あけましておめでとうございます。本年もご愛読をよろしくお願い致します。

 本稿では、昨年末の本連載で出題した「宿題」の解答と解説を行うが、その前に、宿題と共に行われていたアンケートの不備について、改めてお詫びを申し上げる。アンケートは、編集部で作成したものだったが、宿題の出題意図から大幅に逸脱した不適切なものだったので、募集期間の後半になってから中止を判断した。例を挙げると、毎月分配型投信が投資対象として不適切だとする問題に対して、毎月分配型投信に投資する際に分配金を受け取るか分配金を再投資するかと問うのは全く意味がない。出題者は、掲載前にアンケート内容を知らされていなかったが、チェックを怠ったことについて大いに反省している。

コツは「出題意図」を読むこと

 さて、問題の解答を説明する前に、問題一般に回答する際のコツをご説明しよう。筆者は、数年前まである私立大学で「金融資産運用論」と題する講義を行っていたが、この講義の試験(採点に柔軟性を持たせるために記述式だった)の際に感じたことを記しておく。

 前回の拙稿にもあるように、例えば、毎月分配型投信の投資対象としての適否(伝統的な金融論では全て「不適」である)と、なぜこの商品が現実的に売れているのかに関する理由説明(行動経済学的な説明が可能だ)は、何度も出した問題だったが、答案を見ると、毎回ウィキペディアの解説から作られたと思われる誤答が一定割合(感覚的には20%前後)含まれていた。

 先ず、出題者の心理を考えると、いかにも通説と合致する話を正解とする問題を出すのはつまらない。これは、テレビのクイズ番組でも、大学の試験でも同様だろう。出題者としては、この問題はこう考えて欲しいという出題の意図や主張があるのが普通だ。回答する側は、出題者の意図が何なのかが見えてこない時には、正しい回答になっていない可能性が大きいという勘が働くようでないと、試験に強くはなれない。

 また、もう少し細かいことを言うと、試験問題には「採点基準」、すなわち、ポイントが何で、どのポイントが押さえられていれば何点かという基準が予めあるのが普通だ。採点基準を想像しながら回答を書いて、得心が行くような気分がするなら、受験者の考えている内容が、出題者の考えと波長が合っている公算が大きい。

 記述式試験のコツは、社会人には関係ないと思われるかも知れないが、例えばビジネスの企画書を書くに当たって、意思決定者(顧客である場合も、上司である場合もあるだろう)の思考のフレームワークや決断のポイント、表現の好みなどを十分押さえておくことは重要だ。時には、企画そのものの内容的な出来不出来以上の価値を持つ場合がある。

 因みに、毎月分配型投信の問題は、「毎月分配型投資信託」と「山崎元」をAND検索すると、ネット上の記事の中から出題者自身が書いた模範解答に近い記事が複数見つかったはずだ。今時の大学生で、この程度のことに気が回らないようでは、就職してから上手くやって行けるのか心配になる。

出題者が作った解答例

【山崎元年末の宿題2019年版】

1.「サンクコスト」という言葉を使って気の利いた文を作って下さい。(100字以内)

2.実際にどうなのかは分かりませんが「現在、日本株の方が米国株よりも良い投資対象である」という仮説を正当化できる理屈を立てて下さい。(200字以内)

3.出題者は仕組み債券と外貨建ての貯蓄性生命保険は、同じ理由でどちらも買わない方がいいと思っています。なぜでしょうか?理由を推測して述べてみて下さい。(200字以内)

4.毎月分配型の投資信託は良い商品ではないのに、よく売れました。理由を行動経済学的に説明してください。(字数制限なし)

5.運用資金を2,000万円持っている退職者が一般NISA(投資上限枠年間120万円、非課税期間5年)の口座を開きました。この人は、1,000万円程度までリスク資産を持ってもいいと考えています。さて、新しく開いたNISA口座で、どのように投資するのがベストか理由付きで答えて下さい。(200字以内)

【問題1】サンクコスト

<解答例>

 人がサンクコストに全く拘らない生き物ならば、世の中でこんなに多くの夫婦関係が長く維持されることはないのではないか。(57文字)

(補足説明)

 純粋に意思決定の問題としては、自分の選択が失敗だったと後から気付いたなら、現状に拘らずに選択をやり直すといい。少なからぬ夫婦が、自分の選択が失敗だったと思っているにちがいないのだが、失敗を認めるのが嫌なので離婚しないのだろう、という具合にからかってみた。

 もっとも、行動経済学的には「現状維持バイアス」で説明するのがいいのかも知れないし、伝統経済学的に「取引コスト」が大きいから離婚・再婚しないで我慢するのだと説明するのも一定の説得力を持つ。

【問題2】日本株投資が米国株投資よりもいいかも知れない理由

<解答例>

 日本企業は米国企業ほど株主の利益を志向した経営を行っていないと思われている。両国の株式市場で利益成長は現在の株価に正しく反映されていると仮定すると、日本企業は、ビジネス自体にプラスのサプライズがなくとも、経営のやり方を株主寄りにするだけで、追加的な株価評価を得ることができる可能性を持っている。現在株主向きの経営がなされていない日本企業の方が改善のポテンシャルがあると思えるから。(190文字)

(補足説明)

 市場で資産の価格付けが正しく行われている場合、企業収益が高成長だと評価されている株式も、低成長だと評価されている株式も、株価はこれらを反映してリスクに見合う評価となり、リスクに対する期待リターンはどちらが高いともいえない。

 両者に差がつく可能性があるとすると、投資家の期待との差が生じる場合だと考えられる。

 ありうるかも知れない一つの理由として、日本企業はビジネス自体が期待以上に改善しなくても、株主向けの経営を指向するだけで株式のリターンを追加的に改善することができる。この改善余地が現時点で十分評価されていない可能性があるとするなら、日本株への投資は、米国株投資よりも有利になる可能性が十分あるのではないだろうか。

 近年の高パフォーマンスを背景に、株式投資は米国株だけでいいという意見の持ち主が増えているだけに尚のこと、上記の可能性は魅力的だ。

 但し、問題文にあるように、結果がどう出るのかは分からない。

【問題3】仕組み債と外貨建て保険

<解答例>

 仕組み債と外貨建て保険は、実質的な手数料が商品の条件の中に含まれること、商品の仕組みが複雑であること、組成と販売に手間が掛かることの共通点がある。商品設計者が経済合理的であれば、自分を含む関係者が十分儲かるような条件に商品を設計するに違いないから、設計者の計算ミスを指摘できない限り、こうした商品を購入することは顧客側の利益にならないので、詳細を検討せずに購入を見送ることができる。(191字)

(補足説明)

 金融商品は、資本市場で得られる条件で株式、外国為替などの素材を調達して、これをパッケージングして、供給者側の利益を乗せて顧客に提供される。供給者側の利益が把握できなければ、その商品について分かったとは言えないし、分からない商品は購入を見送るのが正解だ。加えて、中身はよく分からない場合、「相手が合理的なら、向こうが儲かるように設計されているはずだ」という程度に相手を信頼していい。

 殆どの場合、相手は、合理的であるのと同時に強欲でもあるのが現実だ。

 付け加えるなら、セールスマンが手間を掛けて売っている商品である段階で、その商品の条件には売り手側の利益がたっぷり含まれているはずなので、近づかない方がいい。

 商品設計者の計算ミスを、自信を持って指摘できるのでない限り、この種の商品は買わないのが正解だ。

 検討に無駄な時間を費やす必要はない。

【問題4】ダメな商品なのに毎月分配型投信が現実に売れる理由

<解答例>

 毎月分配型の投資信託は行動経済学の結晶のような商品だ。

 顧客が、インカムゲインとキャピタルゲインを区別して評価する理由の一部は「メンタル・アカウンティング(心の会計)」が影響しており、その背景として自分で部分解約して現金を作る際に売りタイミングが失敗して後悔することを避けたいと思う「後悔回避のバイアス」がある。

 また、一年後に受け取る分配金よりも、毎月受け取ることができる目先の分配金を過大評価する「時間選好率の近視眼的歪み」の影響も認められよう。

 加えて、基準価額は不安定なのに、分配金の安定だけから全体が安定的であるかのような印象を持つ「代表性のヒューリスティックス」、安定を期待する商品の不安定な面を無視しようとする「認知的不協和」への反応もある。

 そして、そもそもいい投信やいい営業担当者を、素人である顧客が選ぶことができると考えること自体が「オーバーコンフィデンス(自信過剰)」のバイアスによって起こる現象だ。

 金融機関の営業担当者は、上記のような顧客側のバイアスを利用して営業しやすいので、営業に力が入ることになる。したがって、こうした商品が売れてしまう残念な結果となるのだろう。

(補足説明)

 「売れる(販売時の)理由」ではないが、上記に加えて、基準価額が買い値を下回った時には自分の買い値(参照点)に戻るまでリスクを我慢してもいいと思う「プロスペクト理論」で説明されるような効果も毎月分配型投信にはある。まさに、行動経済学が研究するバイアス(合理的でない判断の傾向性)の見本市のような商品なのだ。

 尚、「9割の人間は行動経済学のカモである−非合理な心をつかみ、合理的に顧客を動かす」(橋下之克著、経済界刊)というタイトルの書籍が存在する。

【問題5】NISA口座で何を買うか

<解答例>

 NISA(少額投資非課税制度)口座には一般の課税口座と比較して運用益に課税されない長所がある。また、投資家の損得は運用資産全体の合計で考えるべきだ。両条件を併せると、NISA口座には運用しようと思う資産全体の中で期待リターンが高い資産を集中させるべきだ。加えて、NISA口座では環境変化によって非課税期間の途中に売却したくなりやすい個別株式は不適切だ。NISA口座ではインデックスファンドで手数料の安い物を保有するといい。(200字)

(補足説明)

 複数の運用口座、運用商品を使った運用を考える場合には、

(1)自分の運用資産の合計が理想的になるように設計することと、
(2)個々の運用対象を最適な置き場所に置くこと、

 の二点を考えると正解に辿り着く。

 考える順番は、おおむね、先に(1)で後に(2)でいいが、まれに(2)を考えた上でもう一度(1)を微修正した方がいい場合がある(例えば、口座ごとに同種の商品の手数料に大きな差があるような場合)。

 個人の場合に運用資産の額と管理の規模が小さい場合が多いが、公的年金や企業年金などの基金と考え方は同じだ(年金の世界ではこの問題を「マネージャー・ストラクチャー」と呼ぶ)。

 企業型確定拠出年金やiDeCo(個人型確定拠出年金)などが使える場合も同様の考え方でいいし、筆者はお勧めしないが、対面営業の金融機関を使う場合(個人向け国債くらいしか買えるものはなさそうだが)なども考え方は同様だ。