※本記事は2011年3月4日に公開したものです。

プロのファンドマネジャーの場合は

 筆者が運用業界に入ってざっと四半世紀が過ぎたが、この間、日本の機関投資家は数々の大失敗を繰り返してきた。機関投資家、すなわち運用のプロといえども失敗することはあり、それは日本の機関投資家に限らないが、過去の日本の機関投資家の失敗の多くが、少々形を変えて現在の日本の個人投資家に引き継がれつつあるように見える。投資の失敗にも、国民性というものがあるのかもしれない。

 一方、人間は、自分の誤りを指摘されるよりも、他人の誤りの方が素直に直視できる。個人投資家が、機関投資家の失敗について知ることは有意義だ。しかも、親切なことに、日本の機関投資家の失敗は多岐にわたる。妙な話だが、失敗なりにバランスが取れている。そこからくみ取ることのできる教訓を並べると、投資の基礎が網羅できるのではないかと思うくらいのものだ。

 日本の機関投資家の失敗として、本稿では以下の7つを取り上げる。

1:目標利回りにこだわって運用計画を作り、リスクを軽視した
2:直利指向で運用して損をした
3:時価評価を嫌がって正しい行動ができなかった
4:外債の期待リターンを過大に評価した
5:バランス・ファンドで運用して効率を損なった
6:アクティブ運用で余計な手数料を払った
7:仕組み商品に投資して損をした

1:目標利回りにこだわって運用計画を作り、リスクを軽視した

 主に1990年代後半から2000年代前半にかけて、日本の企業年金は厳しい運用難を経験し、多くの年金基金が解散したり「代行返上」で運用資産を縮小させたりした。彼らの失敗の原因は、通常「5.5%」だが、年金制度を設計した時の想定運用利回り(予定利率)を「目標運用利回り」として、世間の金利水準が低下しているにもかかわらずそのままにして、これを達成するために母体企業の経営体力から見て過大なリスクを取って運用を行ったことだ。これが裏目に出て運用が破綻した。

 個人の資産運用でも、目標運用利回りを先に決めて、これを達成するためにという観点で運用計画を立てるようアドバイスするケースが少なくないが(FP[ファイナンシャル・プランナー]でも誤解しているケースが多い)、正しくは、リスクと期待リターンを同時に考慮して運用計画を決めるべきであり、簡便法でも、先にリスクの制限を決めて、その範囲の中で運用計画(特に資産配分計画)を立てるべきだ。

 公的年金の運用計画に関する議論などを見ていても、はじめに「目標運用利回り」ありきの思考がまだまだ残っているようなので、注意したい。

2:直利指向で運用して損をした

 特に1980年代、1990年代の現象だが、日本の機関投資家は、投資元本に対するインカム・ゲインのみの利回りである「直利」の高い債券を好んで投資し、クーポンの高い債券を過大な値段(低い総合利回り)で購入した。この現象を「直利指向」と呼ぶが、直利指向は投資として合理的でもなかったし、これが修正される過程で、よく分かっている市場参加者(外資系のトレーダーなどが中心)に大いに儲けられてしまった。

 直利指向の背景には、インカム・ゲインの利回りを評価する「ハーディー利回り」と呼ばれる利回りで生命保険会社が運用競争をしていたり、債券を時価評価せずに、インカム利回りだけを運用の成果として認識するような事業会社の余資運用があったりしたが、今日、個人投資家が「毎月分配型ファンド」や「通貨選択型ファンド」など、インカム利回りを意図的に高く設計した金融商品に「釣られている」のを見ると、インカム利回り指向は、日本人の国民性に共鳴するものがあるのかもしれない。

 現実には、投資の利回りは、インカム・ゲインとキャピタル・ゲインを合わせて考えなければならないし、税引き前で同じ(総合)利回りなら、直利の高い債券の方が課税は大きくて損だといえる場合もあるので、注意が必要だ。

3:時価評価を嫌って損の認識が遅れた

 日本の企業経営者はおしなべて時価評価が嫌いだ。また、運用関係者も、時価評価を厳格に適用されることを嫌う傾向がある。加えて、過去にさかのぼるほど、運用は時価評価の適用範囲が小さかった。

 多くの機関投資家は、運用資産を簿価で評価して、実現利回りを調整する形で毎期毎期のつじつま合わせをしていたのだが、運用環境の厳しさもあって、含み損が膨らんで身動きがとれなくなった。

 かつて時価評価が十分適用されずに運用の意思決定を間違え続けてきたことに関して、これを会計制度のせいにする議論があるが、これは違う。会計制度がいかなるものであろうと、運用の現実を正確に把握すること、それを関係者(たとえば年金の加入者など)に隠さず正確に伝えることは必要だった。

 個人投資家にあっても、投資で損をしていても「売るまで負けと決まったわけではない」といった無駄な意地を張る人がいるが、現実を正しく認識し、自分の過去の買値に拘らずに現在の価格と環境に対してアクションを起こすことが運用の基本だ。

4:外債の期待リターンを過大に評価した

 典型的には、1980年代後半の生命保険会社だが、高金利の通貨の債券や預金は円ベースでも期待リターンが高いと誤解して安易に外債投資を拡大して、プラザ合意後の円高で大損した。

 当時の生保の認識は次のようなものだった。外債投資のリスクとリターンについては「外債は金利が高く期待リターンは高いが、為替リスクがある。しかし、当社はリスクを取る体力があるので、高いリターンを狙うことができる」、為替に関する相場観としては「日米の国力の差を考えると、1ドル=200円台の為替レートが100円になることなどあり得ない」といったものだった。

 相場観を事後的に批判するのは、相場に携わるものとしては禁じ手だから、本稿では触れないが、当時の大手生保のリスクとリターンに対する認識に注目すると、「高金利=円ベースでも高い期待リターン」と考えたのは間違いだった。

 外債投資のリターンは、事後的には円債のリターンよりも高くも低くもなり得るが、期待値ベースで一方に偏りがあるとすると、市場で、為替レートや金利がそれを打ち消す方向に変化するはずだ。従って、市場で成立している為替レートと金利を前提とすると、どの通貨・金利のリターンが相対的に高いと断定することはできない。

 しかし、一般的な(あえていえば、「素人の」)心理として、高金利の通貨・債券は円ベースでも期待リターンが高いと信じがちだし、だからこそ、個人投資家の間に、外債や外債ファンドに多くの買い手がいるのだろう。

 当時の大手生保は、1社で数兆円規模の含み益を抱えていたので、当時、運用でリスクを取ることができるという判断自体は間違っていなかったが、その含み益も外債投資の大損やその後の株安であらかた吹き飛んでしまった。

 過去を振り返ると、日本の生保は本当に運用が下手だった。彼らの歴史は投資家にとっての教訓に満ちている。

5:バランス・ファンドで運用して効率を損なった

 日本の企業年金は、1990年代前半くらいまで、信託銀行ないし生命保険会社によるバランス運用(株式も債券も含まれる運用)に積立金の運用を委託することが多かった。

 特に、企業年金の多くは、バランス運用を複数使っていたので、全体の資産配分がどうなっているかを把握することも大変だったし、これをコントロールすることはほとんど無理だった。

 初心者が手軽に使うことができるという理由でバランス・ファンドを勧める商業主義的な運用アドバイザーは少なくないが、個人の場合、バランス・ファンドは、中身が把握しにくいことに加えて、個々のアセットクラス毎にファンドを組み合わせるよりも手数料が高くなるケースが多い。細かいことが分からない初心者は、バランス・ファンドがいい、という意見には賛成できない。

 運用者としては、バランス・ファンドの運用はなかなか楽しい仕事だと思うのだが、個人投資家にはバランス・ファンドは勧められない。投資家は、バランス・ファンドは適切な選択肢ではないということが分かる程度に運用を理解してから大切なお金を投じるべきだ。

6:アクティブ運用で余計な手数料を払った

 アクティブ運用が平均的に上手くいかないのは洋の東西を問わないが、機関投資家自身も、年金基金のようなプロの客も、当初はアクティブ運用を好んで、後から思うと無駄な手数料を払った。

 また、複数のアクティブ運用を合計すると、実質的にインデックス運用に近づく効果があることも、徐々に理解されてきた。

 現在、年金の運用ではパッシブ運用(インデックス運用)が増えているが、これは、過去のアクティブ運用の結果に対する反省から来たものだ。

 個人投資家も、早く割り切る方が得だろう。

 筆者の思うに、アクティブ運用そのものが悪いというよりも、アクティブ運用の手数料が高すぎる。手数料がインデックス運用並みに下がれば(コスト的には十分可能だ)、アクティブ運用も悪くはない。

7:仕組み商品に投資して損をした

 日本の機関投資家は、デリバティブを組み入れた「仕組み商品」(主に仕組み債)に対して、最初は最先端の金融技術を使った儲かる商品だと勘違いし、次には決算をごまかすために、大いにこれを利用して、主に外資系の証券会社に多大な利益を提供した。

 デリバティブがプライシングされる原理を理解すれば、これが「儲かる金融商品」であるはずはないのだが、目新しいものがいいものだと思う人は少なくない。

 金融の新しいテクノロジーは、大手の顧客が使い古すと、段階を追って小口の顧客に向けた商品に使い回されることが多い。

 現在、デリバティブを使った仕組み商品は、個人投資家をターゲットにするところまで降りてきた。EB(他社株転換権付債券)やその他の仕組み債券・預金のような、プライシングが計算できる投資家は決して買わない金融商品が無知な個人投資家に向けて広く売られているのが残念ながら日本の現状だ。

【追記】

 8年前の原稿だが、あらためて読んでみると、我が原稿ながら参考になる。

 日本では、機関投資家の失敗を、個人投資家が几帳面なまでに見事に後追いしていることは驚異的だ。7つの失敗に対応する個人の失敗は、(1)目標利回りから資産配分する個人向けのソフト、(2)毎月分配型などのインカム指向商品、(3)売らなければ損でないという意地、(4)外貨建ての生命保険、(5)iDeCo(イデコ:個人型確定拠出年金)などで選ぶバランスファンド、(6)手数料の高いアクティブ投信、(7)個人向けの仕組み債、と枚挙にいとまがない。

 機関投資家と個人投資家が時間差で同じ失敗をすることには2つの理由が考えられる。いずれも「人間」が意思決定し行動するからという、言わば行動経済学的原因と、機関投資家をカモにできたビジネスを行った者が、相手が進化して上手くいかなくなると、よりリテラシーの低い対象を目指すからというビジネス上の理由だ。後者の典型例は個人向けの仕組み債だが、これなどは全く悪質であり、醜悪なビジネスだ。

 いずれの理由であるとしても、7つの間違いをよく理解して、自分で考える習慣を持つなら、個人が回避できるはずの失敗だ。参考にしていただきたい。(2019年11月11日 山崎元)