7月末に政策金利を引き下げた米国を皮切りに、世界の中央銀行による金利引き下げ競争が始まりつつある。
背景には世界経済悪化に対する懸念やトランプ政権による株価押し上げの思惑があり、民主化デモに揺れる香港や緊迫が続く中東情勢といった地政学リスクも不透明感を増幅している。金融市場では、低リスクとされる債券への資金流入が顕著で、もう一段の株売り・債券買いの可能性もありそうだ。
異例!世界全体で利下げラッシュ。人民元安で困る新興国
8月7日は異例の利下げラッシュだった。時差の関係で最も早く為替マーケットが開くニュージーランドで、政策金利が1.5%から1.0%に引き下げられた。これに呼応するかのようにインドとタイも政策金利を引き下げている。
発端は中国による人民元の対ドルレートの安値誘導。中国人民銀行が日々設定する取引基準値が人民元安・ドル高に設定されたことを受けて、トランプ米政権が中国を「為替操作国」に認定した。
人民元レートが低下すると、中国の輸出競争力が増す。円安が日本の輸出企業を潤すのと同じだ。中国製品は米国から制裁関税を課されているが、米国以外の国では、安い人民元レートを武器に中国の産業が勢いづくと、輸出が停滞し、長期的には自国産業の空洞化を招きかねない。
中国と競争関係にあるインドやタイにとって、中国製品の競争力アップはマイナス要因でしかない。そこで金利を引き下げて通貨を安値誘導し、中国の人民元安に対抗したのが真相だろう。
新興国の利下げは、米国利下げに追い風。9月、10月も?
ただ、新興国の利下げはトランプ政権の望むところだろう。というのは、FRB(米連邦準備制度理事会)は7月に政策金利を引き下げたが、引き下げ幅はトランプ政権が求める0.5%ではなく0.25%だった。
パウエルFRB議長は利下げ決定後に「米国が利下げサイクルにあるわけではない」と述べ、トランプ政権による利下げ要求を丸呑みしない姿勢をアピールしている。一方、トランプ氏側近からは8月に入って、年末までに1%の利下げを要求する声が出ている。
こうした中での新興国の利下げラッシュは、FRBが追加利下げする動機付けになる。大統領選を来年11月に控えるトランプ氏にとって、株価を押し上げて経済政策の成功を印象付けるためにはFRBによる金利引き下げは不可欠なのだ。
7月末に政策金利を10年半ぶりに引き下げたばかりの米国では、9月の再利下げが濃厚だ。将来の金利を予想する金利先物市場では、9月17、18日のFOMC(連邦公開市場委員会、声明発表は日本時間19日午前3時)での再利下げ決定を織り込み、早ければ10月29、30日のFOMCでの再々利下げも先取りする展開となっている。
ECB(欧州中央銀行)も7月25日、ドラギ総裁が追加利下げや資産購入の再開といった金融緩和策の発動を検討すると表明。早ければ9月12日の定例理事会での金融緩和決定が予想される。
日本でも7月30日に黒田東彦日銀総裁が記者会見し、追加金融緩和の可能性に言及している。
こうした世界的な利下げムードを反映し、10年物米国債の利回りは1.6%台に低下。ドイツでは30年物国債の金利がマイナス圏で推移するなど金利低下が著しい。
香港発、地政学的リスク。天安門事件の再来は?
金利低下の根底には、将来の景気減速に対する懸念がある。これまでは循環的な景気の変動に加え、米中貿易摩擦がその原因とされてきたが、ここにきて香港情勢などの地政学的リスクが加わってきた。
香港ではここ2カ月ほど、中国への犯罪人引き渡しを制度化する逃亡犯条例の改正に反対する市民が大規模な抗議活動を続けている。12日にはデモ隊が香港国際空港に押し寄せて全便が欠航する異常事態となり、空港内での座り込み開始から5日目となった13日も600便が欠航した。
これに対して中国政府は強硬姿勢を貫き、市民の抗議活動に対して「テロの兆候がある」として一歩も譲る気配はない。中国共産党系の環球時報(英語版)は装甲車やトラックが高速道路を香港に向けて移動する映像を公開。トランプ大統領もツイッターに、「中国政府が軍を移動させている」と投稿している。
10月1日には、中華人民共和国の成立を祝う「国慶節」がある。今年は70周年にあたり、習近平国家主席にとって権威を内外に示す格好の場だ。中国指導部が国慶節の前の香港問題解決を目指すのは想像に難くない。
習国家主席が天安門事件の再来さながらに人民解放軍の投入に踏み切れば、株価の急落は避けられそうになく、株売り・債券買いがさらに加速する可能性がある。
本コンテンツは情報の提供を目的としており、投資その他の行動を勧誘する目的で、作成したものではありません。銘柄の選択、売買価格等の投資の最終決定は、お客様ご自身でご判断いただきますようお願いいたします。本コンテンツの情報は、弊社が信頼できると判断した情報源から入手したものですが、その情報源の確実性を保証したものではありません。本コンテンツの記載内容に関するご質問・ご照会等には一切お答え致しかねますので予めご了承お願い致します。また、本コンテンツの記載内容は、予告なしに変更することがあります。