円安は一日天下で終わりました。ドル/円は、7月31日(水)のFOMC(米連邦公開市場委員会)後109円台に上昇しましたが、翌日には107円台に下落し、今週に入って8月6日(火)早朝には105円台半ばまで円高が進みました。しかし、6日の東京市場では107円台まで反発し、再び106円台前半まで売られています。

 この4日ほどで円高が4円進み、その後大荒れの相場展開となっています。この1週間で、さまざまな要因が次から次へと起こったことによるものですが、相場変動の構図をよりよく理解するために、まず時系列でその要因を追ってみます。

相場変動の構図を分解

7月31日:パウエル議長発言で円安

 先月31日(水)のFOMCではマーケットの期待通り0.25%の利下げが決定されました。しかし、FOMC後の記者会見でFRB(米連邦準備制度理事会)のパウエル議長は「今回の利下げは長期的な利下げサイクルの始まりではなく、政策のサイクル半ばでの調整だ」と発言したことから、タカ派的とマーケットに受け止められ、9月利下げ期待はしぼみ、株は売られ、ドル高となりました。

8月1日:トランプ大統領の追加関税発言で円高

 この発言をきっかけに翌8月1日(木)の東京市場で、ドル/円は109.30円近辺まで上昇しました。しかし、109円台は長続きせず、同日のNY市場でトランプ米大統領が「9月1日から3,000億ドル相当の中国製品に10%の関税を課す」と発表したことから、突然の発表にマーケットは驚き、ドル/円は107円台前半まで急落しました。

 パウエルFRB議長は利下げの理由として、「世界経済の減速、貿易摩擦、低インフレに対応するため」と説明しましたが、トランプ大統領の追加関税発表によって、この2番目の「貿易摩擦」が先行きの不透明要因として一挙に浮上し、再び9月利下げ期待が一気に高まりました。

 そして、景気拡大を不確実にする要因が長引きそうだとの懸念から米長期金利は一段と低下し、景気の不透明感から米株は下がりました。この米長期金利の低下と米株安を受けて、ドル/円は106円台半ばで先週を終えました。

中国への為替操作国指定は米中対立激化の象徴

8月5日:人民元安と為替操作国指定で円高

 今週に入って事態はさらに深刻になりました。

 追加関税の発表によって中国景気の減速懸念が高まり、5日(月)の人民元が1ドル=7元を突破。対ドルで11年ぶりの安値を更新しました。

 この人民元安を受けて、米国財務省は中国を「為替操作国」に指定。1994年以来(クリントン政権)25年ぶりの指定となります。

 為替操作国に指定すると、米国は今後、IMF(国際通貨基金)を通じて、中国に対して是正を求めます。中国が是正に応じなかった場合、追加関税などの制裁措置を講じる可能性があります。

 しかし、既に2国間協議や追加関税などは実施しているため、為替操作国の指定そのものは意味をなさないのですが、5月に発表した為替報告書で指定を見送ったばかりなのに、今回、異例のタイミングで指定に踏み切ったことから、米中対立激化を象徴する出来事と捉えられ、一気に懸念が高まりました。

 5日(月)の米国NYダウは、一時960ドルを超える下げ幅となりました。ドル/円も105円台へと円高が進みました。

8月6日:人民元基準値設定で円安

 6日(火)のドル/円は、米中対立激化懸念から早朝に105円台半ばまで円高が進みましたが、中国人民銀行が6日の人民元の基準値を1ドル=6.9683元(※)と7元を下回る水準に設定したことから市場は好感。日経平均株価はマイナス幅を縮小し、ドル/円も反発しました。早朝の105円台半ばから107円台まで反発しました。

(※)前日比0.0458元の元安・ドル高水準で設定。基準値としては2008年5月以来、約11年ぶりの元安水準。しかし、基準値が7元を下回ったことから市場に安心感が広がった。

 ところで、トランプ大統領が、あのタイミングで追加関税の発表をしたことは予想外の出来事でしたが、これを受けて玉突き的に予想外の出来事が次々と起こりました。

・パウエルFRB議長の発言

・トランプ大統領はこの発言に不満を示し、さらなる利下げを促すように対中追加関税を発表

・中国は否定しているが、対抗策としての元安誘導

・米国が中国を為替操作国として指定

・中国が人民元基準値を7元以下に設定

 つまり、上記の一連の出来事によって、ドル/円は4円弱円高が進み、105円台半ばまで下落しました。人民元基準値の7元以下の設定によって株も為替も反発しました。とりあえず先週来の円高はいったん止まっていますが、ドル/円は106円台前半まで再び下落しており、頭の重たい動きとなっています。

今後のシナリオ想定する上での留意点は?

 相場はまだまだ荒れそうな気配ですが、今回の一連の出来事と相場の動きから今後のシナリオを想定する上での留意点が見えてきました。

1:パウエル議長は、景気拡大の不確実性要因として、「世界経済の減速、貿易摩擦、低インフレ」を挙げ、これらの要因の不確実性が高まると、利下げ期待が高まることが確認された。今回は、「貿易摩擦」への不確実性が一気に高まったが、他の要因にも注意する必要がある。世界経済の更なる減速や、インフレの伸び悩み、もしくはさらなる低下が続けば、利下げ期待が高まることが予想される

2:今回の課税は10%だが、幅広い消費財にかかるため、米国経済の個人消費に影響し、景気が腰折れするリスクが予想される。米国景気減速も利下げ期待が高まる要因となる。
ただ、在庫が積み上がっていることや既に中国から出荷した製品があるためクリスマス商戦への影響は少ないとの見方もある

3:米中貿易摩擦が激化したが、米中通商協議は続くとのことであり、合意に進展が見られれば、これまでの巻き戻しが起こるリスクにも留意しておく必要がある。合意進展→FRBの利下げ期待後退→米長期金利上昇→ドル高へのリスクである

4:人民元の動向を注視していく必要がある。中国は追加関税の対抗策として引き続き元安誘導をしてくる可能性が想定される、人民元の基準値が元安方向に設定されれば、円高が進む可能性があり注意したい。ただ、中国側にも資本流出や外貨準備の急減などのリスクと背中合わせであり、元安誘導も緩やかなことが予想される

出遅れた日銀

 日銀がほっとしたのも、たった1日で終わりました。FOMCの前日に開催された日銀の金融政策決定会合は様子見姿勢をとり、ドル/円も109円台に上昇したことから成功したように思われましたが、今回の一連の出来事と急激な円高によって、次の一手を温存したつもりが、出遅れ感が一気に高まりました。

 8月は日銀金融政策決定会合がないため、その間にさらに円高が進行しても様子見しかありません。9月に日銀が追加緩和を実行してもFRBも追加緩和の可能性があり、ドル/円の戻りは鈍いことが予想されます。しかも、9月はFRBの方が日銀よりも早く開催されるため、効果は限定的になるかもしれません。    

 今週9日(金)に日本の4-6月期GDP(国内総生産)が公表されます。

 民間の予想では前期の実質年率+2.2%から+0.5%に減速するとの予想です。中にはマイナス予想もあります。減速する日本経済にとって米中対立激化はさらに追い討ちをかけることになりそうです。株安から円高に弾みをつけることになる可能性もあり注意が必要です。