9月14日(土)、世界の原油供給を脅かす重大な事件が発生しました。

 世界屈指の産油国、OPEC(石油輸出国機構)のリーダー格であるサウジアラビアの石油施設が攻撃され、原油生産量が半減したと報じられました。

 東京市場が休場となった16日(月)、海外市場の電子取引ではWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)原油先物市場が1バレルあたり63ドルをつけ、急騰して今週の取引がはじまりました。その後、日本時間17日(火)の朝時点でも価格は上昇し続けています。今回は、この事件の影響と今後の原油相場の動向について書きます。

 図:WTI原油先物の価格推移 (期近 60分足 終値) ※日本時間

単位:ドル/バレル
出所:CME(シカゴ・カーマンタイル取引所)のデータをもとに筆者作成

サウジの石油施設がドローンによる攻撃を受け、原油生産量が半減

 9月14日(土)、サウジの石油施設がドローンによる攻撃を受けたと、サウジの国営石油会社サウジアラムコが公表。この件について、イランに支援を受けているとみられるイエメン(サウジの南側に隣接)の武装組織フーシ派が犯行声明を出しました。

 この件の影響について、エネルギー相に就任したばかりでサルマン国王の息子であるアブドルアジズ王子は、石油日量生産能力の半分、およそ570万バレルの生産が停止したと発表しました。

 世界の石油供給に甚大な被害が発生することが懸念される中、IEA(国際エネルギー機関)は“十分な量の商業在庫がある”、米エネルギー省は“非常事態のために備えた戦略石油備蓄を必要なら放出する用意がある”と報じ、トランプ大統領は“検証結果次第で臨戦態勢をとる”としながら、“必要に応じて戦略石油備蓄の放出を承認する”などとツイートしました。

 このようにIEAは、備蓄は潤沢にある、米国は戦略備蓄を放出する用意がある、としており、今回の事件が直ちに世界の石油供給に大きな影響が及ぶことはないとの見方を示しています。

 EIA(米エネルギー省)のデータによれば、2019年8月時点で、OECD(経済協力開発機構35カ国)石油商業在庫はおよそ29億バレル、米戦略石油備蓄はおよそ6億4,000万バレルあります。

 図:OECD石油商業在庫と米石油戦略備蓄 

単位:百万バレル
出所:EIA(米エネルギー省)のデータより筆者作成

 各在庫を、一時停止しているサウジの原油生産量の日量570万バレルで除すと、OECD(経済協力開発機構)石油商業在庫は508日分、SPR(米石油戦略備蓄)は113日分に相当することが分かります。この2つの在庫で合わせて620日程度、計算上、1年8カ月程度分の量をカバーできることになります。

 また、OECDに加盟していない中国やインドなどの大消費国もそれぞれ在庫を持っていると考えられます。その他、統計に出にくい洋上在庫も一定量存在します。これらの点より、今回の事件が世界の石油供給事情に直ちに影響を及ぼすものではない、と筆者は考えています。

 ただし、フーシ派がさらなる攻撃を示唆しており今後さらに供給が減少する可能性があることや、被害にあった施設の復旧作業が長期化する可能性があります。在庫はサウジのためだけにあるわけではありませんので、サウジ以外の産油国で供給が減少する事態が発生した場合はやはり、需給がひっ迫する懸念がさらに高まります。

 以下のとおり、リーマン・ショックが発生しても減少量は限定的で数年後には復活した世界の石油消費量は現在も増加傾向にあります。米中貿易戦争の激化など、さまざまな消費を減少させる可能性がある要因はあるものの、世界全体としては、今年も来年も石油の消費量は増加することが見込まれています。

 図:世界の石油消費量 

単位:百万バレル/日量
出所:EIA(米エネルギー省)のデータをもとに筆者作成

 現在サウジで起きている大規模な生産減少が長期化したり、さらなる生産減少要因が発生したりした場合、世界の石油需給がひっ迫する事態は避けられないと考えられます。

現在、緊張感を持って石油の需給を見守る必要があり、油断できない状況にあると言えます。

サウジの生産量半減が長期化すれば、アジアの原油需給がひっ迫する!?

 サウジのアブドルアジズ・エネルギー相(サルマン国王の息子 アブドルアジズ・ビン・サルマン王子)は、同国の石油日量生産能力の半分、約570万バレルの生産が停止したと発表しましたが、その規模はどのようなものなのでしょうか。

 図:サウジの原油生産量が半減した場合の影響(筆者推定)

出所:OPEC、EIAなどのデータより筆者推定

 サウジの原油生産量の半分にあたる量は、OPEC(現在は14カ国)の原油生産量の約16%、中東地域の石油生産量の約12%、世界の原油生産量の約7%、世界の石油供給量の約5%にあたると筆者は推定しています。

 この場合、原油は鉱物として地中から獲得した液体あるいは粘性のある化石燃料を、石油は原油の他、天然ガスを生産する井戸から得られた軽質油の性状を持つ液体などを含んだものとしています。

 世界全体の供給への影響度は上記のとおりですが、当事国であるサウジの影響はどうなのでしょうか? 以下は、相手国別のサウジの原油輸出シェアです。

 図:サウジの相手国別原油輸出シェア(金額ベース)(2017年)

出所:UNCTAD(国連貿易開発会議)のデータをもとに筆者作成

 

 UNCTADのデータによれば、2017年にサウジが最も原油を輸出した相手は日本でした(金額ベース)。次いで中国、米国、韓国、インドなどとなっています。また、サウジの原油輸出のおよそ60%が“東アジアとインド”に向けたものでした。

 今回のサウジの事件の影響が、新たな攻撃が発生したり、攻撃を受けた施設の修理に時間がかかったりして長期化した場合、地域的にはこの“東アジアとインド”への影響が大きくなるとみられます。

 この場合、米国への影響も免れませんが、米国は消費国であると同時に世界No.1の原油生産国という側面を持っています。

 では逆に、その東アジアとインドはどの国から原油を輸入しているのでしょうか?以下は、東アジア諸国とインドの相手国別原油輸入シェアを示したものです。

 図:東アジア諸国とインドの相手国別原油輸入シェア(金額ベース) (2017年)

出所:UNCTADのデータをもとに筆者作成

 サウジが多く原油を輸出する東アジアの主要国とインドは、サウジに頼っていることが分かります。特に日本は原油輸入の40%程度をサウジに頼っています。他の3つの国でもサウジ依存度が高いことが分かります。

 世界全体で見れば、計算上は直ちに問題はなくても、事件の影響が長期化すれば、大消費地である東アジアとインドに供給懸念が高まる可能性があると言えます。

 中国や韓国、インドは中東だけでなく、中南米やアフリカから輸入しています。今回の事件を機に、今後、世界全体としてサウジや中東頼みではなく、調達先の多角化が図られていく可能性があります。

 特に、韓国において10位にランクインした米国ですが、米国自体現在は原油の輸入が解禁され輸出量が増加しています。米中貿易戦争の中、政治的な要因によって中国は米国からの輸入をほぼ行っていませんし、日本も米国からの原油輸入は徐々に増加していても目立った量にはなっていません。

 米国からの輸入は、ホルムズ海峡の封鎖リスクもある中東への依存度を下げ、調達先を多角化させる有効な手段であると考えられます。仮に、今回のサウジの件が長期化すれば、日本ではこれまで以上に、米国産原油を精製する技術が高まり、中国では政治的な障害を取り除く動きが進み、それぞれ、米国からの原油輸入が増加すると考えられます。

サウジの供給が正常化するまで、原油相場は上振れしやすい状況が続くか

 今回の事件はなぜ、起きたのでしょうか? イランがフーシ派を支援し、今回の事件が起きたと一部では報じられています。もし仮に、そのとおりだったとすると、さまざまな点が線でつながります。

 まずは、最近起きたサウジにおける要職の交代を確認します。先述のとおり、サウジのエネルギー相が交代しました。王族がエネルギー相に就くのは王国始まって以来の異例のことと言われています。

 また、目下、幹事会社や上場先取引所の選定が再度進みつつある、サウジの国営石油会社サウジアラムコの会長職が、ムハンマド皇太子に近いとされる政府系ファンドのヤシル・アル・ルマヤン氏が就きました。 

 もともと、サウジのエネルギー相とアラムコの会長は、王族出身者ではない同一人物が就くことが伝統とされていましたが、直近で起きた要職の交代は伝統を覆すものでした。

 アブドルアジズ王子(新エネルギー相)は先週金曜日(ドローンによる攻撃の前日)、OPECプラスの配下組織で、OPECプラス(石油輸出国機構=OPECと、非加盟国で構成される組織)が現在行っている原油の減産を監視する機能を持つJMMC(共同閣僚監視委員会)に、OPECプラスのリーダー格であるサウジの代表として初めて出席しました。

 会議は、現在行っている減産についての正当性を確認し、減産を順守していない国のさらなる減産の協力を求めることについて触れました。

 同氏はエネルギー相就任直後に、減産については体制を強固なものにすると発言し、減産を強化することをほのめかすなど、減産を着実に行う姿勢を全面に推し出しています。

 イランは現在、生産量の上限がない減産免除国ですが、2018年5月以降、米国の制裁によって急激に原油生産量が減少し、減産実施とは無関係の自国都合の生産減少が起きています。

 9月に入り、ようやく、米国との対話のきっかけがつかめそうになり、制裁解除→原油生産量増加→外貨獲得拡大、というシナリオを描くことができるムードが出てきていましたが、その折、サウジの新エネルギー相の就任により減産強化が打ち出され、イランとしては自国が減産免除国から、生産量の上限を設定された減産実施国にならないか危機感が高まった(サウジへの対抗意識が強まった)可能性はゼロとは言えません。

 また、2018年10月に発生・発覚したサウジの記者殺害事件以降、停滞していたサウジアラムコのIPO(新規公開株)について、この数週間で徐々に進展が見られていることを示す報道が出ていました。最近、皇太子に近い政府系ファンドの人物が会長に就任し、さらに具体的に、かつスピード感を持って話が進展しそうな状況にありました。

 まるで水と油のような関係といえる、アラブ人の大国とペルシャ人の大国の関係において、サウジのアラムコのIPOが成功すれば、これまでの関係に大きな変化が生じる可能性があります。

 王族肝いりの会長がアラムコのIPOに向け会社の情報の透明性を高め、かつ、王族の新しいエネルギー相がアラムコの抱える資産、つまり原油の価値を直接的に左右する原油相場を引き上げる(仮にIPOが成功した後も高止まりさせる)ために減産を強化することを示唆している、という新人事の意図が透けて見えてきます。

 ただ、情報の透明性、資産価値の向上およびその維持以外に、アラムコのIPOに必要なことがあります。 筆者は、施設の堅牢性だと思います。堅牢な施設でなければ、安定した原油の生産・石油の精製はできず、収益を上げ続けることができません。

 収益に直接影響する施設が堅牢であるかどうかが、証券取引所への上場およびその後の資金調達のための重要な要素だと思います。

 その意味では、今回のサウジへの攻撃は、サウジアラムコのIPOを阻害する大きな爪痕となったと言えます。サウジにOPECのリーダーとして牛耳られ、その上、アラムコのIPOが成功に向かいつつある中、それらを覆すにはどうするか? という選択の中、イエメンを経由しサウジに打撃を与えた可能性は否定できません。

 直近でおきたサウジの要人の交代、アラムコのIPOと減産の状況などを踏まえると、イランには攻撃する動機がなかったとは言えないと筆者は考えています。

 今後の原油相場の動向については、先ずは生産量の復旧の進捗と新たな攻撃の有無によって見方が変わってくると考えています。

 数日や数週間など、生産が復旧するまでの期間についてさまざまな報道がありますが、数日長くても1週間程度で復旧すれば、悲観的なムード・懸念が去り、安心感から急騰した原油相場は一旦反落する可能性があります。なおかつ、新たな攻撃がない、ということが条件です。

 一方、復旧まで数カ月を要する事態になり、懸念が時間の経過とともに高まり、かつ新たな攻撃が発生した場合、原油相場はさらに上値を目指す展開になると考えています。例えば、WTI原油ベースで、今年4月に付けた65ドル、70ドルの節目、昨年9月に付けた75ドルなどを目標としながら、上値を切り上げる展開が予想されます。

 サウジは東アジア・インドに重要な輸出先を抱えているため、復旧は比較的短期間で完了するのではないか、と筆者は考えています。