新型肺炎ショックで中国からの団体旅行キャンセル相次ぐ。インバウンド関連株売られる。

 中国・武漢市で発生した新型コロナウイルスによる肺炎の罹患者・死者数の増加が続いています。中国国内だけでなく、欧米・日本でも感染者が見つかっています。感染への恐怖から、中国だけでなく欧米でも外出を控える動きが増え、人の行き来が少なくなれば、世界景気に悪影響が及ぶ可能性もあります。

 景気へのマイナス影響が大きくなりそうなのが、中国です。中国政府は、感染拡大を抑えるために、政策を総動員する構えです。武漢市から外部に出る交通を急きょ遮断し、中国から海外への団体旅行を禁止しました。

 中国は今、ちょうど春節(旧正月)と呼ばれる大型連休の最中です(1月24日から30日までだったが、新型肺炎の問題を受けて2月2日まで延長)。春節の間、例年は中国から、中国国内及び海外への旅行者が増加し、消費が盛り上がります。ところが、今年は、新型肺炎ショックで人の行き来が抑制され、消費が落ち込む見込みです。

 春節の消費は、中国の景気動向をうらなうのに、重要な役割を果たします。新型肺炎で春節消費が落ち込めば、停滞色が深まっていた中国景気の底入れ時期がさらに遅れる可能性もあります。

 新型肺炎ショックで、世界的に株が売られ、日経平均も下落しました。中でも下落が目立つのが「中国関連株」「インバウンド関連株」です。春節の時期、多数の中国人観光客の来日が見込まれていましたが、団体旅行のキャンセルが相次いでいます。この影響で、日本のインバウンド消費【注】は落ち込みが避けられません。

【注】インバウンド消費
訪日外国人観光客による日本国内での消費支出を「インバウンド消費」と呼びます。当初は、買い物(モノ消費)が中心でしたが、徐々にサービス消費(コト消費)の比率が高まっています。インバウンド消費の増加で恩恵を受ける銘柄を、「インバウンド関連株」と呼びます。モノ消費の恩恵を受ける化粧品・市販医薬品・食品・家電製品や、コト消費の恩恵を受ける電鉄・航空会社・ホテル・テーマパークなどがあります。

2017年まで順調に拡大してきた訪日外国人数。2018年・2019年に続き2020年も停滞?

 アベノミクスで掲げた成長戦略の中で、もっとも成功しているのが「観光立国」と言われています。2013年から2017年まで毎年、訪日外国人観光客の増加が続き、人口減少・過疎に悩んできた地方の活性化につながってきました。また、インバウンド消費の拡大が、停滞する日本の内需に好影響を及ぼしてきました。

 外国人観光客が、日本旅行で覚えた消費財を、帰国後も継続して使う効果も幅広く見られます。たとえは、日本の化粧品などは、その恩恵で中国での売上が大きく伸びてきました。

<訪日外国人観光客数の推移:2011年1月~2019年12月>

出所:日本政府観光局(JNTO)より楽天証券経済研究所が作成 

 ところが2018年以降、外国人観光客数は伸び悩んでいます。2018年は6月から9月まで、豪雨・地震などの天災が集中した影響から、訪日外国人数が減少。大阪府北部地震、西日本豪雨、大型台風の相次ぐ来襲、関西国際空港閉鎖、北海道地震などが影響しました。ただし、10月以降は回復に転じています。

 2019年前半は訪日外国人数が拡大し、同時期として過去最高を更新しました。日本が観光地として魅力的であること、アジアで海外旅行ができるくらいまで中間層の所得が増加したことから、タイ・フィリピンなど東南アジアからの観光客が大きく伸びました。

 ところが、2019年後半はまた訪日外国人観光客数が減少しました。日韓関係の悪化により、韓国からの観光客数が激減したのが響きました。

<訪日外国人観光客数の上位8カ国:2019年12月>

出所:日本政府観光局(JNTO)より楽天証券経済研究所が作成

 昨年12月の訪日外国人観光客数を国別に見ると、中国での対日感情の改善を映し、中国人観光客が18.5%も伸びています。中国人観光客は、1人当たりのインバウンド消費額が特に大きく、全体のインバウンド消費の伸びに貢献しています。

観光立国に逆風。気になるオリンピックへの影響

 一方、韓国からの観光客数が激減しています。かつて、国別で訪日観光客数がトップだったことがありますが、昨年12月には第4位まで低下しました。

 まだ統計は出ていませんが、2020年1月も、外国人観光客数は減少が避けられません。新型肺炎の影響で、中国からの観光客数が減る見込みです。昨年、韓国からの観光客の大幅落ち込みを、中国からの観光客の増加でかなりカバーしていただけに、中国からの観光客減少が予想される1~2月は、インバウンド消費全体に落ち込みが厳しくなる可能性があります。

「観光立国」を目指す日本にとって、厳しいスタートが予想される2020年ですが、新型肺炎の影響による観光客減少は、いつまで続くのでしょうか。遅くとも、東京オリンピックが開催される8月までには、事態が終息していることが望まれますが、事態は予断を許しません。

 新型肺炎の観光業への影響が早期に終息し、東京オリンピックで再び観光需要が盛り上がるというのが、もっとも楽観的なシナリオです。新型肺炎の被害拡大がいつまでも続き、風評被害まで含めて、東京オリンピックでの訪日外国人が想定外に少なくなるというのが、もっとも悲観的なシナリオです。今後、どちらに近いか、事態の推移を見守る必要があります。

インバウンド関連株の投資方針

 新型ウイルスへの恐怖で世界経済にダメージが及ぶ懸念が強まることは、これまでに何度もありました。2002~2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)、2014年のエボラウイルス病の感染拡大がその例です。

 ウイルスは容易に変異する単純構造の生物なので、次々と新種ウイルスが現れます。新種ウイルスと人類の闘いは、永遠に終わらないと思います。

 ただし、時間はかかっても、特定のウイルスによる被害拡大は、抑えられるはずです。今回の新型肺炎も、患者の隔離・治療など感染拡大の対策を徹底すれば、被害の拡大はいずれ抑えられるはずです。問題は、事態の終息までどれだけの時間が必要かわからないことです。終息まで数カ月か数年か、現時点で予測不能です。今後の情報を見ながら、考えることになります。

 日本の観光業への被害がどこまで拡大するか、まだ見極めが困難な状況です。インバウンド関連株は年初から大きく下がったものが多く、買い場に入りつつある可能性もあります。ただし、短期的な下値リスクがまだ払拭されない銘柄も多く、投資銘柄の選択には慎重を期する必要があります。

 私は、すぐに投資を開始するならば、JR4社(JR東日本・JR東海・JR西日本・JR九州)が適切と考えています。JRについての投資判断は、以下のレポートに詳しく記載しているので、ご参照ください。

3分でわかる!今日の投資戦略:11月14日 代表的ディフェンシブ株、JR4社。JR東日本に今、注目する理由

 インバウンド消費は、モノ消費からコト消費に重点が移りつつあります。モノ消費で盛り上がったインバウンド関連株は、あまり評価できません。コト消費で恩恵を受ける、JRの方が有望と考えます。

化粧品株は押し目買いか。日本ブランドは高評価

 小売業では百貨店への投資は、慎重に考えた方が良いと思います。高額品をたくさん買って帰る観光客はだんだん減少し、日本での経験を楽しむことに重点を置く観光客が増えていくと考えられるからです。

 資生堂(4911)など化粧品株は、インバウンド関連株として売られていますが、押し目買い方針で考えたら良いと思います。化粧品は、モノ消費ですが、日本からの旅行から帰った後も、自国で使い続ける人が増加していることが評価できます。中国などアジアで、日本ブランドが高く評価されるようになりつつあります。

 ただし、短期的には新型肺炎の影響で、中国での売上が減少する見込みです。業績へのマイナス影響をきちんと織り込むまで、今しばらく時間がかかる可能性があります。

(参考)2015年にインバウンド・バブル、2016年にバブル崩壊があった

 一口にインバウンド・ブームと言っても、2015年以前と2016年以降では内容が異なります。

◆2015年のインバウンド・バブル

 中国人観光客の爆買いにけん引されて、インバウンド消費が急激に拡大し、「インバウンド・バブル」が生じました。高額商品を売る銀座の百貨店などが、大きな恩恵を受けました。中国人観光客の爆買いには、実質「個人輸入」とみられる買い物が含まれていました。たとえば、1人で高級炊飯ジャーをまとめて10個買うような観光客がいました。それは、中国に持ち帰って転売して利益を得ることが目的であったと考えられます。

◆2016年のインバウンド・バブル崩壊と、2017年以降のブーム復活

 中国政府は、海外で購入した商品を中国に持ち込む際にかかる関税を2016年4月に大幅に引き上げました。その後、中国人による日本での爆買いは鳴りを潜めました。そのため、2016年は、「インバウンド・バブル崩壊」の年となりました。

 ただし、その後も訪日外国人の数は増え続け、2017年以降、インバウンド・ブームが復活しました。そこでは、自分のための買い物が増えました。日本製品の安全性への信頼が高いことから、化粧品・食料品・医薬品など自分の体に取り込むものがよく売れるようになりました。

 また、日本での体験にも、お金をかけるようになりました。「コト消費」といわれるものです。その恩恵を受ける銘柄の業績が好調です。