相談者のポートフォリオのざっくりした把握

 今回は、過去の本連載の内容を使って、具体的な(架空のものだが)お金の運用の相談例に対するアドバイスの価値を考えてみる。

 次のような条件の相談者がいるとしよう。年齢は関係ないが、定年退職から日が浅い裕福な元会社員くらいのイメージだろうか。読者がFP(ファイナンシャル・プランナー)で、この相談者から運用の相談を受けているように考えてみてほしい。

相談者の概要
【保有金融資産】 合計 1億円
(内訳)
1)社員持株会で持っていた株式(東証一部上場) 1,000万円
2)毎月分配型外債ファンド(運用管理費用年率1%) 2,000万円
3)日本株アクティブファンド(運用管理費用年率1%) 1,000万円
4)外国株<先進国株>ETF(運用管理費用年率0.2%) 2,000万円
5)銀行預金(利率ほぼゼロ) 3,000万円
6)郵便貯金(利率ほぼゼロ) 1,000万円
【リスクに対する態度】
コンサルティングの結果、内外株式のインデックスファンド(リスクは20%、期待リターンは5%)換算で、総資産の50%までリスク資産を持つのがいいと考えていることが分かった。

 相談者の現状を大まかに把握するところから始めよう。

 期待リターンは、内外の株式を新興国も含めて5%、内外の債券を0%と考えてみる。大ざっぱだが、機関投資家の期待リターンから見て妥当な数値だろう。

 リスクについては、過去の本連載で使った、「個人ポートフォリオのリスク推計の簡便法」 の数値を使って「ざっくりと」計算してみることにする。それぞれの資産カテゴリーについてやや大きめの数値を与えており、加えて、それぞれの資産のリスク値を資産の時価ウェイトで単純に加重合計した、分散投資効果を無視したリスク計算なので、実際にはもう少し小さいポートフォリオのリスクになると想像できるが、リスクの想定は慎重(つまり、リスクが大きめ)である方が無難なので、大まかな相談なら、以下の要領でいいだろう。

 相談者のポートフォリオの期待リターンは以下の通りだ。カッコ内は資産のウェイトだ。

1)個別株 5%(ウェイト10%)
2)毎月分配型ファンド ▲1%(同20%)
3)日本株アクティブファンド 4%(同10%)
4)外国株ETF 4.8%(同20%)
5) 銀行預金 0%(同30%)
6)郵便貯金 0%(同10%)

 加重合計すると、全金融資産1億円に対する期待リターンは年率1.66%だ。(2)、(3)、(4)はそれぞれ運用管理費用を1%、1%、0.2%差し引いた。

 リスクは次の通りだ。

1) 個別株 35%(ウェイト10%)
2)毎月分配型ファンド 10%(同20%)
3)日本株アクティブファンド 20%(同10%)
4)外国株ETF 20%(同20%)
5)銀行預金 0%(同30%)
6) 郵便貯金 0%(同10%)

 加重合計して求めた全体のリスク値は11.5%だ。

 アドバイザーとしては、この段階で、想定される最大の損失が21.34%であることを伝えたり(1.66−2×11.5=−21.34)、個々の資産について、「同じリスクでより大きなリターンのものを勧めたり」逆に「同じリターンでより小さいリスクのものを勧めたり」といった助言ができそうだ。

ビフォー・アフターの改善

 リスク・リターンについてもう少し精密に前提条件を決めて、最適化計算(エクセルで十分できる)をすると、手続き的にも立派なアドバイスができそうだが、今回は大まかなアドバイスで考えてみる。

 筆者だと、次のように言うだろうか。

「個別株1銘柄はリスクが大きいので、著しく不利です。例えば国内株式のインデックスファンドにしたほうがいいと思います。

 毎月分配型の外債ファンドは全くだめなので即刻解約しましょう。個人向け国債にでもしておきましょうか。

 日本株のアクティブファンドは運用管理費用が高くてもったいないから、これも国内株式のインデックスファンドに入れ替えましょう。

 外国株のETF(上場投資信託)は大変いいと思います。そのままにしましょう。

 手始めに、リスク資産40%で、今よりももう少し保守的なポートフォリオにするといかがでしょうか。もちろん、もう少しリスクを取る余地があります」

 新しいポートフォリオの期待リターンは、国内株式のインデックスファンドの期待リターンを4.8%(5%から運用管理費用を0.2%引いた)とすると、1.92%になる(4.8×0.4+0×0.6=1.92)。リスクを計算すると、8%だ(20×0.2+20×0.2+0×0.6=8)。リターン、リスク共に相談前よりも改善する。

アドバイスの経済価値は?

 さて、今回のようにアドバイスした場合に、その前と後の相談者のポートフォリオの経済価値の差がどのくらいになるのかだ。

 前提条件で、相談者は「5%の期待リターンで20%のリスクを持つリスク資産を50%持っていい」と考えているのであった。

 この条件から相談者の効用関数(U)のリスク拒否度(λ)を計算するとλ=0.0125となる。すると、相談前の効用は以下の通りだ。

【相談前の効用】
効用(U)=(期待リターン)−(リスク拒否度)×(リスク)2
       =1.66 − 0.0125×11.52=0.006875

【相談後の効用】
 相談後の効用を計算すると以下のようになる。
効用(U)=1.92 − 0.0125×82=1.12

 効用は、リスクのペナルティを調整した(リスクのない)リターンの価値との同等物だと考えられる。相談後と相談前の効用の差は1.113125%となる。

 相談者の運用資産額は1億円なので、相談結果を反映させることによって、その約1.11%、つまり111万円相当の効用増を次の1年から毎年得ることができる。リターンとリスクの両方を改善しており、これだけの効果が出る。

 付け加えると、相談者は期待リターンが増えるならもう少しリスクを取ることができるので、この相談の経済価値はさらにもう少し改善することができるはずだ。

 さて、読者は、この相談に対して、いくらの対価が正当だと思われるか。

 考え方はいろいろだろう。

 対価の設定の仕方も、「考えてアドバイスしたのは一回だから一回に適正額を請求するのがいい」という考え方もあるし、「メリットは継続的なのだから、顧問契約などの下で継続的なフィーを設定するといい」という方針もあるだろう(筆者個人は、前者がややいいと思っている)。

 例えば、「改善は今年得られて、さらにその後も毎年得られるのだし、アドバイザーへの報酬は、一年分の改善効果の2割である22万円程度は(111万円の20%)あってもいいのではないか」という意見があるとすると、読者はどう思われるか。

 筆者個人は、アドバイスの対価の計算としては「まあまあ妥当」ではないかと思う。

 これを「高い!」と言う人は、相談前の状態がどれだけダメで、しかもいくらの手数料を金融機関に払っていたのかについて、考えてみてほしい。対面営業の金融機関の言いなりになっているとこの例のような状態に陥ることが少なくないし、その状況を改善できることの経済価値は大きい。

 例えば、FPは、相談時間一時間あたり1万円といった手間賃の報酬の外に、「アドバイスが改善する経済価値から計算される対価」を請求してもいいのではないだろうか。こうした考え方で適正な対価が得られるなら、FPは相談にかこつけて生命保険などの金融商品を売ってキックバックを得るような汚いビジネス(利益相反のあるビジネスという意味だ)に手を染めなくとも、堂々と正当な対価が得られるのではないだろうか。