米大手IT企業が通貨“リブラ”を打ち出し、世界で波紋を呼んでいます。新しい通貨の概念をもつリブラは「これまでの通貨の体制を崩す恐れがある」と、トランプ米大統領をはじめ各国の要人らが警戒する存在です。

 今回は、この新しい通貨が提唱されたことを受け、お金の歴史を振り返り、現在から未来における金(ゴールド)の立ち位置について考えてみましょう。

資本主義の象徴!新通貨「リブラ」は格差を破壊する?

“リブラ”は、米IT企業Facebookが打ち出した新しい概念をもつ通貨です。主な特徴は以下のとおりです。

・銀行口座を持っていなくてもSNSを通じて決済できる
・リブラの価値は複数の主要国通貨をまとめた指数に連動する

 銀行口座を持っていなくても決済できるため、銀行のシステムが行き渡っていない国や地域でも、スマートフォンとSNSのアカウントがあれば買い物をすることができる新通貨です。

 世界には銀行口座を持っていない人が全体でおよそ17億人いると言われています。世界の人口を75億人とすると、銀行口座を持っていない人はおよそ23%にのぼります。この17億人は、経済成長の“余地”と言え、リブラが実際に使用されるようになれば、このような金融未開の領域をIT(情報技術)が切り拓くことになります。

“余地”や“余剰”、“未開の領域”を、競争の上、獲得し、市場化させることを発展の源泉とするのが「資本主義」です。ある時は戦争で荒廃した国を成長できる余地とし、先進国が成熟段階に入って自国に余地を見出しにくくなった時には、新興国を成長できる余地としてきました。現代社会の主流である資本主義においては、成長するためには、何か大規模な侵食できる“余地“が必要なのです。

 その意味では、銀行口座を持たない17億人はまさに“余地”にあたります。銀行口座を持たずとも利用できるリブラは、まさに未開の領域を獲得しようとしていると言えます。リブラの登場は、未開の領域を市場化し、成長の源泉とする資本主義のなせる業なのです。

 また、リブラの価値は、主要国通貨をまとめた指数に連動することが想定されています。よって、特定の国や地域の金融政策が変わるとトレンドが変わる現在の通貨と異なり、値動きは比較的緩やかになるとされています。

 世界規模で展開する数十の会社が組織する協会がリブラの発行元である点も、特定の国や地域が発行し、当該国・地域の情勢が通貨の価値に連動しやすい現在の通貨と一線を画する点と言えます。

 一方、先週、同社の担当への聞き取りが行われた米国の公聴会では、否定的なコメントが相次ぎました。主要国財務担当会議では「規制すべき」で一致。トランプ大統領は「世界の通貨はドルだ」と新通貨に否定的なツイートをしました。

・これまでの通貨体制を大きく変える恐れがあること
・主要国通貨を管理する主要国にとって脅威であること
・大規模な個人情報の流出を引き起こしたFacebookが手掛ける通貨であること
・リブラの流通が資金洗浄の温床や制裁の抜け道になる可能性があること

 などもマイナス材料となり、現実的にはリブラが世界中で使われ始める日は、まだまだ先になる、という見方が有力です。

「リブラ」とは、重さや重さを測る「てんびん」を意味する「ライブラ」を語源とするといわれています。ユーロ発足前のイタリアの通貨”リラ”も、リブラと同じライブラが語源です。ドイツの”マルク”は、本来は重さを測る単位に由来し、英国の”ポンド”も重さを表す単位です。近世の日本で使われていた”両”も重さを表す言葉です。

 つまり、「重さの単位」は通貨と密接な関係にあるわけですが、通貨の単位となった「重さ」は何の「重さ」なのでしょうか? それは、他でもない、金や銀などのお金として使われた「貴金属の重さ」です。

 1リラや1ポンド、1両の硬貨(コイン)を鋳造する際、金(ゴールド)を何グラムあるいは何トロイオンス分を含有させるかを事前に決め(時代によって変動する)、鋳造され流通したわけです。

 リブラの起源を探るには、お金の変遷を探る必要がありそうです。物々交換が発展し、金がお金として使われ始めた時代までさかのぼって、お金の変遷を見てみましょう。

米ドルの裏づけは、物々交換の時代に認められた特異性が起因

 以下は、物々交換で物が取引されていた時代から、金が主要国通貨の裏付けになるまでを得示したイメージ図です。

 図:お金の変遷① (金が主要国の“お金”になるまで)

出所:各種情報をもとに筆者作成

 マルクスの資本論によれば、「世の中の全ての物には価値がある」とされています。使用することで価値が生まれる「使用価値」の他、他の物と交換することを可能にする「交換価値」です。物々交換について考える上で、この「交換価値」が重要なポイントとなります。

 物々交換は数千年前から地球のあちこちで行われてきました。物々交換が可能なのは、対象となる物に「交換価値」があることを人々が認めていたためです。そして、物々交換の文化が広がると、今度はカカオ(アステカ帝国)や、稲(古来の日本)、場所によっては塩などが、汎用性のある交換価値があるものとみなされるようになります。

 やがて、腐らないために価値を保存できる、持ち運びに便利なように加工しやすい、輝いていて魅力的である、などの理由から、金(ゴールド)を含んだ金属を媒介とした物々交換の文化が拡大します。金が“お金”として使われ始めたわけです。

 先述のとおり、リラやマルク、両などは貨幣(コイン)の鋳造の際、一定量の金(ゴールド)を含むルールがありました。金(ゴールド)に物々交換を支える交換価値があるとみなされていたためです。

 そして、金(ゴールド)は第二次世界大戦終戦前、米ドルの通貨の裏付けとなることが主要国の間で決まりました。1トロイオンスの金を一定額の米ドルと交換することが基準化したのです。これにより、米ドルは各国の通貨の交換比率を一定に保ち、貿易の発展、世界経済の安定化を目指す体制ができました(ブレトンウッズ体制)。「金の裏付けがあるからドルが世界の主要通貨として存在できる」、言い換えれば、「金がドルを世界の主要通貨として存在させる役割を果たした」と言えます。

 物々交換の時代から、その特異な性質を認められお金となった金(ゴールド)は、世界の主要通貨である米ドルを支える重要な役割を担うようになったのです。

金はドルから自由に。その後、通貨は信用を裏付けとし、ITの進化で決済手段が急拡大

 第2次世界大戦終了直前、金(ゴールド)は世界の主要通貨であるドルの裏付けとなりました。主要国同士でドルを交換する際、金(ゴールド)の交換も行われていたわけです。

 しかし、第2次世界大戦後、ドイツや日本が復興し、経済的に急成長するにつれ、通貨の独自色が強まり、同時に流通量が増えてきました。このような変化が顕著になるにつれ、徐々に、金がドルの裏付けであることが、かえって経済発展を妨げているのではないか?という議論を呼ぶようになりました。

 そしてついに、金はドルの裏付けとしての役割を終え、ドルを含んだ主要国の通貨は“信用”によって成り立つこととなったのです。

 図:お金の変遷【2】(ITの進化で金融未開の地の開拓がはじまるまで)

出所:各種情報をもとに筆者作成
 

「信用」で通貨が成り立つ社会になり、通貨の発行量を管理する中央銀行は、市場の資金需要の動向に応じ、通貨を発行しはじめました。需要に応じて資金供給するだけでなく、2008年に起きたリーマン・ショック後の金融恐慌では、中央銀行が市場に資金を供給する施策を進めたため、世界経済が復活しました。仮に、現在でも金がドルの裏付けであったならば、このような効果的な施策は行えなかったでしょう。

 信用でお金が成り立つ社会になったことで、個人レベルではクレジットカードでの決済が世界的に広がりました。そしてそこに急速なIT(情報技術)の進歩が加わり、決済手段の幅が急拡大しました。

 近年、電子マネー、バーコード決済、仮想通貨などが登場して世界的に普及が進んでいるのは、お金が信用で成り立つ世の中であるため、そして、安定したインターネット環境の拡充や、高性能の端末の普及など、急速にIT(情報技術)が進化したためだといえます。

 そしてリブラは、お金が信用で成り立ち、ITが進化した世の中で、資本主義の考え方を用いた金融の開拓が始まったことで生まれたお金だと言えます。

 紀元前から続くお金の変遷を振り返ってみました。

 物々交換において特異な性質を持つ金(ゴールド)がやがてお金になり、資本主義の考え方が社会を発展させ、その社会の発展が資金の需要を呼び込み、それに伴い金の需要が増しました。そして金は世界の最主要通貨であるドルの裏付けとなりました。

 しかし、戦後の復興・各国の経済発展が進むと金が裏付けである制度(金本位制度)が限界に達し、金がドルから自由になるときが訪れます(ニクソンショック ブレトンウッズ体制の崩壊)。それ以降、通貨は信用で成り立つようになり、ITの進化により決済手段が増えました。

 そして、未開の領域を搾取することで発展を成し遂げる資本主義的な考え方が個人の決済手段に取り込まれ、資本主義が生み出した最たる企業といえる米IT企業がリブラを提唱したのだと思います。

 物々交換、資本主義、お金、ITなど、さまざまな点をつなぐことで、リブラの誕生、そして金(ゴールド)がどのような変遷をとげながら世界のお金として用いられてきたのかが見えてきます。

リブラの生い立ちを元に、金(ゴールド)相場の長期的な方向性を考える

 リブラの生い立ちを筆者なりに考えてきましたが、その際、やはり外せないのが資本主義というキーワードでした。資本主義が金(ゴールド)に与えた影響を考えてみます。

 図:資本主義と金(ゴールド)の関係

出所:筆者作成

 資本主義が近現代社会全体を変えてきたとすれば、資本主義は金の存在意義を変えてきたといえます。第2次世界大戦前にドルの裏付けにして世界のお金として目覚めさせ、ブレトンウッズ体制の崩壊でドルから金を自由にしました。そして現在、再び世界のお金として見直すきっかけを作っているといえます。

 例えば、以下は、数の多さでは分からない物事の温度感の変化についての筆者の考えを示したものです。新しいものの誕生や新しいものに順応しようとするムードが強まれば強まるほど、返って古いものに回帰して強固な層を作る(原点回帰によってコア層ができる)、という例です。

 図:原点回帰によって生まれたコア層(例)

出所:筆者作成

 小売店で現金以外の決済手段が広がれば広がるほど、強く現金主義を貫く層が出現する、トランプ大統領を支持しない人が多数となればなるほど、かえって既存の支持者の中にこれまで以上に支持する想いを強くする人が出現する、という例です。

 新しいものに順応する層の出現が、かえって原点に回帰した強固な層を生んでいるのではないか? ということです。数だけでは知ることができない、原点回帰者の“温度感”が高まっていることが、この点の注目点です。

 たとえ少数派になったとしても、原点回帰者の強い思いを貫くムードが顕在化した場合、新しいものに順応する層を凌駕することもあるかもしれません。

 資本主義が生み出した、世界の金融未開の領域をもターゲットとし、世界のお金を標榜する通貨“リブラ”を「新」と仮置きすれば、ドルを「現」、そして金を「旧」と、時間軸の異なる世界の通貨を定義できると思います。

 資本主義やITの発展の最中あるいは先端にあるドルやリブラに比べ、金は世界の通貨の中でも旧式であると言えます。ただ、近年、原点回帰者の温度感が高まっているという事象に当てはめれば、仮に、世界のお金の覇権争いが勃発した場合でも、高い温度感で根強く金を物色する人が存在し続けると考えられます。

図:世界のお金の覇権争い(筆者イメージ)

出所:筆者作成

 強固な金(ゴールド)を支持する投資家が、金を今後も世界のお金として強く認め続け、それにより、金相場は長期的に下支えられる状況が続くのではないか、と筆者は考えています。

 リブラの登場をきっかけとして、改めて、お金の変遷、金(ゴールド)の存在意義の変化、そして世界のお金としての金(ゴールド)について考えてみました。

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[動画で解説]金(ゴールド)からリブラまで、お金の変遷を探る