※本記事は2009年6月5日に公開したものです。

 先日、筆者は主に年金基金に向けた講演を行う機会があった。年金基金(特に日本の)は、正直なところ何とも微妙な存在で、資産運用を専門に行う組織であり、運用のプロであることは間違いないのだが、運用会社から見ると「同業のプロ」というよりは、大口の顧客、つまり「お客さん」だ。この“お客さん”は、数千億円、場合によっては1兆円を超える金額を運用しているのだが、困ったことに、個人投資家がよく陥るのとあまり変わらない質的レベルの運用上の間違いを犯しがちだ。

 講演では、年金基金が陥りやすい幾つかの間違いを指摘したのだが、この際に「正しい判断のための5原則」と題した、判断の原理集を掲げてみた。個人投資家にも参考になるかと思う面があるので、今回は、これをご紹介する。

「人のふり見て、我がふり直せ」的な読み方をしていただけるといいかもしれない。

「5原則」の紹介

 さっそく5原則を紹介しよう。筆者が講演で使ったものと、順番と表現を多少変えてあるが、内容は同じだ。いずれもごく常識的な内容であり、大方賛成いただけるのではないかと考える。

<正しい運用判断のための5原則>

1: 「事前」の段階でベストの選択をする

2: 使える範囲のベストの情報で判断する

3: 分からないことは判断できないという前提で行動を決める

4: 期待リターンは大きい方が、リスクは小さい方がいい

5: 利害の異なる他人を簡単に信用しない


 各項目を、簡単にご説明しよう。

1:「事前」の段階でベストの選択をする

 運用は最終的によい「結果」を求めて行う作業ではあるが、運用者に求められるのは、その時々に、利用可能な資源を使って、ベストのポートフォリオを作ることだ。

 結果として残った運用成績でパフォーマンス評価をすることは重要だが、パフォーマンス評価自体は、運用市場の環境や運用スキルが一定の安定性を持っていると仮定して、運用者が事前のベストを構築する能力をデータから推定する作業にすぎない。

 ところで、年金運用の世界は口ではしばしば「長期運用」といいながらも、「短期」で「短気」に物事が決まる世界だ。

 内外共に、運用会社の運用能力を評価するのに3年程度の期間で行うことが一般的だが、上記で挙げたようなパフォーマンス評価に好都合な仮定を前提とするとしても、3年では全く不十分だ(5年でも同様)。

 しかし、年金基金は、たとえば雇った運用会社のパフォーマンスが悪いと、2年、3年で解約することが珍しくない。

 これは、はっきり言うと、年金基金が、運用そのものを改善する目的よりも、運用の責任をなにがしか移転する目的で運用会社を使っているからに他ならない。これは、年金運用そのものの趣旨にはかなっていないが、基金の担当者の行動としては経済合理的だ。

2:使える範囲のベストの情報で判断する

 運用を考える場合に、直近までの情報を最大限活用しようとすることは当たり前だろう。たとえば、5月の時点のポートフォリオを、前年の12月の時点の情報に基づいたもののままで維持するという行動は、個人投資家の行動としては「異常」といっていいだろう。

 しかし、年金基金はアセットアロケーションにあって、5年単位くらいで策定する「基本ポートフォリオ」を墨守する行動を取るし、運用に関する大きな意思決定は年度単位くらいでしかできないことが多い。

 これは、年金基金が加入者や母体企業の経営陣など多数の関係者と関わる組織であることを考えると、実務上やむを得ない面があるが、彼らが行っていることが「運用」なのだということを考えると、困ったことである。

 このいわば短期間では航路を変えられない巨船のような組織(とお金)に、運用会社やコンサルタントが群がって、運用の意思決定のなにがしかを分担して、手数料を巻き上げるのが年金運用のビジネス構造だ。

 使える範囲の情報を有効に使っていないケースとして、年金基金も個人投資家も陥りやすいのは、「損切りルール」や「ポートフォリオ・インシュランス」だ。いずれも、あらかじめ価格に対して行動を決めておく運用戦略だが、たとえば、運用開始後半年で投資元本が10%減ったとして、その状況が生じるまでにはいろいろな事実があったはずだ。

 意思決定の問題として考えると、その時点までに生じた事実やその時点での情報を最大限に利用して、その時点に物事を決めればいい(損切りするか、そのままか、買い増しするか、等)。それなのに、事前に「損切り」や「ダイナミック・ヘッジング」を予約して自分自身の将来の行動を縛る必要はない。

「損切りルール」は、たとえば証券会社が契約ディーラーを使う状況のような、相手を信用できない状況で不確実性に対処するためにやむを得ず導入される仕組みであり、これを自分に適用するのは奇妙だし、「元本確保型ファンド」のようなものに投資するのは、ファイナンス的には利口でない。

3:分からないことは判断できないという前提で行動を決める

 当たり前のことだが、分からないことを、分かったという前提で行動を決定するのは愚かなことだ。

 たとえば、どの資産のリターンが一番良いかが事前に分かっていれば、アセットアロケーションは一資産への集中投資でいいが、そうはいかないから、幾つかの前提に基づいて複数の資産に分散投資することが多い。これは、「分からないことは、分からない」という前提の下に可能な限りでベストの行動を選択しようとする意思決定の例だ。

 しかし、年金基金の多くは、たとえば国内株式、外国株式といった伝統的な資産の運用において、「よいアクティブ運用機関を事前に見分けることはできない」という現実(常識)を薄々知りながらも、インデックス運用よりも高いフィー(運用手数料)を払って、アクティブ運用を委託し、平均的に見ると失敗している。

 これは、「選べるつもり」(行動経済学で言う「オーバー・コンフィデンス(=自信過剰)」)なのか、「それが仕事であり、選ばなければいけないから、選べるふりをしている」ということなのか、運用会社やコンサルタント(特に後者)に担がれているか、のいずれか又は複数の理由によるものだろう。

4:期待リターンは大きい方が、リスクは小さい方がいい

 これは投資の常識であり、全く当たり前のことのように思われるかもしれないが、意思決定がこのようになされないことが、年金運用のようなプロの世界でもある。

 たとえば、アクティブ運用のファンドを選択する際に、「このファンドはアクティブ運用なのに銘柄数が多すぎる」とか「リサーチベースの運用なら、もっと銘柄を絞り込むのが普通だろう」といったことを言うスポンサーが少なくない。

 彼らなりのアクティブ運用のイメージがあるのだろうが、十分に有望な期待リターンを伴う投資機会を多数見つけることができれば、これを無理に絞り込むよりも、有効に組み合わせることでリスクとリターンの関係をより有利に改善することができる。

 もっとも、運用会社側でも銘柄数が少ない方が仕事は楽な場合もあるし、何よりも「お客様」がそれで満足してくれるのだから、「当社は厳選された○○銘柄のポートフォリオで運用します」といった口上を述べて、ファンドのセールスに勤しむ(「○○」は30とか50とか)。

 かくして、力み返った幼稚な集中投資のファンドが世に出ることになる。

5:利害の異なる他人を簡単に信用しない

 これは、投資理論以前の世間常識だと思うのだが、運用会社や年金の世界のコンサルタントを信用し、彼らに依存する年金基金が少なくない。

 たとえば、運用機関の選択をコンサルタントに(実質的に)依存する年金基金が少なくないが、この際に、そもそも「良い運用機関を、事前に選ぶことができるのか」という基本的な問題から注意を逸らして、コンサルタントに仕事を作ってやっているようなケースが少なくない。

 コンサルタントは、自分自身が商売を失わないように、スッキリした結論を顧客には教えずに、あれこれと仕事を作り出す傾向がある。筆者は、先の講演中にふと思いついて「コンサルタントとは、『裸の王様』についたスタイリストのようなものだ」と言ってみたが、我ながら悪くない比喩(ひゆ)のように思う。

 個人投資家が、銀行や証券会社の窓口担当者やセールスマンの言うことを参考に運用商品の購入を決めるのも似たようなものである。よく、雑誌や新聞のマネー運用関係の記事に、「窓口担当者に納得が行くまで話を聞きましょう」と書いてあるが、向こうはセールスのプロなのだから、素人がどのように「納得する」のかは、全く明らかだ。

 お金の世界で性善説に甘えることは危険だと心得たい。

【筆者補足】

 10年前の記事で、ところどころ懐かしいが、資産運用にあって重要なポイントは10年前と変わらないし、年金運用で大事な原則は個人の運用にあっても重要だ。文中、年金基金についた年金運用コンサルタントのことを「裸の王様についたスタイリストのようなものだ」と言っているが、近年の個人をターゲットにする金融機関のセールスマンは「着衣の人を裸にして洋服を売るアパレルの店員のようなものだ」。リテール向けの対面営業は10年前よりも悪くなっているような気がする。気をつけてほしい。(2019年9月18日 山崎元)