アドバイスの価値には諸説あるが…

 顧客に対する運用のアドバイスそのもの、ないしはそのアドバイスを行うアドバイザーの価値はどのように計られるのか。また、その適切な報酬はどう決まるのか。興味深い問題だが、決定的な答えを見聞きしたことがない。本稿では、及ばずながら、この問題の手掛かりを探ってみたい。 

 運用アドバイスの価値については、諸説あるのだが、いずれについても、疑問が残る。 

 運用のアドバイザーに対して、筆者が知る限り最も大きな価値を認める議論は、アドバイザーがいることによって、マーケットにステイし続けられるとして、そのことがメリットなのだと強調するものだ。米国の運用業界から時々聞かれる議論なのだが、これは、アドバイザーに対して少々甘すぎるような気がする。例えば、株式に長期的に大きなリターンがあるだろうということは広く知られた常識であって、アドバイザーがいなくても多くの人がこの見方を応用することができるはずだ。 

 株価指数などで表されるベンチマークのリターンに対して、アクティブなリターンをいくら追加できるかこそが、アドバイザーの価値だという意見もある。これは、運用者が平均的には達成できていないことを評価するものなので、一転して大変厳しい価値の見方だ。ただし、情報の受け手が情報なしに達成可能であったと想定されるリターン(例えば、インデックスファンドを買って当たり前に達成できるリターン)と、アドバイスを受けたリターンとの差が問題だ、という視点は参考になる。 

 別の見方として、アドバイスによって、同リターン・同リスクでのコストが節約できた場合、この節約はアドバイスの価値と見ていいだろうという意見だ。この節約による追加的なリターンは、リスクゼロで達成できる追加的なリターン獲得なので、貢献が明らかだ。例えば、FP(ファイナンシャル・プランナー)が個人客に運用のアドバイスを行う場合に、この貢献を主張することはできるだろう。筆者は、年金基金に対するアドバイスで、「これだけは少なくともお役に立ったはずですよ」と数字を示したことがある。貢献の数字としては確実だが、運用アドバイス全体の価値としては、これだけでは少々寂しい。加えて、それではその貢献に対して、どれくらいの割合の報酬が適正なのか、という問題が残る。

 似たようなケースでのアドバイザーの価値評価として、アドバイス前と同じ大きさのリスクで期待リターンを改善できた場合、その増分は貢献と評価することができよう。ただし、期待リターンがどう求められるものなのか、それはどの程度確実なものなのかに対する評価尺度の問題が残る。 

 同様に、同じ期待リターンの下でリスクの縮小を達成できた場合に、アドバイスの価値があったと考えることもできる。ただし、この場合、改善や貢献があることは納得できるが、その大きさがいかほどに相当するのかを評価することが難しい。

 運用アドバイスへの価値評価の考え方をあれこれ眺めてみて、次のようなことが言えそうだ。

(1)アドバイスの価値は、アドバイス前のポートフォリオの状態と、アドバイス後のポートフォリオの状態の「差」に基づいて評価されるべきだ。

(2)同じ期待リターンの改善でも、コストの削減のようなリスクゼロでのリターン改善の貢献と、リスクありのリターン改善とは、価値評価が異なる。

(3)期待リターンの改善(通常は拡大)と、リスクの改善(通常は縮小)を、それぞれどう評価するかは、アドバイスの受け手の価値評価に依存するだろう。

(4)アドバイスが受け手にもたらす「価値」と、その「価値」に適切な「報酬」の決まり方は、別々に考える必要がある。

顧客の価値評価の数量化

 アドバイスへの「報酬」を直接考える前に、顧客の側から見たアドバイスの価値を評価する方法を考えてみよう。上記の(1)から(3)だ。 

 ポートフォリオの価値は、次の【1】のような効用関数で評価することが一般的だ。

 U=r−λσ2−C …【1】

 U:効用(単位は運用資産に対する年率リターン)
 r:期待リターン(年率%)
 λ:リスク拒否度(プラスの定数。リスクに対するマイナス評価を表す)
 σ:ポートフォリオのリスク(年率標準偏差、単位は年率%。σ2は分散)
 C:コスト(固定的なマイナス・リターンとして測られる。年率%)

 さて、投資家がリスク資産を持つ比率をx(0以上1以下の比率を表す数字。0.5なら50%)として、xのリスク資産比率を持つポートフォリオの効用を考えてみよう。

 U=xr−λx2σ2–C …【2】

 ここで、rはσに比例して拡大するとして、rのσに対する比率をIとする。(Iはインフォメーション・レシオの「I」のイメージだ)

 r=Iσ …【3】

 【3】を【2】式に代入すると、投資家の効用は、以下のようになる。

 U=xIσ−λx2σ2–C …【4】

 比率xにあって、この投資家の効用が最大になるとして、【2】式をxについて微分してその値をゼロと置くと、

 U’=Iσ−2λσ2x=0 …【5】

 【5】をλについて整理して【6】を得る。

 λ=Iσ/2σ2x …【6】

 ここで、リスク資産の期待リターンが年率5%でリスクは20%とし(大凡株式インデックスの期待リターンとリスクだ。I=0.25である)、無リスク資産のリターンを0%(現在ほぼゼロ金利なのでリアリティは損なわれない)、リスクはもちろんゼロとして、x=0.5、つまりリスク資産を50%持つことが最適だと考える投資家のリスク拒否度は0.0125となる。

 λ=(0.25×20)÷(2×400×0.5)=0.0125 …【7】

 x=0.5の投資家の効用関数は、

 U=xIσ−0.0125x2σ2–C …【8】

 と特定できた。 

 仮に同じ条件で、x=1、つまり100%リスク資産を選ぶ投資家なら、λは0.00625だし、2倍のレバレッジを選ぶならx=2でλは0.003125、リスク資産は25%でいい(x=0.25)という保守的な投資家ならλは0.025だ。 

 投資家が、運用資産額に対して選ぶリスク資産比率で、投資家のリスクに対する評価を表現することができる。 

 また、ここで諸条件に対する最適なリスクテイクの大きさxを求めておくと、【6】式をxについて整理して、

 x=I/2λσ …【9】

 を得る。例えば、前記の条件でx=0.5を選ぶ投資家のポートフォリオの効用は、U=0.5×0.25×20−0.0125×0.52×202=1.25なので、リスクがゼロで1.25%の期待リターンのポートフォリオと等価になる。この場合の期待リターンは2.5%で、リスクは10%だ。

 ここでIが0.3に増加したとした場合、x=0.3/(2×0.0125×20)=0.6となり、リスク資産を60%持つ状態が最適点になる。

 そして、この場合の効用は、U=0.6×0.3×20−0.0125×0.62×202=1.8となり、リスクゼロで1.8%の運用ができる状態と等価の効用となる。より良い投資機会を得ることで、効用は大いに改善する。

 ところで、後者の場合、期待リターンは3.6%でリスクは12%となり、期待リターンベースでは以前の2.5%に対して1.1%の改善を見ているが、効用ベースではその半分の年率0.55%相当の改善にとどまっている。期待リターンの増加分が丸々アドバイスの価値になる訳ではない。 

 運用アドバイスの「価値」を評価するには、まず顧客が、対象となる資産に対してどのようなリスクに対する評価基準(効用関数のリスク拒否度)を持っているかを推計して、「アドバイス前」のポートフォリオと、「アドバイス後」のポートフォリオの効用(期待リターンではなく)を比較して、その改善幅をアドバイスの価値と見ることが妥当だろう。 

 効用の改善は、主に期待リターンの増加で得られる場合もあるし、期待リターンは低下してもリスクの減少の効果が大きいことで得られる場合もある。

アクティブ運用のハードルは高い

 せっかく効用関数の計算をあれこれとやってみたので、少々寄り道を許して欲しい。 

 同様の計算をすると、例えばアクティブ運用で期待アクティブリターンに対してアクティブリスクのペナルティを持つ効用関数を考えた場合、最適なアクティブリスク量でのアクティブ運用による投資家の効用の増加は、期待アクティブリターンの半分にとどまる。 

 つまり、期待アクティブリターンの半分以上の運用フィーを払ってしまうと、投資家の効用はアクティブ運用を委託することによって、かえってマイナスに変化してしまうのだ。 

 今や、「アクティブ運用がうまくいく」と考える人は減ってきているが、仮にうまくいくとした場合でも、フィーが高すぎると効用が減るので、このような計算からアクティブ運用のフィーの「上限」を求めることができる。 

 この関係を逆に考えると、アクティブ運用のフィーがインデックス運用に対して仮に1.5%高いとした場合、期待されるフィー控除後に投資家が得るアクティブリターンが3%以上なければならない。手数料の高いアクティブ運用にあって、ファンドマネージャーが投資家を満足させることのハードルは相当に高いことが分かる。

アドバイスの「有効期間」をどう考えるか

 アドバイスの受け手の効用関数を推定して、アドバイス前後の効用の改善幅に運用資産額と期間を掛けたものが、顧客にとってのアドバイスの「価値」だと一応は考えられよう。 

 ただし、これはアドバイスの「価値」に過ぎないのであって、筆者は、もう一歩先のアドバイスへの適正報酬を知りたい。効用の改善幅で見たアドバイスの「価値」は、そのアドバイスに対して、「これ以上報酬を払うと顧客の効用がマイナスになってしまう」という報酬の「上限」を示すに過ぎない。「価値」に対する「報酬」の適性比率の決定方法という大きな問題が残る。

 また、別の問題として、アドバイスの「価値」を、リスクゼロ等価の年率リターンで表現された「効用の改善幅」に「運用資産額」を掛けて考えることができるとしても、アドバイスの有効期間を決めなければ、アドバイスの「価値」を確定できないという問題がある。 

 率直に言うと、アドバイスによって改善されたポートフォリオは、何年間もほぼそのままで有効な「価値」を持つ。適切な運用アドバイスとは、おおむねそのようなものだ。しかし、顧客の側では、一回のアドバイスで何年分にも相当する「価値」に連動したフィーを支払うことに納得するものだろうか。

 こうした事情を考えると、資産を預かって「残高×時間」に比例するフィーを取るビジネスや、期間を定めたコンサルティングのビジネスは報酬設定が「分かりやすい」。 

 他方で、アドバイス自体は正しいことを一回教えてあげるだけなので、何年分もの「価値」に連動したフィーを貰うのはいかがなものか、という感情もが湧いてくることも禁じ得ない。正直に言うなら、お金のアドバイスにあっては、たいていの場合、正しい本を読んで、良く考えたら分かる程度の簡単なことを教えるだけなのだ。

「価値」の納得的な分配比率は?

 先に進もう。ここで、顧客側から見て納得性のある「価値」が確定できたと仮定しよう。例えば、一年分の効用改善幅がアドバイスの「価値」として妥当だとアドバイスの出し手と受け手の双方が納得して合意できたとしよう。 

 では、アドバイスに対する「報酬」は「価値」に対して、いくらが妥当なのだろうか。 

 多分、これは、机の前に座って考えて分かる問題ではなく、双方の感情や、社会的な環境、さらにはアドバイスビジネスの競争関係、顧客が置かれた立場、などによって変わる問題なのだろう。 

 例えば、大手の広告代理店の手数料や、講演などのキャスティングのような、日本における「口利き」の標準的な手数料は、「代金の3割」くらいだから、アドバイスの適正報酬として、そのくらいの金額を請求してみるといいのだろうか。 

 残念ながら、筆者の力が及ばず、本稿ではアドバイスの適正報酬の決定方法を示すことができなかったが、アドバイスの「価値」を顧客に示す方法の方向性を示すことがある程度できたと思う。 

 実は、筆者がこの問題を考えてみようと思った理由は、FPのようなアドバイザーが、アドバイスの価値を顧客に提示して、リーズナブルな報酬を得るための適切な根拠を考えたかったからだ。

「効用」まで踏み込んで考えていいのだと思うが、その手前であっても、顧客のポートフォリオの「価値」をどれだけ改善したのかについて、アドバイザーは数量化できた方がいいし(そうでなければ、適切な運用アドバイスができないだろうし)、顧客にアドバイスの「価値」を提示して、十分なアドバイス料を堂々と受け取るといいと思う。 

 真に優れたアドバイザーは、「時間売り」の料金設定ではもったいない。