※本記事は2012年9月7日に公開したものです。

「ドルコスト平均法」の評判

 今回は、「ドルコスト平均法」について考える。一般に言われていることと違うことも申し上げるので、「頭を柔らかくして」「先入観を捨てて」読んでほしい。

 読者の多くは、ドルコスト平均法が何を指すのかを既にご存じだろうが、念のために説明しておくと、「一定期間ごとに、一定金額で、同じ投資対象を買い付ける投資方法」のことだ。たとえば、毎月同じ日に、2万円ずつ、TOPIX(東証株価指数)連動のインデックス・ファンドを買い付ける、というような投資方法だ。

 積立投資を実行しやすい方法であり、投資家が独自に行う投資信託や外貨預金などの積立投資の他に、社員持株会、金地金の積立投資、確定拠出年金など、さまざまな場面でドルコスト平均法のメリットが語られている。

 金融機関が行う説明が、ドルコスト平均法に好意的な理由は、ある程度想像が付く。積立投資は一度顧客に納得させれば、顧客は自動的に一定間隔で金融商品を購入し続けてくれるので、営業上の効率がいい。また、ドルコスト平均法でリスクが低下すると投資家が考えてくれるなら、リスクのある投資対象を購入してくれるかも知れない。金額当たりの実質的な手数料率は、リスクが大きな商品の方が大きい傾向があるので、ここでも、「ドルコスト平均法はいい」ということになっていると、ビジネス上は都合がいい。

 一方、ファイナンシャル・プランナーなどが書いた入門書でも、ドルコスト平均法が良いと書かれていることが多いし、バートン・マルキール著『ウォール街のランダムウォーカー』(井出正介訳、日本経済新聞社)のような有名な書籍でも、「ドルコスト平均法はリスクを効果的に軽減する」と題する1項目を設けて、約5ページにわたって、ドルコスト平均法のメリットを語っている(前掲書p403~408)。

 だが、ドルコスト平均法は、本当に有利で優れた投資方法なのだろうか。筆者は、大いに疑問だと考えている。

ドルコスト平均法の比較対象は何か?

 有利とか不利とかを論ずるためには、比較の対象と評価の基準が必要だ。ドルコスト平均法に対する比較対象は何が適当なのだろうか。

 一つの候補は、期初の一括購入による投資だろう。たとえば、12万円を投資するのに、年初に一度に12万円投じるか、年初から年末まで毎月1万円ずつドルコスト平均法で投資するかを比較する。あるいは、もっと期間を延ばして、120万円を一括投資するか、毎月1万円ずつ10年間積立投資するかの比較を考えてみよう。支出する金額は同じなので、ある意味で比較の基準はフェアだ。

 しかし、この例について考えてみるとすぐに分かることだが、最終的に支出する合計額が同じだとしても、資金がリスクに晒される「時間」が異なるので、この比較はリスクの点でフェアではない。

 さて、あえて言うなら、運用に関する正しい評価基準は、リスク当たりの超過リターンだ。それでは、同じ時点での投資残高に対する比率で見たリスクとリターンがどうなのかと考えると、これは、同じ投資対象に投資しているのだから、明らかに同じだ。

 つまり、どのような買い方をしたとしても、同じ対象を買う限り、それぞれの時点のリスク・リターンについて有利不利はない、というのが大まかな結論だ。いつ、いくらで買ったものであっても、同じ時点で同じ対象を保有しているなら、保有している金額に対する収益率の動きは同じであり、有利も不利もない。この観点で考える限り、ドルコスト平均法は有利でも不利でもない。

 重要なのは「金額×時間」であり、「時間」は単に「期間の長さ」を指すだけではなく、「時点」の概念も含んでいる。

 大まかに言って、期間全体が下げ相場であれば、一括投資の不利は当然だし、運用期間中の平均投資額が少なくなるドルコスト平均法のリスクが小さいのは当たり前だ。逆に、期間全体が上げ相場なら、ドルコスト平均法は著しく不利になる。

 投資にあって大きな問題は、その時(月)の買値よりも、これまでに積み上がったポジション全体が晒(さら)されているリスクと期待リターンだ。「ドルコスト平均法をやっているので、リスクが抑えられているはずだ」と思っていても、既に買ってしまった株や投信のリスクが小さくなることはない。

当口数投資と比較すると

 別の比較対象を考えよう。「等金額投資」であるドルコスト平均法としばしば比較されるのは「当口数投資」(たとえば一定の株数の株式や一定口数の投資信託を定期的に買い付ける方法)だ。これは、株価や基準価額の変化によって投資金額自体が変わってしまうので、正確な比較とは言い難いが、この場合、結果の良し悪しを決めるのは、時系列リターンの自己相関だ。

 株式を例に、配当を無視して大まかにいうと、株価が上がった(下がった)後に株価がより上がり(下がり)やすくなる傾向を持つ場合にはリターンの時系列の自己相関はプラスであり、逆の関係がある場合はマイナスだ。

 時系列リターンの自己相関がプラスになる場合はより「順張り」的になる等株数投資が有利であり、マイナスになる場合は相対的に「逆張り」的になるドルコスト平均法が有利だ。現実の株式の時系列リターンの自己相関はどうなのかというと、これは、ほぼゼロであり、安定的なプラス・マイナスの傾向はない。

 筆者は、「ドルコスト平均法が、『有利』な方法なのではない」ということを説明した。

 身も蓋もない言い方で恐縮だが、ドルコスト平均法は「平均買いコスト」に投資家の視点を集中させることで、投資対象が値下がりした時の「気休め」をあらかじめ提供している投資方法なのだ。

 だが、筆者はここまで「ドルコスト平均法が悪い」とまでは、言っていない。「投資家の気休めになるなら、ドルコスト平均法はいい方法だとしておく方がいいのではないか」と思われる読者がいるかもしれない。特に、金融機関のセールスマンは「そういう事にしておいてほしい」のではないだろうか。

ドルコスト平均法で起こりうる弊害

 筆者も、ドルコスト平均法に従う投資が、積立投資のルールとして実行しやすいことの長所を認めなくはない。ただし、これは、一定間隔・一定額での積立が貯蓄・投資として実行しやすいルールだというだけで、既に投資した投資対象のリスクが低下するというような投資上の「有利」をもたらすものではない。

 問題は、有利でないものを有利だと過大評価すると弊害の可能性を見落とすことだ。投資家にとって害となり得るケースを説明しよう。

 ドルコスト平均法で起こりうる弊害をまとめると以下の3つだ。

1:機会損失の発生
2:支払い手数料の増加
3:一つの対象に対する集中投資によるリスク増加

 順に説明しよう。

1:機会損失の発生

 1番目の弊害として、ドルコスト平均法による投資は、十分な運用資金がある場合に、機会損失につながることがあることを挙げよう。

 勘のいい読者は、先の120万円の一括投資と比較した場合の、毎月1万円ずつ10年間で120万円投資するケースのばかばかしさに気づかれたのではないかと思うが、「将来は不確実でリスクがあるとしても、リターンは有利だと思って投資する」という理由で投資するのだから、その時点時点で、投資家が自分にとって最適だと思う金額を投資している状態が意志決定としてはベストなのであり、ドルコスト平均法によって、この状態の達成が遅れるなら、その間の投資金額不足は、機会損失として理解すべきだ。

 もちろん、その間、当初の平均的な予想と異なって、株価や基準価額などが大幅に下落することはあり得るが、それは、結果論であって、意思決定の正しい評価法ではない。

2:支払い手数料の増加

 2番目の起こりうる弊害は、余計に手数料が掛かることがあることだ。

 売買に手数料が掛かる場合、最終的に同じ金額を投資するとしても、売買回数を増やして、1回当たりの金額を小口化すると、支払う手数料が増えることになる。ネット証券などで、ノーロード(購入時の手数料がゼロ)の投資信託に積立投資する場合はこの限りではないが、買い付け時に手数料が発生する投資対象の場合には注意が必要だ。

 なお、この弊害の1番、2番を考えると、300万円投資する場合に、100万円ずつ3回に分けて投資するといった投資の「時間分散」が合理的でないことがお分かり頂けるだろう。

3:一つの対象に対する集中投資によるリスク増加

 3番目の弊害は、特定資産に対する集中投資によるリスク増加だ。せっかく金額を分けて何度も投資するなら、投資するごとに買い付ける対象を変えた方が、分散投資の効果が働いてリスクが低下する。

 ここで、「ドルコスト平均法は有利だ」「ドルコスト平均法だからリスクが抑えられていると」考えて、同じ投資対象に集中投資するとすれば、これはドルコスト平均法の弊害といっていい。

 筆者が間近に見たこの弊害の印象的なケースは、自主廃業の発表に至った際の山一證券の社員の社員持株会での自社株投資だった。中には、職場と収入と資産の大半を同時に失った者もいた。彼らは、証券会社の社員なのだから、リスクの集中は「自己責任だ」と言うしかない(同時に、証券会社の社員が運用の専門家でないことも分かる)。ただし、他の会社でも、社員持株会の説明パンフレットには、ほぼ必ずドルコスト平均法の効用が説かれていることを思うと、これは無視できない弊害ではないだろうか。

 さて、少なくとも、有利な投資方法ではなく、時に弊害もある、ドルコスト平均法が優れた投資方法であるかのように説かれ続けるのはなぜだろうか。

 冒頭で申し上げた金融機関のビジネスにとっての都合もあるだろうし、もう一つには、先に挙げたようにドルコスト平均法がこれと相性がいいということが挙げられるだろう。

 また、行動経済学的な説明としては、行動をルール化しておくと失敗した時に気が楽だからだという理由がある。自分で判断して高値を買ってしまうと後悔するかもしれないが、ドルコスト平均法だと、少なくとも最高値で全額を買うことがないし、投資の失敗があっても、自分ではなく、採用したルールが悪かった、あるいは、いいと言われる方法を採用したのだから仕方がない、という諦めが付くという「自分への言い訳効果」だ。これは、行動経済学でよく使われる用語でいうと「後悔回避」の表れだ。

 こうした理由があるとはいえ、そろそろドルコスト平均法について、正しく語るべきではないだろうか。

 特に、マネー運用の解説書を書く方には気をつけてほしい。深く考えることなく、判で押したように、「ドルコスト平均法は有利だ」「ドルコスト平均法でリスクが下がる」などと書くと、この本の著者は頭が悪いか、金融機関の回し者ではないか、と思われてしまうリスクがあると申し上げておこう。

【補足】
 記事を読み返すと、相変わらずドルコスト平均法に対して手厳しい。せっかく投資を始めようとする初心者には辛辣(しんらつ)すぎる記事かもしれないのだが、ドルコスト平均法が投資として有効にリスク・リターンの関係を改善している(たとえば分散投資のように)と考えているとすると、それは「勘違い」なので、正しく理解しておきたい。

 ドルコスト平均法が、「ゆっくりリスクを取っているだけだ」ということと、「買った後のリスクは縮まないし、積み立て後半には、リスクが過大になっていないか注意が必要だ」という2点を押さえておいてほしい。「一口あたりの平均買いコスト…」については考える意味がない。唯一注目すべきなのは、「現在のリスク資産額」だ。これが最適であれば、それでいい。(2019.11.26 山崎元)