先週、米中通商協議と英EU(欧州連合)離脱問題(Brexit)の政治リスクが後退し、株高、ドル高となりました。しかし、ドル/円は110円には届きませんでした。年内最後の注目イベントであった第4弾の対中追加関税発動。最悪のケースは避けられたものの、先行きの不透明感が残っているため、無条件でドル買いとはいかないようです。

見解異なる米中合意

 米中通商協議は、12月15日に予定されていた第4弾の対中追加関税発動は見送られ、中国の輸入拡大の見返りに9月発動分の関税率も15%から7.5%に半減することで、第1段階は「部分合意」しました。しかし、その後、この合意に対する米中の見解が異なることが明らかになり、マーケットは手放しで楽観的にはなれないようです。

 米中の見解の相違点を次にまとめました。

(1)制裁関税の引き下げ
第1~3弾の関税について中国は「段階的に取り消すと米国は約束した」と主張しているのに対し、トランプ米大統領は「関税の大部分は維持される。中国との第2段階の交渉に使うつもり」と述べています。

(2)中国の農産物の輸入額
見返りの農産物の輸入額について米国は「中国が2年間で2,000億ドル増やすと表明している」という説明に対し、中国は「具体的な規模は後日発表する」と数値への言及を避けています。

(3)合意文書の署名時期
合意文書の署名時期について米国は「1月の第1週を目指す」と主張していますが、中国は「法律の審査や翻訳が終わってから決める」としています。

(4)第2段階の交渉時期
第2段階の交渉について米国は「すぐに始める」と強調していますが、中国は「まずは合意の履行を見極める」としています。

 このように残りの制裁関税の引き下げ、中国の農産物の購入額、合意文書の署名時期、第2段階の交渉開始時期について、米中の見解が異なっていることが明らかになりました。

 また、第4弾の15%から7.5%への引き下げは、合意署名された30日後の設定であり、早くとも2月中旬以降、中国の手続き次第では3月にずれ込む可能性もあります。

 そうなれば、これまでの関税引き上げによる景気への影響は、1-3月期の米GDP(国内総生産)にも及ぶことが予想され、合意文書署名の時期がはっきりするまでは企業の設備投資も慎重になることが予想されます。そのため、合意文書の署名時期が遅れれば遅れるほど、2020年の景気見通しへの期待が後退するかもしれません。

英与党圧勝だが来年末に向け政治リスク再燃も

 もう一つの政治リスクであった英総選挙は、事前予想に反し、保守党圧勝の結果でした。

 事前予想では「保守党と労働党との差が縮まっている」でしたが、選挙が始まってすぐの出口調査で「保守党圧勝、労働党惨敗」の予測が出るとポンドは急騰。ポンド/円で見ると、12日は144円近辺で終わりましたが、13日の東京時間朝7時過ぎに147円近辺でギャップオープン(ものすごいギャップ)し、148円手前まで急騰しました。このポンド/円の急騰はさすがにドル/円にも影響し、ドル/円を109.70円近辺まで押し上げました。

 しかし、" Buy the rumor, Sell the fact "(「噂で買って、事実で売る」)という格言の通り、議席数が確定する前に、その日のうちに145円台半ばまでポンド/円は売られました。前日の終値から4円上昇し、2円50銭下落しました。

 しかし、ポンドが売られたのはどうやら利食いだけではなさそうです。

 選挙後のEUの厳しい反応からEUとの貿易交渉が難航し、移行期間の期限である2020年12月末までにまとまらないのではないかという懸念が、ポンド売りを誘発させている可能性があります。今週に入ってポンド/円はギャップを埋め、ついに12日の終値144円近辺を割り込んでしまいました。

 ジョンソン英首相はEUとの交渉期限を延長しないと公約していますが、もし、期限までにまとまらない場合は「合意なき離脱」と似たような事態になる恐れがあります。

 移行期間は2022年まで延長することが可能ですが、もし、延長するのであれば2020年6月末までにその手続きをしなければなりません。しかし、ジョンソン首相は交渉延長をしないという公約を守るために移行期間の延長を法律で禁じる方針を固めました。

 ジョンソン首相の思惑通り、2020年12月末までにEUとの自由貿易協定が締結できるのか、あるいはEUの「いいとこ取りは許さない」という厳しい抵抗にあい、公約を破棄せざるを得ない状況に追い込まれるのかどうかに今後は注目です。年末に向けて政治リスクが再燃するかもしれません。

一筋縄ではない景気楽観見通し

 好調な米雇用統計、史上最高圏の株、米中通商協議と英EU離脱問題の進展を受けて、2020年の景気について楽観論が浮上してきていますが、どうやら一筋縄ではいかないかもしれません。2020年前半もこれらの動向を注視しながら、相場が動きそうです。2020年前半の注目ポイントを次にまとめます。

(1)米中通商協議の進展度合い

・第1段階の合意文書署名時期
 遅くなればなるほど景気に悪影響
・中国の農産物輸入規模と時期
 規模と時期は米大統領選挙に影響、不満であればトランプ大統領は再び強硬姿勢に
・残りの関税の段階的引き下げの進捗状況
 中国が主張する第1段階の合意の話なのか、米国が意図する第2段階の交渉次第なのか、決着していなければ署名時期の遅延や今後の火種になる可能性も

(2)英EU離脱問題→離脱へのスケジュールが確定したが、手続き的に非現実的との声も

・2020年1月末の離脱、移行期間に入り12月末までEUと自由貿易協定を締結し完全に離脱
・移行期間は2022年12月末まで延長可能、その場合2020年6月末までに手続きが必要

 ジョンソン首相は移行期間の延長を法律で禁じる方針を固めたが、期間内に自由貿易協定が合意できなければ経済的混乱が生じる恐れがあり、英国やEUだけでなく世界経済への影響も

(3)景気動向とFRB(米連邦準備制度理事会)の金融姿勢

・中国とドイツに景気回復の兆しが見え始めているが、(1)と(2)が影響し、楽観的な景気回復期待に水をさすかどうか
・FRBは、来年は利下げも利上げもしないという姿勢。景気や物価動向次第でそのスタンスが変わるのかどうか

 そして、2020年は米大統領選挙が最大のイベントとなります。好調な米景気、株は史上最高の高値圏、部分的とはいえ米中合意と、選挙レースでトランプ優勢の風が年末に吹きましたが、選挙戦でトランプ氏が苦戦を強いられた場合、中国に対して強硬姿勢に転じたり、FRBに対して利下げ圧力を強めたりする可能性も予想されるため注意が必要です。

 とりあえずは年内、このまま楽観ムードで終わりそうですが、マーケットは年が明けるとガラッと変わる時があります。その時に備え、楽観ムードの時にこそ、2020年のシナリオを練っておくことが重要です。