初の死者発生が報じられた半ば以降、景気に敏感な商品・株式・関連通貨の下落が目立つ

 新型肺炎が原因とみられる初めての死者が発生したと報じられたのは、先月半ばでした。米金融大手が新型肺炎の拡大がきっかけで世界の石油の消費が減少すると発表した1月22日ころから、原油、非鉄などの景気の動向に敏感な銘柄のほか、豚肉や大豆など中国に関わりが深い銘柄が幅広く下落しました。

図:1月11日以降の騰落率(2月3日午前時点)

出所:各種データより筆者作成

 独自色の強いビットコイン[暗号資産]やパラジウム[商品]、世界的な懸念が強まった時に物色されやすい金[商品]、金に追随する傾向がある銀[商品]、ブレグジットが、いったんの節目を迎えたポンドなどを除けば、1月半ば以降、株、商品、商品に関りがある通貨が、幅広く売られていることがわかります。

 下落が特定の銘柄で起きていないことは、それだけ今回の新型肺炎の影響範囲が広いこと、新型肺炎を大きな懸念と認識している人が分野を問わず大勢いることを示していると言えます。

新型肺炎鎮静化に向け、各国の本腰を入れた対応が始まる

 2月2日(日)、中国人民銀行が1兆2,000億元を金融市場に投入すると発表しました。実施は春節明けの本日2月3日(月)で、新型肺炎拡大の影響で中国国内経済が打撃を受ける中、金融市場に資金を供給する形で国内企業を支援する目的があると見られます。

 また、1月30日(木)、新型肺炎の拡大に対し、WHO(世界保健機関)が“緊急事態宣言”を発令しました。日本では、翌31日(金)に新型肺炎による感染症を“指定感染症”とする政令が施行されることが決まり、2月1日(土)より施行されました。

 これらの対応は、世界全体が強く懸念する新型肺炎に対し、これ以上の拡大を防ぐことに本腰が入ったことを意味します。

 しかし、原因が新型肺炎だったこと、起源が動物とみられること、症状が肺炎であること、発生地が中国であること、拡大時期が同じであることなど、複数の共通点を持つSARS(重症急性呼吸器症候群)は、流行が終息までおよそ8カ月(2002年11月16日から2003年7月5日)かかったことから、今回の感染症が終息するのが今年の夏になるとの指摘もあります。

 今月に入り、中国国外で同感染症による初めての死者が出たとの報道もあり、まだしばらくは感染が拡大する可能性があることから、感染拡大を軽減しながら、忍耐強く終息を待つことが求められます。

 忍耐強く終息を待つにあたり必要なことは“正しく怖れる”ことだと筆者は考えています。今まさに新型肺炎と対峙している人類にとって、いたずらに懸念を拡大させないために必要な考え方だと思います。

 確かに、新型肺炎に関わる環境は悪く、中国の景気が減速することは避けられず、それによる周辺国、貿易相手国へのマイナスの影響も不可避だと思います。しかし、だからといって、不安や心配が必要以上に膨れ上がっては、事態がさらに悪化しかねません。

 半年から1年先の景気動向への思惑(期待や懸念)を織り込む傾向がある株式市場、足元の需給データの他、将来の消費や生産の予想に対する思惑を織り込む傾向がある商品(コモディティ)市場、それらの影響を変動要因の一つとしながら動く通貨市場、いずれも、“思惑”が絡んでいるわけです。

 IMF(国際通貨基金)が「今回の感染症の拡大が世界経済の成長率を押し下げる」との見通しを示しましたが、仮に実際にそうであったとしても、過度な悲観論は過度に相場を押し下げるだけです。事態を冷静に受け止めて冷静に判断することが、過度な相場の下落を防ぐ最も有効な手段になると筆者は考えています。そのためには、“ざっくりと”悪くなる、“漠然と”消費が減る…などではなく、具体的に「どの分野」で「何が起きそうか」を予想し、事態を正しく知ることが必要です。

 以下、新型肺炎拡大が投資市場委及ぼす影響について、具体的に検証していきます。

新型肺炎拡大が与える中国からの“輸出減少”“輸入減少”を正しく知ることが重要

 新型肺炎拡大により中国経済は悪化する、との見方が大勢を占めています。その場合、具体的にどのようなことが起きると予想できるのでしょうか。

 中国は貿易統計が示すとおり、自給自足で成り立っていません。自国内での生産だけでは足りないものを輸入し、経済規模を大きくするために中国国内で加工した品を他国に輸出しています。輸出と輸入の両輪の上に成り立つ貿易が、中国経済の要であると言えます。

 新型肺炎拡大によって中国経済が打撃を受ければ、経済活動の停滞により輸出量が減少します。同時に消費の減少によって輸入量が減少し、輸出と輸入が同時に減少することが予想されます。

 中国は消費規模の大きさが目立つため、新型肺炎拡大によって中国の輸入量の減少が懸念されがちですが、輸出量の減少も起きる可能性も想定しなければなりません。以下は、WTO(世界貿易機関)のデータをもとに作成した、中国の輸出および輸入における分野ごとの世界シェア上位を示したものです。

図:世界および中国の輸出輸入における分野ごとの金額と中国のシェア(金額ベース)

単位:百万ドル
出所:WTO(世界貿易機関)のデータをもとに筆者作成

 全体的には、中国は、世界全体の輸出額の12.8%を、輸入額の10.8%を占める貿易大国と言えます(2018年時点)。新型肺炎の影響で中国経済が停滞し、輸出も輸入も、ともに減少した場合、世界の貿易が縮小する懸念があります。

中国の輸出量減少による影響は?

 輸出において、中国のシェアが高い分野は加工品(Manufactures)です。後述しますが、電子部品などが含まれます。輸入においては燃料及び鉱業品(Fuels and mining products)です。原油などの燃料や銅などの鉱業品が含まれます。

 より具体的な品目でみると、以下のとおりです。

図:世界および中国の輸出における品目ごとの金額と中国のシェア(金額ベース)

単位:百万ドル
出所:WTO(世界貿易機関)のデータをもとに筆者作成

 輸出において中国のシェアが高い品目は、加工品における機械および輸送機器分野の電子データ処理およびオフィス機器、通信機器(パソコンやスマートフォンなどの電子デバイス)、そして織物や衣類です。

 中国経済が鈍化した場合、中国からこれらの品目を輸入していた国において、品不足が起きる可能性があります。

中国の輸入量減少による影響は?

図:世界および中国の輸入における品目ごとの金額と中国のシェア(金額ベース)

単位:百万ドル
出所:WTO(世界貿易機関)のデータをもとに筆者作成

 輸入において中国のシェアが高い品目は、農産物における食品以外の品目(家畜のエサなどに用いられる穀物および穀物製品など)、鉱業品(銅や鉄鉱石など)、加工品における集積回路および電子部品(輸出される電子デバイスの内部に用いられる部品)です。

 中国経済が鈍化した場合、中国にこれらの品目を輸出していた国において、モノ余りが起きる可能性があります。

 中国の輸出・輸入の事情を把握し、不安の所在が明らかにしておくことで、不要な懸念を抱くことを防ぐことができます。

“銅の消費は中国が多いため、世界全体の銅の消費が減少する”、“米中で合意した中国の米国産大豆の購入が進まなくなる”という懸念がすでに生じていますが、それがどの程度の量なのかはあまり議論されることはあまりありません。

 事実は事実なのですが、程度の議論を後回しにし、イメージ先行で懸念だけが高まることは、“正しい怖れ方”ではありません。

 懸念の所在と程度を把握することが“正しく怖れる”ことだと筆者は考えます。

金(ゴールド):感染症は複数の上昇要因の一つに過ぎない。材料を俯瞰することが重要

“怖れる”ことと特に密接な関係があるのが金(ゴールド)です。世界的なリスクの高まり(≒有事の発生)の際は、“資金の逃避先”と目され、危機意識が高まる時に、金が物色されることがあります。

 機関投資家、個人投資家を問わず、危機意識の元となる“怖れ”は、反射的に金を物色させる“スイッチ”になっていると筆者は感じます。すべてではありませんが、一部で、その傾向があるように思います。テレビやインターネットでの報道に、政治不安をあおるようなシーンが増えると、“金”への関心が高まる傾向がありそうです。人類が金と出会って数千年の間、このようなことを繰り返しながら歴史を紡いできたため、有事=金、という回路が頭の中に存在するのかもしれません。

 現在進行中の新型肺炎の重大な懸念の中、筆者が申し上げたい事は、リスクが高まっているときほど、盲目的にならずに、状況を把握することに努めなければならないということです。

 投資という面で言えば“流れに乗る”ことが重要な場面がありますので、有事発生を機に、反射的に金を買うことが功を奏することもあります。しかし、このようなケースこそ、特に、一瞬でも金を取り巻く環境を俯瞰したほうが良いと感じます。

 感情の動きをきっかけに行った売買の結果が、良くても悪くても、その売買から得られる損得以外の結果については、たまたま、偶然の域を超えないと思います。

 同じ買うにしても、材料を一度でも俯瞰していれば、思惑と違う結果になったときでも、その理由に対する検証ができ、経験値となると思います。

 今は40年前と異なり、有事=金、という単純な方程式だけで、値動きを説明できる単純な環境ではありません。

 新型ウィルスに対し、正しい情報を収集して正しく対策をする“正しく怖れる”ことが必要な時だからこそ、“金投資において、“状況が悪いから、なんとなく金がよいのでは?”などと盲目的になるのではなく、有事は金の複数ある材料の一つにすぎないと認識した上で、有事以外の材料をできるだけ具体的にイメージするべきだと思います。それが、現在の金投資における“正しく怖れる”ことだと思います。このことは、今後金を投資対象にする上で重要なことだと筆者は考えています。

図:金を取り巻く環境(イメージ)

出所:筆者作成