これから「金融政策ののれんに腕押し期間」が到来する!?

 バンク・オブ・アメリカのトミー・リケッツ、マイケル・ハートネットらのストラテジストが、今後数年の間に中央銀行が「ひもを押す=Pushing on a String」という「政策の無能」に陥るというレポートを書いた。また、アリアンツ首席経済アドバイザーのモハメド・エラリアンは「今起こっているのは、基本的にFRB(米連邦準備制度理事会)がのれんに腕押し=Pushing on a Stringになってしまったということだ。ここから50%超の確率で世界の株価が大きな調整を迎える」と述べている。

 1,500億ドル(約16兆円)の資産を運用するヘッジファンド運用者で資産家のレイ・ダリオは、アメリカの株式相場が下落すると予想している。ウォール・ストリート・ジャーナルによると、アメリカの主要な株価指標であるS&P500か欧州のユーロSTOXX50のいずれか、もしくは両方が来年3月までに下落した場合に利益が出るオプション取引に、10億ドル(約1,080億円)以上を投資したという。

 レイ・ダリオは、これはポートフォリオのヘッジであり、ヘッジファンド運営会社ブリッジウォーター・アソシエーツで株下落を予測したポジションは建てていないと述べている。22日にはリンクトインへの投稿で、ウォール・ストリート・ジャーナルの記事が「誤り」だと指摘、「株価下落を見込んだネットポジションは一切組んでいないことを明確にしておきたい」と言明した。しかし、これを真に受けている投機筋は少ないようだ。レイ・ダリオは明らかにディフェンシブな姿勢をとっている。

 ヘッジファンド運用者で資産家のレイ・ダリオ氏は11月5日、世界経済におけるフリーマネーの逆説について「世界は狂いシステムは壊れた」と歯に衣着せぬ見出しのエッセーをリンクトインに投稿した。投資会社ブリッジウォーター・アソシエーツの創業者のダリオ氏は「資金と信用力がある人にはマネーは基本的にフリー(無利息)だが、金と信用力のない人には本質的に利用できない。これは富と機会、政治的な格差拡大の要因だ」と指摘した。ダリオ氏は同日、米コネティカット州で開かれた「グリニッチ・エコノミック・フォーラム」で経済的不平等は「国家的な非常事態」になったと発言していた。(ブルームバーグ 2019年11月6日)

 レイ・ダリオは過去にあった債務危機として1935~1940年と2008~2009年の2つの期間を取り上げて、この期間には「政府が紙幣を増刷」「資産の値段が上昇」「市場が上昇」そして「貧富の差が拡大」し、さらに今の環境はポピュリズムが台頭した1935〜1940年に似ているとして、さらに、現在の経済格差が過去最大になっていることを大きな問題として指摘している。ある一部の裕福層だけが資本主義の恩恵にあずかることができていて大衆はその恩恵にあずかることができておらず、広がり続けている経済格差は大きな社会的・政治的問題になると警告したのである。

 われわれは今市場経済サイクルのどこにいるのだろうか? 歴史から学ぶという点では、市場経済サイクルというのは、毎回異なった側面があっても必ず同じ段階を踏むとして、6つ(7つ)の段階を指摘している。 

 その循環段階を、彼が2018年9月に出版した著書「”A Template For Understanding Big Debt Crises”(巨大債務危機を理解するためのテンプレート)」より確認してみよう。

 なお、この著書についてはこちらのページから、PDFが無料公開されている。

 6つ(7つ)の債務サイクルを示したものが以下のチャートである。上段はそれぞれの段階における株価の動きで、下段はGDP(国内総生産)に対する債務総額の割合(青線)とGDPに対する債務返済総額の割合(赤線)を示している。

レイ・ダリオの市場経済サイクルの6つ(7つ)の段階

出所:”A Template For Understanding Big Debt Crises”

(1)「The Early Part of the Cycle(循環の初期段階)」
 債務の伸びは収益を下回っており、債務は増えているが成長を生み出すためにファイナンスされている。債務負担は低くバランスシートは健全、債務の伸びと経済成長、インフレ率がちょうどいい水準にあり、ゴルディロックス(適温相場)の状態。

(2)「The Bubble (バブル期)」
 この段階になると債務の伸びが収益を上回り、資産価格の上昇と成長が加速する。収入の伸びと資産価格の上昇によって借り入れ能力が上がるので、このプロセスは一般的に自己強化されていく。しかし、返済に必要な収入より債務の増加スピードが早くなるので、この状況はサステナブルではない。

(3)「The Top (ピーク期)」
 レバレッジが高まり、資産価格のオーバープライスが起こり、反転の機が熟すタイミングとなる。反転のきっかけの多くは、中央銀行が金融引き締めを始め、金利を引き上げることから始まる。この期間の初期段階では、クレジットシステムの一部は苦しいが、その他は強さが残っており、経済の弱さは明らかになっていない。このため、中央銀行は金利を引き上げて引き締めに動く一方、景気後退の種がまかれることになる。貸し出しが弱含み、短期金利は株式市場が高値をつける数カ月前にピークとなる。

(4)「The Depression(景気後退期)」
 金融政策が効果を出しているならば、債務とその返済に必要な資金との間の不均衡は金利を引き下げることによって是正される。しかし、不況期にはすでに金利がほぼ0パーセントに近いところまで低下しているため、金融政策が効力を持たない。流動性の問題を抱えているような貸し手(金融機関)等、債務デフォルトとリストラがあらゆるところで見られるようになる。

(5)「The Beautiful Deleveraging(美しいデレバレッジ期)」
 紙幣の増刷(マネタイゼーション)や通貨の切り下げ等といった景気刺激策によってデフレ的なデレバレッジの圧力がオフセットされる。名目金利を上回る名目成長率がもたらされるが、この段階ではまだインフレが加速するようなことにはならない。デフレ不況から脱する最善の方法は、中央銀行が適切な流動性と信用サポートを供給することである。

(6)「Pushing on a String(のれんに腕押し期)」
 長期にわたる債務循環の後期。金利をいくら引き下げ、資産をいくら買い入れたところでその効果は限定的となり、中央銀行は政策の転換という現実に直面する。1930年代の状況を目の当たりにした政策当局者は”pushing on a string”という言葉を用いた。

(7)「Normalization(ノーマリゼーション期)」
 システムが通常に戻り、経済の回復基調と資本形成がゆっくり行われる。経済活動が以前のレベルに戻るには10年ほどかかる。

投機筋のVIX指数先物ショートポジションが過去最大規模に

 投機筋のVIX指数先物ショートポジションが過去最大規模に積み上がっている。昨年2月にVIX指数は50ポイントまで急上昇し「VIXショック」を巻き起こしたからだ。

 このショートポジションの巻き戻しが出て、12月にボラティリティジャンプによる株価の下落があるのではないかという観測が市場の一部で出ている。

 昨年2月のVIX指数の急騰時には低いボラティリティを買い高いボラティリティを売るリスク・パリティ・ファンドからの株売りが出て、VIX関連のETF(上場投資信託)が暴落するなど騒ぎになった。

 現在のカネ余りという不景気の株高の中で、マーケットに何らかの売り材料が浮上すれば、マーケットのセンチメントが一気に悪化する可能性も否めない。

VIX指数先物(週足)

VIX指数先物(週足)2006~2019年
投機筋のVIX指数先物のネットショートは統計がとれる2006年以降で過去最大に積み上がっている

NYダウ先物(週足)順張りの標準偏差ボラティリティトレードモデル

出所:パンローリングカスタムチャート・石原順インディケーター

ドル建て日経平均先物(週足)順張りの標準偏差ボラティリティトレードモデル

出所:パンローリングカスタムチャート・石原順インディケーター

感謝祭ラリー後の株式相場の反落に警戒!

 米著名投資家のラリー・ウィリアムズは、感謝祭ラリーの後の12月相場の株式市場の下落に警戒感を持っているようだ。

 ラリーは11月25日のラリーTV(ラリー・ウィリアムズの週刊マーケット分析)で、「VIX指数を分析することで株式市場の予測が可能になります。上記はボラティリティのサイクル予測です。●月●日頃からボラティリティが上昇に転じています。●月の第●週目に、アメリカの株式市場は天井をつけるでしょう」、「サイクルフォーキャストをご覧ください。この時期、E-miniS&P500 先物はとても強く上げてきていますが、●月第●週から売り圧力が強くなっています。その頃から方向感を失い、上下に振動しはじめるでしょう。ご覧の通り、その後、大きな下降スイングがやってきます。最後の上昇スイングをここでは捕らえましょう。●月●日から●日頃、上昇相場から撤退しましょう」と、述べている。

ラリー・ウィリアムズのVIX指数予測

出所:ラリー・ウィリアムズの週刊マーケット分析(ラリーTV)2019年11月25日 ラリー・ウィリアムズおよび国内代理店パンローリングの掲載許可をとって掲載。有料レポートのため、チャートおよび文章の一部を隠しています。

 日経平均については、「日経平均はこの時期から下降へ転じています。ストップをマーケットに近づけてください。おそらく、もう一度、高値圏を目指して上昇するでしょう。そのレベルで利確して、マーケットから離れたいと思います」と述べ、日本市場についても米国株市場同様に転換が近いとみているようだ。

ラリー・ウィリアムズの日経平均予測

出所:ラリー・ウィリアムズの週刊マーケット分析(ラリーTV)2019年11月25日 ラリー・ウィリアムズおよび国内代理店パンローリングの掲載許可をとって掲載。有料レポートのため、チャートおよび文章の一部を隠しています。

 11月27日(水)のラジオNIKKEI『楽天証券PRESENTS先取りマーケットレビュー』は、楽天証券経済研究所シニアマーケットアナリスト土信田雅之氏と「米中摩擦の論点と行方」、「感謝祭ラリー後の株式相場の反落に警戒!」というテーマで議論してみた。

恐怖と欲望指数の推移

 番組ホームページから土信田雅之氏と筆者の資料がダウンロード出来るので、投資の参考にしていただきたい。

11月27日(水): 楽天証券PRESENTS 先取りマーケットレビュー

出所:YouTube

大きな損をするのは予測がはずれたからではない

 人間の心理は相場で損をするようにできており(心理学のプロスペクト理論)、実際に損が出るとそれを確定するのが怖くなって、損失を膨らませ続けてしまう。日本の失われた25年ではないが、大暴落に引っかかるとポジションが「塩漬け」になるか、FX(外国為替証拠金取引)や先物取引の場合は証拠金がなくなって、市場から強制退場をくらってしまう。大きな損をすると、投資効率が死んでしまうのだ。重要なのは暴落に巻き込まれないことである。

 相場は当てたい、あるいはもうけたいという欲望のゲームとして始まるが、お金がなくなればゲームオーバーである。だから、相場で一番大切なのは資産管理(マネーマネージメント)であり、具体的にはストップロス注文を必ず置くことである。相場の予測が当たることと、相場でもうけることには何の関係もない。相場の短期予測など半分は外れるし、長期予測は上げでも下げでもどっちか言っておけば、いつかは当たるだろう。相場の実践では予測があたってもタイミングが当たらないと役に立たない。漠然とした予測を当てても仕方がないのである。

 相場で大きな損をするのは、予測がはずれたからではない。大損失は、「間違ったポジションをとってしまった後の対処のまずさ」に起因している。繰り返し言っておくと、人間の心理は相場で損をするようにできている。だから、相場は1にストップ、2にストップなのである。ストップロス注文を入れないと、相場は運だけの賭博行為になってしまう。

 株式市場に強気のラリー・ウィリアムズも警鐘を鳴らす12月相場には警戒しておこう。