新型肺炎の感染拡大という、誰も予想し得なかったマーケットリスク。ただ、日本株市場では早くから話題になっていました。少なくとも、日経平均株価が前日比218円安した1月21日時点(1カ月以上も前)で株安要因に。これは、マスク特需の思惑から発生した川本産業や中京医薬品などの超絶大相場が物語っています。日本の個人投資家は気にしていたのです。

 ただ、こと“日経平均”でいえば、下がっても戻す、下がっても戻すの繰り返し。なぜ戻すかといえば、「強い米国株」という後ろ盾があったから。その唯一の後ろ盾が突然外れ、今回の日本株急落が起きたわけです。ここから戻すには、「やっぱり強かった米国株」に戻るかどうか、しか言いようがないかもしれません

「新型肺炎」が引いたトリガー?

 NYダウの最初の急落は、24日の1,031ドル安(前日比3.55%安)。この日は、イタリアで感染者数が急増し、欧州の株価指数が一斉反応した日でした。翌25日も879ドル安(前日比3.14%安)で、この日は米国のCDC(疫病予防管理センター)が米国内での流行に備えるよう注意喚起したタイミングでした。

 なぜ「強い米国株」が新型肺炎を急にネガティブ視し、欧米の投資家がリスクオフモードに転じたのか? これまで、中国や日本、韓国、シンガポールなどアジアでの流行だった新型肺炎。それが、欧州や米国、中東へと広がってきた…「遠い国の話ではない、ということにようやく気付いたからではないか」と市場参加者の間では解釈されています。

 そして、これはきっかけに過ぎなかったと見られています。海外機関投資家動向に精通するパルナッソス・インベストメント・ストラテジーズの宮島秀直チーフストラテジストは25日の顧客向けレポートで、今回の新型肺炎に反応した欧米株急落に関し「昨年9月のFRB(米連邦準備制度理事会)による事実上の量的緩和以降、世界で株を買い上げてきた短期投機勢の高血圧相場からの本格脱却の引き金になったと捉える欧米勢が多く見られる」と指摘していました。まだ解明されていない新型コロナウイルスがどうこうではなく、引き金を引いた可能性自体を重く見ているわけです。

「強い米国株」は、米国株を持っていないと運用成績が上がらない、いわゆる“持たざるリスク”という運用者の事情も背景にありました。今年はテスラ株急騰が話題になりましたが、壮大な踏み上げで始まった大相場も、時間が経過すると「持っておかないとマズい」に変質します。これに乗じた短期投機勢も参戦しながら、宮島氏の表現でいう高血圧相場が続いていました。

 高血圧は自覚症状がないと言います。今回の高血圧相場にとって、株のウエイトを低下させるという“危険因子”になったのが新型肺炎だったと言えるかもしれません。米国市場で慌てて始まったのが「リスク資産の株売り/質への逃避で債券買い(米長期金利は一時史上最低に低下)」でした。

気休めに過ぎない「200日線に注目」論

 欧米投資家の投資姿勢が変化すると、日本株はもろに影響を受けます。例えば、現物株において、2月第2週(2月10~14日)の海外投資家の委託分における売買シェアは71%でした。海外投資家が7割のシェア、これは有名です。

 これと同じものを先物で調べると、日経平均先物が82.8%、TOPIX先物が95.4%と驚愕の比率が確認できます。日本の株価指数は常に先物主導で価格形成されますが、その価格の決定力は完全に海外勢が握っています

 だから、日本人の感覚で理解しようと思ってもわかるわけがない…今回の急落で、下値メドいくら? という話になると「日経平均株価の200日移動平均線が2万2,200円くらいにあるため、ここを維持できるかが注目」とか言われますが、何の根拠もありません(なぜ注目か? と尋ねて合理的な理由を答えられる人もいないでしょう)。

 ちなみに、25日の夜、夜間の日経平均先物は安値で2万1,890円まで付けています。少なくとも、夜間に先物を売った海外勢にとって、200日線や節目2万2,000円など眼中にもないことがうかがえます。

とはいえ、短期的に注目される「日本人の感覚」

 ただ、日本株の動きをよく見ているからこそ、日本人の感覚が勝つこともあります。3連休で日本が休場だった24日の昼間、CMEの日経平均先物が急落していたタイミングでは、SNS上で「明日は絶好の買い場」なるパワーワードを多く見ました。

 実際、「急落は買い」はセオリーで、その神通力は強いといえます。崩れては戻す(壊しては直す?)を繰り返しながら、今年1月に2万4,000円台を付けたわけですから。

 例えば、「大幅安で始まった日に日経平均を買えば儲かる」-これは十分過ぎる実績があります。昨年の年初から今年2月26日にかけて、日経平均先物が“寄り付き200円以上の下落”で始まった日が30回ありました。

 この30回の中で、東京時間に上昇(終値>始値)したのが19回。つまり、大幅安の日に「寄り付きで買う→大引けで売る」を繰り返したトレードの勝率は63%ということになります。しかも、30回全ての取引トータルの騰落幅は+1,730円(ラージ1枚で計算すると、利益173万円)。逆張りは非常に有効で、2月25日も寄り付き980円安ながらザラ場は360円高、26日も470円安ながらザラ場は130円高とデイトレードでは勝利です。

 これほど逆張りが有効なのも、「強い米国株」の後ろ盾があったから。そして、後場の日銀によるETF(上場投資信託)700億円買いもあるから、ですが…。後者は変わらないとして、前者はどうなのか?

今回の急落、これまでと異なる厄介な側面も

 これまでの急落時と異なる点、だからこそ気にすべき点を挙げるなら、①空売りが少ないこと、②大型株での避難先がないことでしょうか。まず、この手のすぐ戻すパターンの急落時は、東証の空売り比率は平常時より大きく上がっていました。

 昨年も、前日比300円以上の下落になった日に4度、空売り比率が50%を超えています。日本株を保有していない海外ヘッジファンドが、下落しそうな日本株を空売りして短期リターンを狙う常套手段。だから、買い戻しも入って、リバウンドも早かった…。

 ただ、今回は25日の空売り比率が44.53%、26日が45.99%。この中には、2月優待の権利取りに伴うイオンや吉野家などの空売り(優待クロス)分も含むため、この分を除けばもう少し低いはずです。これは、今年の空売り比率の平均値42.68%より少し高い程度。つまり、空売りではない売り(実注文売り)がこれまでの急落時より多いということです。

 25日の引け後、国内大手運用会社のレオス・キャピタルワークスが顧客向けメッセージで、ひふみの純資産総額における現金の比率を過去の運用の中でも最大規模に高めた(1月末の現金比率0.7%→2月25日時点で30%弱)ことを報告していました。その理由として、「不確実性の広がり」を挙げています(非常に勉強になるメッセージですので、HPで見てみてください)。不確実性を嫌ってリスク回避に動いているプロの機関投資家が出てきたフェーズと考えることができます。

 次に、大型株での避難先が無い、これが新型肺炎リスク相場特有の状態です。海外投資家による日経平均先物売り、この影響は日経平均の高ウエイト銘柄(ファーストリテイリング、テルモ、リクルートなど)に出ます。

 これは毎度のこと。パフォーマンスがこれまで良かった半導体株(東京エレクトロン、アドバンテストなど)もハイベータ株ということもあり、強く下がります。これも毎度。また、リスクオフによる長期金利の低下で、金融株(三菱UFJなどメガバンクや、第一生命など保険株)が問答無用で下げます。これも毎度。そして、リスクオフ地合いで最弱なのが日本のマザーズ市場…。

 なのですが、こういったタイミングでは、最小分散系銘柄(債券に近い株という概念)が避難先となってきました。下落地合いに逆行する大型株があったわけです。代表格は、オリエンタルランドであり、JR東海やJR東日本、近鉄G、セコムといった銘柄になります

 ただ、今回は、これら最小分散系銘柄の多くに「深刻過ぎるインバウンド減少による業績影響」という売りカタリストが存在。こういった避難先まで潰され、完全な袋小路に…。だからこそ、「現金比率を高める」という選択肢が取られやすい面があります。

日本株にこだわる必要があるのか問題

 自分には相場の先が見える第六感などないため、今回の下げも大丈夫! と言える根拠もなければ、新型肺炎にメディアが騒ぎ過ぎと言える知識もありません。気づけばスコーンと戻すかもしれませんし、そうじゃないかもしれない…。ただ、今回の下げは本当に異質だと思います。

 ここから2万円に接近するほど下がる可能性は低いのかな、と感じる根拠はあります。日銀ETF買いや自社株買いの下支え効果が確実に存在すること。そして、日本株に対して強気な個人投資家がそもそも極めて少ない状態で高値を付けていたため、株価下落に耐えられずにセリングクライマックスが発生することもない。だから、「やっぱり強かった米国株」に戻るかどうかを見てるだけでOK(200日線は見なくてOK)としか言えないわけですが…。

 とはいえ、「やっぱり強かった米国株」が実現した場合、だったら日本株を買う必要があるのか? というのが正直なところでもあります。実際、機関投資家の中には「株はリスク資産。その株で同じリスクをとるなら米国株でとる」という声が強くなっています。再び株が戻すのであれば、「米国株でいいのでは?」、これに対する異論は少ない状態です。

 日本株が優位になる要素、これを考えてもほとんど出てきませんが、日本株が負ける要素はいくつも思い浮かびます。消費増税の影響ですでに10-12月期のGDP(国内総生産)が急激に悪化。不景気の中の人材不足という過去にない社会問題、そこに加わった新型肺炎による訪日客激減や自粛ムードは1-3月期に直撃します。

 また、日本の新型肺炎対策は国内外で悪評が高く、東京五輪の開催に関する“不確実性”まで…。さらには、中国も機動的に対策を打っていますが、日本は財政面の追加対策も遅れそうなうえ、円安基調は保っていますので日銀の追加緩和も期待薄。

 こうなると、ざっくり見ても、下値は2万円くらいが限界、上値は奇跡のリバーサルが起きて2万4,000円が限界…これは、結局2018年以降のボックスレンジでは? くらいの大雑把な見立てしか立てられないんじゃないでしょうか。というのが、長々と書き連ねた結果の、“不確実性”満載な結論であります。