個人投資家にとって、信用取引はかなり身近なものとなりました。実際に多くの方が信用取引を利用しているわけですが、その一方で信用取引と距離を置いている方もまだ多く存在しています。確かに信用取引は現物取引と比べてリスクが高く、金利などのコストもかかりますし、かつてのネガティブなイメージも加わって「わざわざ信用取引を利用しなくても…」と考えているのだと思われます。

 とはいえ、ケガをする危険もある包丁でおいしい料理を作ることができるのと同じように、実は信用取引の怖さはメリットの裏返しでもあります。では、信用取引を活用している投資家はどこにその魅力を感じているのでしょうか? キーワードとなるのは「効率」と「タイミング」です。

信用取引の活用 その1 資金の効率化

■元手以上の取引ができる

 信用取引の魅力において、恐らく最も多いと思われる意見は「資金効率の良さ」です。少ない資金で大きな取引ができること、つまり「レバレッジ」が効いている点です。信用取引では手持ち資金の約3倍の取引を行うことができます。

 例えば、現物取引で1,000株取引できる資金があれば、信用取引を利用すれば約3,000株の取引ができます。信用取引によって取引金額が大きくなれば、その分だけ買える株数が増え、狙える利益(リターン)も大きくなります。また、株価が高くて手持ち資金では買えない株も取引できるようになり、投資できる対象の銘柄を広げることができます。

 ただし、大きな利益が狙える分、発生する損失も同様に大きくなります。まさにハイリスク・ハイリターンというわけですが、そのリスクとリターンの度合いは、レバレッジが大きくなるほど高まります。

 ちなみに、FX(外国為替証拠金取引)や株価指数先物取引といった他の取引のレバレッジは一般的に20倍を超えています。レバレッジの大きさだけで見れば、信用取引の約3倍は世間が抱くイメージほどリスクは高くはないと言えます。

■投資資金を節約

 先ほどの「手持ち資金の約3倍の取引ができる」という信用取引のレバレッジを、別の言葉では「取引したい金額の約3分の1(厳密には30%)の手持ち資金で済む」と言い換えることができます。

 例えば、手持ち資金が300万円あるときに、買いたい株(銘柄)がちょうど300万円だったとします。取引手数料などを考慮しなければ、そのまま現物取引で買うことができますが、その時点で資金は0円になってしまいます。

 そこで、信用取引を活用すれば、300万円の株を90万円で買うことができます(取引金額300万円の30%)。そして、残った210万円で他の銘柄を買ったりするなど、投資の選択肢を増やすことができますし、損失の発生に備えて多少の現金の余裕を持つこともできます。投資資金の節約によって資金効率がグッと良くなるのです。

■保有株を有効活用

 さらに、信用取引では「現金がなくても保有している株券を元手に買う」ことが可能です。

 信用取引を行う際には「委託保証金」と呼ばれる資金が必要になりますが、この委託保証金は現金だけでなく、保有している株式や投資信託なども使えます。これを「代用有価証券」と言います。

 もちろん、代用有価証券は現金と全く同じ扱いというわけではなく、株式であればその評価額(株価×株数)の80%が基本になります。評価額100万円の株式を持っていれば、80万円が委託保証金として計算され、この80万円の約3倍のレバレッジの範囲内で信用取引を行うことができるわけです。

 もっとも、株価は変動するため評価額が日々変わりますし、取引の規制によって80%の掛目が変更されたり、代用有価証券として使えなくなるなどの注意点があります。また、代用有価証券として利用した株式は「貸株サービス」の対象外になることも気を付けておきたい点です。

信用取引の活用 その2 投資のタイミングや取引の選択肢が増える

■売り建てが可能…株価下落時でも利益が狙える

 信用取引では、株を借りて売るという「売り建て」取引によって、株価が下落している場面でも利益を狙うことができます。

 現物取引派にとって、売り建ての仕組みは意外とイメージしにくかったりしますので、簡単な例を挙げてみます。

 例えば、銘柄Aを1,000株・株価1,000円で売り建てしたとします。この時、銘柄Aを1,000株借りて1,000円で売ったことになります。この時点で売却代金の100万円をいったん手にします。

 その後株価が下落したため、800円で1,000株を買い戻し、そして買い戻した株を返却して取引が手じまわれます。これによって、先ほどの売却代金の100万円と、返済するためにかかった株の買い戻しの費用80万円(800円×1,000株)の差額である20万円が手元に残り、これが利益になります。

 つまり、売り建ては株価が下落するほど買い戻しの費用が安くなって利益が増えるというのがポイントです。いずれにせよ、信用取引によって上げ相場でも下げ相場でも収益のチャンスが増え、取引の自由度も大きくなります。

■信用取引では「回転売買」が可能

 現物取引には「同じ資金を使って同じ銘柄を1日に何回も取引できない」というルールがあり、回転売買ができません。

 例えば、銘柄Aの株を100万円で買い、株価が上がったので、その日のうちに110万円で売却します。そして、同じ日に「まだ株価が上がりそう」ということで、再び売却代金でA株を買おうとしてもルール上できません。A株を買う代金を別に用意する必要があります。

 以前は、信用取引についても、一度信用取引に使った委託保証金をその日のうちに次の取引に使えず、回転売買ができませんでしたが、2013年1月の制度・ルール改正により可能となりました。同じ資金で同一銘柄を繰り返し売買できるのは大きなメリットです。

■株価変動リスクを回避…「優待狙い」「両建て」

 信用取引において、株価が上昇すると思えば買い建て、下落すると思えば売り建てを行うわけですが、この2つを同時に行うとその後の株価がどちらに動いてもそれぞれの損益が相殺され、株価の変動リスクを回避することができます。

 この仕組みを利用した取引手法が「両建て」になります。「ちょっと相場が荒れそうなのでひとまず様子を見たい」といった際に、買い建玉を保有しているのであれば売り建て、売り建玉を保有しているならば買い建てを行って株価変動の影響を中立にします。

 また、「優待取り」とよばれる取引手法も個人投資家の間で人気です。優待取りは雑誌やウェブサイトの株主優待特集などでも紹介されており、認知度が高くなっています。

 優待取りのやり方は、株主優待がもらえる権利付最終日までに現物株の買いと信用取引の売り建ての両方を保有し、権利落ち日以降に現渡しにて決済します。この目的は、株価変動による損失を回避しつつ優待をゲットすることです。もらえる株主優待の価値が取引手数料などのコストを上回るのであれば、お得な取引手法であると言えます。

 もっとも、有名になってしまった手法であるが故に、魅力的な優待銘柄に対して取引が集中し、売り建玉が急増することで逆日歩が発生してしまうという事例も少なからず出てきています。そのため、売り建てについては、制度信用取引ではなく、逆日歩が発生しない一般信用取引で行うなどの工夫が必要です。

■銘柄間の価格差を利用した取引…「ロング・ショート戦略」

 信用取引の買い建てと売り建てを組み合わせた取引手法に「ロング・ショート戦略」と呼ばれるものがあります。「ロング」は買い建て、「ショート」は売り建てを指しています。

 では、具体的にどうするのかというと、「2つの銘柄間の価格差」に注目し、値上がりが期待できる割安な銘柄を買う(ロング)一方で、値下がりが予想される割高の銘柄を売り(ショート)ます。

 例えば、同じような値動きをする2つの銘柄があったとします。基本的に株価の方向性は同じですが、日々の値動きまで全く同じになるということはありません。相場の状況によっては銘柄間の価格差が拡大・縮小していきます。そしてこの価格差の動きが「ロング・ショート戦略」における仕掛けるポイントになります。

 あまりにも価格差が拡大していれば、「いずれこの価格差は修正されるだろう」と判断するのが自然ですので、そのタイミングで割高な銘柄をショートし、同時に割安な銘柄をロングします。そして、予想通りに価格差が縮小すれば利益になります。

 仮に、株式市場全体の流れを受けて両銘柄とも株価が下がった場合、ロングは損失となりますが、ショートが利益となって損益が相殺されます。反対に株価が上昇した場合でも、ロングの利益とショートの損失が相殺されます。

 つまり、市場全体のトレンドに関係なく、2銘柄の価格差が縮小さえすれば利益が狙えるというわけです。もちろん、予想が外れて両銘柄の価格差が拡大すれば損失が発生します。

 ロング・ショート戦略における銘柄の組み合わせは、日経平均株価とTOPIX(東証株価指数)といった株価指数間の組み合わせや、銀行や自動車など同業種の銘柄同士の組み合わせなどがある他、企業合併における「合併比率」に注目する組み合わせなどいろいろあります。

■現物取引派でも使える「打診買い」

 現物取引派の方にとって、信用取引は活用する余地がないかというと、実は必ずしもそうとは言い切れません。

 というのも、長期スタイルの現物取引派ほど「いかに安く買うか」が重要になってきます。ですので、相場の下落局面は買いチャンスになります。ただし、株価が下げたところで買いを入れて、思惑通りに株価が反発するかもしれませんが、再び下落を始めてしまうかもしれません。そんな判断に迷ったときに現物取引ではなく、信用取引の買い建てで打診買いをするわけです。

 もちろん、現物取引で打診買いをしても全く問題はないのですが、信用取引には「取引したい金額の30%の保証金で行うことができる」という資金効率のメリットがあります。あくまでも様子見が目的ですから、取引の選択肢を多く用意しておくことが大切です。その後、株価が本格回復した場合には、相場のトレンドが下落から上昇に転じたと判断し、信用建玉を現引で現物株に変えてじっくり保有することも可能になります。

 確かに、信用取引を行うにはその仕組みやルールの理解をはじめ、リスクの管理やコストの計算など面倒なことも多く、ハードルは決して低くはありません。しかし信用取引を賢く活用することで、投資における資金の効率化や、取引のタイミング・選択肢を増やすなど、それ以上に得られるメリットもまた多いと言えます。