスに代表されるオリジナルキャラクターから、アベンジャーズ、スターウォーズなど比較的最近買収により獲得したコンテンツまで、いまやエンタメ界の圧倒的巨人として君臨する当社ですが、かつては倒産の危機にひんしたことがあります。

 1923年の設立後、短編アニメやミッキーマウスを生み出すことで一定の成功を収めていた当社でしたが、アニメのさらなる可能性を信じていた創業者ウォルト・ディズニーは、世界初のフルカラー長編アニメ映画の製作に乗り出します。想定以上に膨らむ開発費用に会社の資金も底を尽き、最後はウォルトの自宅を担保にして借金をしてまで完成させた作品が「白雪姫」。

 この作品が当時としては異例の大ヒットとなり、美しい映像や音楽は世界中のクリエイターに影響を与えたと言われています。ここからDisneyの歴史、アニメ映画の歴史は始まったのです。

 そして、会社の発展を支えてくれた「白雪姫」に敬意を表し、いまでも当社の本社ビルは、文字通り7人の小人が支えているのです。

 さて、そんな当社も変革に挑んでいます。昨年ローンチされた「Disney+」、このストリーミングサービスにより、ディズニーコンテンツを直接消費者へ届けるという新たな領域にチャレンジしています。サービス開始後、3カ月ほどで3,000万人の加入者を集めた同サービスですが、ストリーミング配信の分野ではNetflix(有料加入者数1.7億人)やAmazon(Primeサービスに付帯、会員数1.5億人)※などの先行者が多くの加入者を獲得しています。
※2019年12月末時点の会社から発表された会員数。

 圧倒的に豊富なコンテンツを保有する当社がこの産業地図をどう塗り替えていくのか、楽しみです。

変わらない強さのMXIM

 今回の出張に限らずですが、米国企業を訪問すると、より高い企業価値を求め続けるパワーに驚嘆せずにはいられません。上記のとおり、IntelやDisneyといった巨大企業ですら、社会の変化に対して大きく自社の事業領域を変革しようとしています。もちろん、既存の強さがあるからこそ、このような変革にチャレンジできるのだと思います。

 一方で、良い意味で変わらない企業もあります。

 次に訪問したMaxim Integrated(MXIM)、この会社はアナログ半導体を作っている中堅メーカーです。電子機器の中で電流を制御したり、電力消費をコントロールするために使用されるICチップを製造しています。

 携帯電話から車や産業機械にアプリケーションが変化しても、電流を制御するという基本機能は変わらず、パソコンの演算処理のようにどんどん複雑になり高性能が求められるものでもありません。「技術者出身の当社CEOが30年前に設計したICチップがいまも現役で使われている」と、当社IR担当者は笑っていました。

 一般的に人材の流動性が高い西海岸にあっても、当社では20年、30年と勤めている従業員が多いそうです。毎年のボーナスも安定しており、「世界を変えたい」という野心的なエンジニアではなく、製品の細かな改善を通じて顧客に貢献したいというマインドの技術者を惹きつけているようです。産業の特性が、企業文化にもよく表れていると感じました。

Maxim Integrated本社前にて

電気自動車、ライドシェアがインフラに

 さて、米国では、東京の丸の内のように大企業の本社が集中していることはほとんどありません。複数の企業を訪問しようとすると、必然的に車や飛行機での国内移動が多くなります。その道すがらちょっとした気づきを得ることもあります。

 例えば電気自動車。カリフォルニアのハイウェイを車で移動中、Teslaの電気自動車が普通に走っているのを見かけました。体感的に、セダンの10台に1台とはいかなくても20台に1台以上はTeslaだったのではないでしょうか。カリフォルニアという土地柄もあるのでしょうが、電気自動車が着実に浸透していると感じました。

 また、各空港ではUberやLyftなどのライドシェアタクシーを待つためのポートが整備されていました。数年前に訪れた際にはなかったものです。ライドシェアが着実に社会インフラとしての地位を確立していることを感じました。

 しかし、そのこととライドシェアのプラットフォーマーたちが儲かるかどうかは別問題です。実際に私たちを運んでくれたドライバーはUberとLyftの両方に登録していました。単純にその方がお客を拾える確率が上がるからです。ライドシェアのプラットフォーム自体は単なるマッチングアプリに過ぎず、ある程度の技術があれば誰でも開発できます。恐らく第三のアプリが台頭してくれば、彼はそれにも登録するでしょう。この分野に本質的な参入障壁はないのです。

旅にトラブルはつきもの

 私たちのチームは昨年から本格的にペーパーレスに取り組んでいます。メンバー全員がiPadを持ち、企業を訪問する際に必要な資料、会社のアニュアルレポートや事前分析資料、当日使用するディスカッション用の資料などをデータで格納しています。面談時のメモもApple PencilでiPad上に書き込みます。これによって出張の持ち物が格段に減ったのはもちろん、過去の面談時の資料も全てまとめて保存しておけるため、面談の生産性が格段に上がりました。

 一方で、気を付けなければいけないのがiPadの電池切れやApple Pencilの紛失。結構恐怖です。

 今回の出張中、パロアルトという町のモーテルに宿泊しました(この辺りはホテル代がとても高いのです…)。チェックインのために鞄からパスポートを出そうとしたそのとき、弾みでApple Pencilが鞄からこぼれ落ちてしまったのです。あっと思った時には時すでに遅く、硬いコンクリートに打ち付けられたApple Pencilの先端部は、ポッキリと折れてしまいました。

 残りの旅程を思い、顔を青くする私。部屋に入って何とか気持ちを落ち着け、状態を確認しました。幸いに本体は無事のようです。なんとかこの折れた先端部をくっつけることさえできれば、当座は働いてくれそうです。でも、都合よく接着剤など持っているはずもありません。一時考えた私は、スーツケースにいつも入れている絆創膏を思い出しました。

 絆創膏の粘着部分を細かくちぎり、折れた先端部の修復にかかります。同じ経験をした方ならお分かりだと思いますが(そんな人はいませんかね?)、あれは元の形にぴったりとくっつけないと機能してくれないのです。

 格闘することおよそ30分、何とか修復に成功した私の雄たけびがパロアルトに響き渡るのを、かつてこの地を愛し長く住んだというスティーブ・ジョブズが天国で聞いていたかどうかは、定かではありません。

素敵なモーテル、パロアルト・イン

トラック野郎にとってのハーレー

 今回の出張で最後に訪問したのが、北米でNo1シェアを持つトラックメーカー、Paccar(PCAR)です。事前の調査でPaccarが製造するトラックは競合他社のトラックよりも高い値段で取引されていることが分かっていました。トラックというのは技術革新もなく、あまり差別化の要素がない財に思えます。いったいどんな秘密が隠されているのか、この旅で解き明かしたい謎の一つでした。

 面談を通じて分かったのが、当社のトラックが、ある地点から別の地点まで物を運ぶという機能だけでなく、より多様な価値を提供しているという事実です。西海岸から東海岸まで、時に一週間で数千キロを走る米国のトラックドライバーにとって、トラックは「第二の家」とも言うべきものです。彼らは、耐久性や操作性といった車としての機能だけでなく、キャブ(居住部)の快適さや見た目のCoolさなどをトラックに求めます。

 当社は、トラックドライバーたちの心を掴むようなデザイン、内装に徹底的にこだわることに加え、彼らの細かな要求に応えるための多様なカスタマイズオプションを提供することで、高いブランドロイヤリティを得てきました。

 当社が持つ二つのブランドは、「トラック界のハーレーダビッドソン」として、今日もトラックドライバーたちを魅了し続けているのです。

Paccarのトラック 出所:IR資料

 さて、本稿を執筆している3月12日時点で、新型コロナウイルスの感染は世界中に拡大しています。WHO(世界保健機関)がパンデミック宣言を出し、人や物の動きが制限される中で、世界経済への影響を懸念して、株式相場は大きく下落しています。

 私たちが米国を訪れた2月中旬の時点では、まだ感染は東アジアの一部の国に限られていましたが、米国でもコロナウイルスを気にしている人は多く、握手をやんわりと拒否されることもありました。一方で、既に米国で猛威を奮い、1万人以上の死者を出すインフルエンザを話題にする人は誰もいませんでした。

 今回のコロナウイルスによる感染症の致死率が決して突出して高いわけではなく、軽症や無症状で回復する人も多いということが分かってきています。人々がこの行き過ぎた悲観を脱し、平穏な日常を取り戻せることを願っています。

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