株式市場は新型コロナのショックで荒れ模様ですが、ネガティブサプライズには大地震などの天災もあれば、企業不祥事や金融不安などの人災もあります。そして、今年1月には、気候変動を抑制するための国際的な協定であるパリ協定が発効されました。遠いようで実は身近な気候変動リスク。最近の出来事や用語を踏まえながら、大まかな流れを見ていきましょう。

パリ協定は気候変動の抑制が目的

 パリ協定は、産業革命前と比べて、世界の平均気温の上昇を2℃未満に抑え、加えて、平均気温の上昇1.5℃未満を目指すことを目的にしています。

 平均気温が2℃上がると聞くとかなりの気温上昇に思えますが、日本の場合、100年前と比べて、東京では3℃、他の大都市圏では2℃、日本全体でも1.24℃上昇しています。1.5℃や2℃の上昇は、今後も世界経済が成長して、これまでのように温室効果ガスを排出し続ければ、やがては突破してしまう上昇幅です。

 このため、パリ協定では各国に温室効果ガスの削減目標を作成させ、この目標を達成するための国内施策を取るよう義務付けています。例えば、日本の場合だと、2030年までに2013年と比べて、温室効果ガスの排出量を26%削減という具合です。

 緩やかながらも日本経済は成長していますし(2019年のGDP成長率は名目+1.3%、実質+0.7%)、他国に比べると省エネ化も進んでいます。しかし、東日本大震災以降、原子力発電所の稼働が激減しているので、どうしても、火力発電に頼らざるを得ないという事情があります。

 そうした条件を踏まえると、26%削減の目標は事実上、達成困難な状況にあるのですが、その目標値であっても、環境団体などからは「まだまだ目標が低すぎる」と指摘されています。

気候変動と安全保障と経済のカンケイ

 少しナーバスな気もしますが、各国それぞれの課題や思惑があり、温室効果ガスの削減目標を理想論とは片づけられない事情があるようです。

 地球温暖化の影響で海水面の上昇や雨量の変化が考えられますが、例えば、ドイツのハンブルグの港湾岸地域では、こうした環境変化を見越して、公共建築、民間建築を問わず、高潮対策で居住スペースを海抜から7.5mよりも高い位置に設けるよう規制しています(財団法人 国土技術研究センター「欧米諸国における治水事業実施システム-気候変化を前提とした治水事業計画-」には、この他にも詳しい事例が記されています)。

 米国のトランプ大統領は気候変動問題には無関心ですが、オバマ前大統領は関心が高く、レオナルド・ディカプリオ主演のドキュメンタリー『地球が壊れる前に ~ディカプリオの黙示録~』では、気候変動の問題を「安全保障上の問題だ」と言及しています。

 気候変動と安全保障はすぐには結び付かない概念ですが、気候変動による海面上昇や飢きんなどが発生すると難民が生じ、国境を越えて移動すると、国家間の紛争の火種になるといった問題が発生するという意味のようです。それだけ、世界的には気候変動に対する意識が高いということです。

 日本では、昨年9月に台風15号、10月に台風19号が上陸し、甚大な被害をもたらしました。水害による被害額は2018年、2019年と2年連続で1兆円を突破。そして、2019年は観測史上最も暖かい1年でした。今後も気候変動の影響でさらに台風や大雨の被害が増加するという予測が増えています。

ステーキと気候変動のカンケイって?

 さて、気候変動と言えば、日本では昨年9月に小泉進次郎環境相がニューヨークで開催された国連気候行動サミットに出席しました。「毎日でもステーキを食べたい」という発言が話題になりましたが、「何を呑気な」というよりも、環境問題に関心の高い層には、「何も分かってない…」、「ケンカを売りに来たのか!」と受け止められたようです。

 なぜなら、牛肉を生産するための環境負荷は高く、牛はメタンガス、つまり温室効果ガスを発生させる動物。牛の温室効果ガスの排出量は多く、例えば、自然豊かなイメージのオーストラリアは、畜牛が盛んなため、温室効果ガスの排出国になります。

 また、牛肉1kgを生産するのに必要な飼料は約11kg。牛を育てるために、広大な農地を切り開く必要がありますし、飼料となる作物を育てるには膨大な水が必要になります。環境省によると、牛肉1kgを生産するために必要な水は約20,000 倍(2万リットル)。これだけ牛肉は環境負荷が高いのに、「毎日でもステーキを食べたい」と気候行動サミットに参加する環境相が発言してしまいました。

 牛肉ほどではないですが、豚肉も環境負荷が高く、また、鶏肉の生産にも環境負荷がかかります。このため、欧米では食べる肉の量を減らす人、あるいは、更に徹底して、ベジタリアンやヴィーガンが増えています。こうした流れが分かると、環境問題で厳しい言動をするグレタさんが評価されていることや、代替肉を扱うビヨンド・ミートが注目されている背景が理解しやすくなると思います。

環境を意識した経営は儲かるの?

 これまでのように成長や収益一辺倒ではなく、SDGs(持続可能な開発目標)やESG(環境・社会・ガバナンス)を意識した経営に取り組む企業が増えています。

 SDGsは17の目標と169のターゲット(具体的目標)、232の指標で構成されています。貧困や飢餓への対処、働きがいや経済成長、気候変動に至るまで網羅する内容です。

【SDGsの17の目標】

(出所)国際連合広報センターHPより転載

 また、ESGはSRI(社会的責任投資)が発展した位置づけで、環境や社会を意識した経営戦略が企業の利益や企業価値の向上に繋がるという考えが背景にあります。行政もこうした考えを後押ししていて、2014年2月に金融庁が公表した「日本版スチュワードシップ・コード」、2015年6月に金融庁と東京証券取引所が公表した「コーポレートガバナンス・コード」は、ESGの概念を推進しています。

 では、SDGsやESGへの取り組みがどれだけ企業収益を向上させるのでしょうか。この類の問題は昔から議論されていて、メセナ(芸術文化支援)に積極的な企業ほど利益率が高い、あるいは、IR(インベスター・リレーションズ)を重視している企業ほど株価が上昇するなど様々なことが言われてきました。

 因果関係を考えると、高収益で経営に余裕があるからメセナなどに取り組めるという言い方もできますし、むしろ、経営者の自己満足や虚栄心のために経営資源を浪費すれば、経営が傾くという可能性もあります。企業の好不調には波がありますし、ある企業がメディアにもてはやされると、その頃がピークということもあります。

「私の履歴書の呪い」という説があり、日経新聞の私の履歴書に経営者が登場するとROE(自己資本利益率)が下がるという話もあります(他にも不祥事が発覚するなどの変形版があるようです)。

 SDGsやESGは経営者や企業の一部門というよりも、広く全社員が取り組む目標・課題なので、メセナやIRとは意味合いが違う部分が大きいと思います。気候変動や環境問題を無視した経営をするのは企業の評判に関わりますし、ハラスメント、企業不祥事などへの目線は厳しくなっています。SDGsやESGは収益に繋がるというよりも、ダウンサイドリスクを減らす意味合いが強いと考えた方が無難でしょう。

 そういう視点で企業のSDGsやESGへの取り組みを見ると、新たな発見があるかもしれません。