年末大詰め!ドル/円の振り返り

 先週6日(金)に発表された米雇用統計は、非農業部門雇用者数は予想を大きく上回り前月比+26.6万人と、過去10カ月で最大となりました。単月で20万人を超えただけでなく、過去2カ月分が上方修正されたことから、3カ月平均も20万人を上回りました。失業率は3.6%から3.5%に低下、時間当たり賃金も前月が上方修正されたことから、総じて堅調な雇用市場を反映した、申し分のない数字でした。そして、この好調な指標を受けてドル/円は108.92円まで上昇しましたが、109円手前で失速。108円台半ばで先週を終えました。このドル/円の失速は意外でした。

 また、今週は政治、経済の重要イベントが次々と控えていますが、この失速を見ると、やはり、15日の対中追加関税第4弾引き上げをマーケットは相当意識していることが感じられます。マーケットは足元の好調な経済要因よりも、政治リスクの方をかなり警戒しているような動きでした。今週に入っても、協議行方の情報が交錯して相場は少し翻弄(ほんろう)されていますが動きづらい地合いの嵐の前の静けさが続いています。

FOMC、ECB、英国選挙、米中追加関税…経済重要日程続く

 改めてもう一度、重要日程を確認すると、10~11日(水)のFOMC(米連邦公開市場委員会)、12日(木)のECB(欧州中央銀行)理事会と英国総選挙、そして15日(日)の対中追加関税第4弾引き上げ予定となります。

 FOMCでは利上げ見送りの見方が大勢であり、先週の雇用統計を受け、来年もしばらくは利上げ休止が続くとの見方が増えてきています。

 そして、ECBはクリスティーヌ・ラガルド新総裁の初会合です。

 記者会見での発言が注目されていますが、金融政策は前任のドラギ総裁の方針を引き継ぎ、今回の理事会では現状維持との見方が大勢です。注目されるとすれば、ドラギ総裁の終盤に理事会内で見られたドイツやオランダとの不協和音をまとめられるかどうか、そして、その点について記者会見で述べるかどうかに注目です。

 英国の総選挙は与党優勢との世論調査となっていますが、過去の経験から英国の世論調査は当てにならず、結果を見るまでは分かりません。ただ、10月に入って合意なき離脱リスクが後退したことから、ポンド/円が急騰。しかし、その時のドル/円の動きには、ほとんど影響が及びませんでした。従って、ポンドやポンド/円は乱高下しても、ドル/円には軽微な動きにとどまることが予想されます。

米中追加関税発動なら、2020年は悲観的シナリオ

 米中通商協議は、毎日のように米中双方からの協議見通しがコロコロ変わるため、15日の結果を見るまでは分かりません。

 最悪のシナリオは15日までに合意できず追加関税発動となることですが、その場合、マーケットは売りで反応するだけでなく、景気回復期待が後退して、来年の景気見通しにも悲観的な見方が増えてくることが予想されます。これはそうなってほしくないシナリオです。

 もし、米中が合意し、追加関税見送りとなれば、来年への期待も膨らみ、マーケットにはプラス材料ですが、最近の米国の動きを見ていると先行きの不透明感を完全に払拭できないことから、マーケットは素直に喜べない可能性があります。なぜなら、米国の対中交渉は通商から、技術覇権、人権へと拡大しているため、長期化する可能性が高いとの見方が高まっているからです。先行きの不透明感の方が強くなれば、このままクリスマス相場になるかもしれません。

 香港や中南米、フランス、イランの反政府デモも年を跨(また)ぎそうであり、米中関係だけでも最悪のシナリオを避けてほしいものです。合意はできなくても協議継続となり、追加関税先延ばしとなれば、先行きの不透明感は残りますが、マーケットに一時的に安心感を与えてくれそうです。

 15日までは嵐の前の静けさが続きそうです。そして15日は日曜日のため、週明け16日(月)早朝のシドニー・東京市場から影響を受けることが予想されるため、注意する必要があります。

「ドルは十分に落ちた」の重み

 さて、余談ですが、ボルカー元FRB(米連邦準備制度理事会)議長(1979~1987年在任)訃報のニュースが流れてきました。筆者にとってFRB議長といえば、グリーンスパンでもなくバーナンキでもなくボルカーです。ボルカー氏は2桁台のインフレを3%台まで抑え込んだインフレファイターとして有名ですが、筆者にとっては為替にまつわるエピソードの方が鮮明に記憶に残っています。

 ボルカー氏は身長2メートルの大男です。1982年、私が為替ディーラーの駆け出しの頃、米ニューヨークの講演会会場でボルカー氏とすれ違ったことがあるのですが、ズボンのベルトの位置が筆者の顔の位置だったのには驚きました。そして同氏への驚きは体格の大きさだけでなく、言葉の重みが鮮烈に記憶に刻まれていることです。

 1985年のプラザ合意の後、ドル高是正のためドルは一直線に落ちていったのですが、落ち過ぎだとの懸念が米国に広がる中で、翌年1986年2月、この下落を止めたのはボルカー氏の一言でした。

“Dollar has fallen enough”(ドルは十分に落ちた)

 この一言でドルは反転しました。その時のヘッドラインも、マーケット参加者の一斉になされたドル買いも鮮明に覚えています。介入でドル安を止めたのではなく、彼の神通力でドル安を止めました。トランプ米大統領が、ドルは強すぎるといっても最初の頃は反応していましたが、今ではほとんどマーケットは反応しなくなりました。言葉の重みが圧倒的に違います。インフレファイターの実績があったからこそ成せる業だったのでしょうが、強烈な出来事でした。