そもそも「リスク」とは何かを考えてみよう

 毎年この時期になると、翌年の相場見通しについての質問をよく受けます。中でも最も多い質問が、「翌年のリスクは何か?」というものです。ここでそもそも、リスクの定義を明確にしておきたいと思います。

 一般に、多くの人にとってリスクとは「不利な状況に置かれる可能性」であり、投資においては「元本を割れる可能性」と理解されることが多いと思います。これに対して金融理論におけるリスクとは価格変動の大きさを指します。すなわち、価格が下落することもリスクである一方、上昇することもリスクなのです。

 価格変動が大きいと元本を割れる可能性も高まりますから、その場合は一般に言われるリスクと同じなのですが、逆に上昇率が大きくなる可能性も高まるのです。市場に影響を与える要因が果たして「リスク」なのか、それ以外の要因なのか、は正しく判断しておかなければなりません。何故なら昨今、これらを混同しているメディア報道が多く、それによって多くの人々が誤解し、せっかくの投資機会を逃しているケースが非常に多いと感じているからです。

 適正株価の算出に当たっては大きく4つの要素が必要です。まず分子に来るのが1つで当期のキャッシュフロー、そして分母に来るのが金利、リスクプレミアム、成長率の3つです。当期のキャッシュフローは算出時点では一定ですから、分母の金利、リスクプレミアム、成長率が分かれば株価は算出できます。このうち、金利とリスクプレミアムは大きいほど株価のマイナス要因、成長率は高いほど株価のプラス要因です。

 例えば、日本は2015年から人口減少が始まっています。人口動態は生産性と並んで経済成長率に影響を与える要因ですから、人口減少が始まったことは日本の経済や株式にとって「リスク」なのではなく、成長率を下げる致命的な要因です。一方の米国は先進国の中でも珍しく今後長期にわたって人口が増加していく国で、これは米国経済や株式にとって成長率を上昇させる要因となります。

米中貿易問題はリスク?それとも成長阻害要因?

 それでは米中貿易問題は、「リスク」なのか成長率を上下させる問題なのか、どちらでしょうか? もちろん長期にわたって米中が完全に貿易を止めるようなことになれば、非効率性という点で、少しは成長率に影響があるかもしれません。しかし米国は貿易赤字国で、中国との貿易によって経済成長率が毎年2.2%分足を引っ張られているわけですから、プラスの面も小さくありません。

 この結果、恐らく、米中貿易問題が米国の経済成長率に与える悪影響など、そもそもたかが知れているか、ほぼゼロに近いでしょう。要するに、米中貿易問題は米国の成長率に与える問題ではなくて、「リスク」に影響を与える問題なのです。良い時も悪い時もあって上下変動に影響を与える、そういう問題です。

 私は米中貿易問題が騒がれ始めた頃から繰り返しこのように申し上げていますが、この区別ができていないと、今のように米国の株価が史上最高値に向かう過程は理解できなかったでしょう。

 その上で、私が2020年に向けて「リスク」と考える要因を以下の通り、3つ挙げておきたいと思います。

 第一に、やはり米中貿易問題です。この原稿執筆中に米中貿易交渉が第一弾の合意に至ったとの報道がありました。もちろん12月15日に発動予定だった追加関税が回避されたのは市場に安心感を与えたかもしれません。

 しかし、この先を考えた場合、歴史も文化も全く異なる両国が第二弾、第三弾と次々に合意していく可能性を期待するのは、かなり無理があると思います。そもそも第二弾、第三弾が合意できないから今回第一弾のみの合意にとどまったのであり、この第一弾でさえ、今後中国による履行が確認できない等の理由で意味のないものになる可能性もありますし、第二弾、第三弾の交渉が上手く行かないことによって、一旦回避されていた追加関税が発動となる可能性もあります。その間地政学的リスクによって両国間の関係が交渉に影響を与えることもあるでしょう。

 前述の通り、米中貿易問題が米国の成長率に与える影響はほとんど無いと思いますが、恐らく市場は今後、超長期間にわたって米中貿易問題と付き合っていかなければならなくなるでしょう。しかしこれは「リスク」ですから、米中貿易問題を気にして投資できないでいると、ずっと米国株の上昇には付いていけないということになるでしょう。

米国の大統領選挙は、ふたを開けるまでわからない

 第二に、大統領選挙です。政治が市場に与える影響は非常に大きい一方で、選挙というのはふたを開けて見るまで分からないという、市場にとっては非常に厄介なイベントです。2016年6月のように、イギリスのEU(欧州連合)離脱(いわゆるBrexit)の是非を問う国民投票で、離脱支持がまさかの過半数となったり、同年11月には大方のメディアがクリントン圧勝と見ていたのに、結果はトランプ勝利となったりということが起こり得ます。2020年の大統領選挙に向けては、歴史的に現職有利という要因に加えて、民主党のまとまりのなさがあまりに目立つため、現時点で民主党候補勝利のチャンスはないように見えます。しかしやはり選挙のこと、ふたを開けるまで何が起こるか分からないので、世論や可能性が上下するにつれて、株式相場も上下することになるでしょう。繰り返しになりますが、これも選挙が終わるまでの「リスク」であって、成長率に影響を与える要因ではありません。

 第三に、これはこの10年ほど、私が毎年必ず挙げるリスクは、「リスクを取らないリスク」です。リスクというのは価格変動のことですから、確かに短期で買ったり売ったりする人にとっては重要なのかもしれません。

 人間は基本的にリスクを回避したい生き物ですから、放っておくとリスクを感じる時間を短くするために、短期売買に向かっていく傾向があります。しかし市場が効率的であれば、リスクの裏にあるのがリターンです。市場を動かす要因には様々なものがありますが、それが「リスク」だと判断できれば、長期で投資する限り、恐れるべきものではないはずなのです。

 少なくとも、日本で起こっている人口減少という致命的な問題ではないのです。その要因が成長率に与える要因ではなく、リスクに与える要因と判断できれば、それに向かう勇気を持たないことがリスクというのは、これまでもそうであったように、2020年も不変だと思います。(2019年12月13日記)