※本記事は2014年2月21日に公開したものです。

意外に見かけない「売り方」の話

 株式投資の入門書を見ると、このような時に、このような理由で銘柄を選んで、株を買いましょう、という話はよく見かけるのだが、持っている株をどのような時に、どのように売りましょうという方法について、体系的な説明をほとんど見かけない。

 投資はそもそも自己責任の世界なので「後は自分で考えなさい!」というのも一つの見識だとも思うが、少し不親切な気もする。

 また、もう一歩踏み込んで推測すると、多くの株式投資本の著者が、株の売り方について、一貫した説明ができる体系的な理解を持っていないのではないか、とも思う。

 そのような著者に対して失礼(!)なことを思うのは、たとえば、「『自分の買値から○割上がったら(あるいは、下がったら)売る』と決めておくと、迷わずに済みます」といった、自分の買値を基準にした「売り目標値段方式」(利食い・損切り、両方を含む)を書いてある本が相当数あるからだ。

 自分の買値は将来の持ち株のリターンに影響するファクターではないのだから、この考え方は、明らかに正しくない。投資家を判断力のない愚か者扱いする、これこそが失礼な意見だ。

 上がった株には上がった理由があるはずだし、下がった株にも同様だ。あくまでも、現在の価格をベースに、持ち続けるのか、売るのか、(あるいは買い増すのか)を考えるのが正しい。それ以外の「気休めになる売り方」は、投資家に、悪い癖を付ける誤ったアドバイスだ。

正しい「売り方」の理屈

 数式を嫌う読者が多いので、「株の正しい売り方」の一般論について、少し長いけれども言葉で書いてみる。運用する資金量が一定の場合だ。

「ポートフォリオの銘柄Aのウエイトを少し減らし、他の銘柄(保有していない銘柄を含む)のウエイトを少し増やした時に、ポートフォリオ全体の『効用』が改善する場合に限りその範囲で、銘柄Aを売ることが正しい」。

 ポートフォリオの効用に影響を与えるのは、銘柄Aのリターン、銘柄Aがポートフォリオに及ぼしているリスク(銘柄Aのリスクの大きさ、銘柄Aのウエイト、銘柄Aと他の銘柄のリスクの相関関係、他の銘柄のウエイト)、そして売買コストだ。

 銘柄Aの期待リターンが低下するのは主に次の2つの場合だろう。
(1)銘柄Aの業績見通しが悪化した
 あるいは、
(2)銘柄Aが値上がりして期待リターンが下がった
 元々、個別に銘柄Aを買って、これまで持っていた理由は、銘柄Aが特に優れていると考えられる情報(利益予想の上方修正、株価の割安、など)があったからだろう。

 平たく言い換えるなら、銘柄Aを「買った理由がなくなった時」に、銘柄Aを売ることが検討の俎上(そじょう)に上る、と覚えておくといい。

 他方、可能性としては、別の銘柄の期待リターンが高くなったと分かった場合がある。この場合、銘柄Aの期待リターンが悪化していなくても、銘柄Aを売って作った資金で別の銘柄(複数の場合もある)を買うことが正しくなる。

 銘柄Aのウエイト変化がポートフォリオのリスクに与える影響も「売る理由」になる。例えば、銘柄Aが買値から何倍にも値上がりすると、ポートフォリオの中で銘柄Aのリスクの影響が過大になり、ポートフォリオの効用が低下する。この場合、銘柄Aを売ることが正しい。

 ただし、ここで注意が必要なのは、銘柄Aのウエイトをある程度下げると、ポートフォリオ全体のリスクが改善し、銘柄Aを売る理由がなくなることだ。プロの運用者でも、ファンドマネジャーに成り立ての頃は、自分が売ると決めた保有銘柄の保有株数を一度に全部売ってしまうことがあるが、多くの場合、これはポートフォリオのバランスを損なったり、過大な売買コストを掛けたりして、運用成績を損なう原因になる(そして、運用が下手だと、そのこと自体に気付かない)。

 株価の値上がりが売却理由である場合は、部分的な売却が正しい判断になる場合が多いことを覚えておくといい。

「スクエア・ポジション」はどこか

 前記は、一定の金額を長い期間運用することを想定した、ポートフォリオ調節の一般論だ。そもそも一定の株式運用額を保持した状態が「普通」の場合を想定している。

 株式投資は、企業の資本に投資して、企業活動のリターンを得ようとする行為であり、長期的に投資ポジションを維持する事が、運用資産の成長に役立つと考えることができる。多くの投資家が、特に、長期的な資産形成を行う上では、株式に関してこうした投資ポジションを維持し、ポートフォリオの調節を継続していくのがいい。

 もっとも、証券会社にとっては残念なことだが、投資家が、売買コストを払った上で、ポートフォリオのリターン(リスクであっても)を自信を持って改善できるような機会を見つけることはそう頻繁ではないのが現実だ。特に、最初にバランスのいいポートフォリオを作ることができた場合、持ち株を売却することが正しい機会は、そう頻繁に訪れるものではない。

 他方、こちらは証券会社にとってうれしい顧客だが、何らかの理由で短期的に株式でリスクを取るポジションを作っている株式トレーダーは、資金を与えて企業に利益を稼がせることを目的としているわけではなく、市場参加者よりも自分が優位な情報に賭けているだけなので、彼の「普通」あるいは「標準」、あるいは為替などのディーリングの世界で言う「スクエア」のポジションは、「(持ち株も、空売りも)ゼロ」である。

 こうした「投資」というよりも「投機」のリスクを主として取っている場合は、「自分が有利だと賭けるに足る」と判断できる状況が解消した場合、買いでも、売りでも、速やかにポジションを解消することが正しい。

 とはいえ、売買の動機が、投資でも、投機でも、売買にコストが掛かることは同じなので、そもそも株を買ったり、空売りを仕掛けたりする段階で、これを計算に入れておかなければならないことは、いうまでもない。

もう一つの大事な「売り」理由

 株の売り方に関する一般論を完結するためには、もう一つ大切な「売り」の理由を付け加えなければならない。

 それは、「お金が必要なとき!」だ。ふつう、株式の運用は、お金を増やすために行う。真にお金が必要な場合に、持ち株を売ることを躊躇する必要はない。理屈っぽく言うと、持ち株の期待リターンがもたらす効用よりも、現金の効用が高まったのだから、株を現金に換えることが合理的だ。

 遠慮はいらない。「気持ち良く、使ってください!」

 持ち株を「売る」ことが正しい場合を、たぶん重要な順番から、まとめると、

(1)お金がいるとき

(2)その銘柄を買った理由がなくなったとき

(3)その銘柄のリスクが過大になったとき(→通常は部分売却)

(4)素晴らしく期待リターンの高い他の銘柄が見つかったとき

と思い至る。時に、重要度の順番は入れ替わるかもしれないが、こんな感じだ。

補足
 株式や投資信託の「売り方」については、今でも納得的な方法論を書いている本は少ないように思う。2014年と少々古い記事だが、個別株のポートフォリオを運用する前提で投資の理屈に沿って書いてあるので、内容的には全く古くないし、「一般投資家には少し難しいかな」と思わなくもないが、修正点はない。現実的には、持ち株を一部売って、新しい銘柄を買い足すような調整が正解になる場合が多いだろう。インデックス・ファンドのようなもので運用している投資家の場合は、「お金が必要な時に部分的に売却する」のが売る理由のほとんど全てだ。いずれの場合も、自分の買値を気にせずに売れるようになると一人前だ。(2020年6月11日 山崎元)