連載3回目も、金(gold)の急騰に注目します。

 今回注目するのは、中東で紛争が勃発していた1970年代に起きた金の急騰です。

1970年代、「有事の金」が本領発揮

 1970年代、世界でさまざまな危機(有事)が連続で勃発し、金価格はその影響を受けて急騰しました。1970年台NY金のデータをもとに、その影響を見ていきます。(東京市場に金が上場したのは1982年のため、1970年代は東京金の価格データがありません)

図:NY金先物(期近、月足、終値)

単位:ドル/トロイオンス
出所:CME(シカゴ・カーマンタイル取引所)のデータをもとに筆者作成

  金が急騰した1970年代後半から1980年代前半にかけ、上グラフ内のように、多くの中東危機が時間をおかず、頻発しました。

 この時期の金の急騰は、ズバリ、「戦争などの有事の発生による情勢不安の折、価値が失われない実物資産の金を買う」、というムードが世界中に広がったことが要因と言えます。連載1回目、連載2回目のように、複雑な背景はなく、単純に、「政治不安が投資家を金投資に走らせた」というのが理由なのです。

 1970年代の金の急騰を「風が吹けば桶屋が儲かる」に当てはめれば、シンプルに「有事が起きたら金が急騰した」ということになります。

 当時は、有事が直接的に金相場に影響する、非常に分かりやすい構図でした。大まかに言えば、有事の予兆の段階や発生後に激化した時に金価格が上昇し、発生後(材料出尽くし)や激化した有事が鎮静化に向かった時に金価格が下落、という流れでした。有事の動向が、金相場の上昇にも下落にも強く関わる状況だったわけです。

最近、有事で金は動かない。その理由は?

 現在、1970年代ほどではないとしても、紛争は各所で発生しています。しかし、その紛争(有事)を受けても、金の価格変動は以前のような大規模なものになりません。例えば、2018年の「北朝鮮の核兵器開発の進展、ミサイル発射」でも、この有事から受ける印象とは裏腹に、金価格の上昇は期間・値幅ともに非常に限定的でした。

 有事の金に対する影響力が低下してきた理由の一つに、社会の発展に伴って情報が持つサプライズ感が低下したことがあげられると筆者は考えています。大衆の心がマーケットを動かす要因になると言われますが、有事で金価格が急変していた時代、その大衆の心を扇動する“サプライズ感を伴った情報”が、有事が金価格を動かす原動力になっていたと思われます。

 この点を考える上で重要なことは、1970年代になくて現代にある、人類の技術革新の象徴である「インターネット」の存在です。

 1970年当時、情報源といえばテレビや新聞、そして限られた情報端末でした。当時、日本の金融マンは、朝出社し、前日の日本時間の夜に起きた欧米市場での出来事を知り、それらを元にさまざまな活動をしていました。金融マンとその顧客など、マーケットに関わる人がほぼ同じ情報を見て行動していた時代です。今よりも閉ざされた世界で、限られた量の情報が行き交っていたわけです。

 新聞はバイブル(権威のある書物)だと例えられていたことが示すとおり、その頃、一つ一つの情報に高い希少性とサプライズ感がありました。人々は「特ダネ」「スクープ」に一喜一憂し、心の変化が大きなうねりとなりマーケットを大きく動かしたのだと思います。

 一方、現代では24時間いつでもどこでもインターネットを介して最新情報を得ることができます。情報源も個人のTwitterのレベルから政府の公式発表まで無数に存在します。情報が小出しに、常時更新され続けている現在では、仮に大事件が起こったとしても、多数の中の一つとして埋没してしまいそうになります。 毎日多くの人が情報のシャワーを浴び続けている現状にあっては、一つ一つの情報に以前ほどのサプライズ感はありません。不要な情報をかき分けなければ必要な情報にたどり着けないくらいおびただしい量の情報が存在すること、一人の人間が消化できる情報の量には限界があることから、以前のように、人々が一度に特定の情報に一喜一憂し、その一喜一憂が世界的な社会現象に発展することは少なくなったと言えます。

 このように考えれば、ある意味、人々の豊かさの追求が、「有事の金」という神話を崩壊させる一因になったと言えます。大衆の心を煽るようなサプライズ感を伴った情報は、人類が望んだ情報技術の発展に伴って薄まり・減少し、その結果、有事の金に対する影響力が低下したのだと思います。

  同時に、国連をはじめとしたさまざまな枠組みができ、戦争を未然に防いだり被害をできるだけ食い止めたりする強い組織が機能し、「戦争は簡単には起きない」「起きても以前のような大きな被害は発生しない」と、人々の有事への認識が大きく変化しました。安全な社会で生きる人々の数が増えてきていることの影響も大きいと思います。

 また、1970年代にはなかった世界的な大規模な金融緩和や、新興国の目まぐるしい発展が、現在の金相場の大きな変動要因になっているため、相対的に有事の金相場の影響力が低下したという面もあります。昨今増加していると言われるフェイクニュースの存在が、情報を盲目的に受け止めにくくさせている点も、情報にサプライズを感じにくくさせていると言えます。

 とはいえ、「有事の金」が全くなくなった訳ではありません。影響力が低下しただけであり、多層化した金の変動要因の中に存在し続けています。有事、ドル、新興国、景気などさまざまな材料が重なり、相殺しあって現在の金相場ができています。有事は、金の変動要因の一つ、という認識で金相場を見守ることが重要であると思います。

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