先週、TV番組でイアン・ブレマー氏のインタビューが放映されていました。イアン・ブレマー氏は政治リスクを専門とする米国のコンサルティング会社ユーラシア・グループの代表です。ユーラシアグループは、毎年年初に「世界の10大リスク」(下表)を発表しています。このコラムでも毎年1月に紹介していますが、インタビューでは10大リスクの現時点の状況と新しいリスクについて触れていましたので紹介したいと思います。

 ユーラシアグループ 
「2019年世界10大リスク」

  1. 悪い種(Bad Seeds)
  2. 米中関係
  3. 激化するサイバー戦争
  4. 欧州のポピュリズム
  5. 米国の内政
  6. イノベーションの冬 
  7. 意思なき連合
  8. メキシコ
  9. ウクライナとロシアの対立激化
  10. ナイジェリア

 このインタビューで、「世界の10大リスク」の第1位の「悪い種」(※)について、現状ではどう思うかとの質問に対し、イアン・ブレマー氏は「地政学的な危機はまだない。ただ、種が根を張り、緊張やリスクが世界中至るところで育っているのを感じる」と説明しています。

 そして、米国とイランの軍事衝突の可能性については、「トランプ米大統領は物事を実際よりもドラマチックに言いがちだが、『10大リスク』を書いた1月よりも軍事衝突の可能性が高まっているのは確かだ。可能性が何%かということは言えないが、少なくとも私がユーラシア・グループを設立した1998年からみて今が最も危険な状態だ」と述べています。

(※)「悪い種」…欧米政治の混乱やポピュリズムの台頭、主要国の同盟の弱体化など世界に重大な結果をもたらしかねない兆候のこと。イアン・ブレマー氏はさまざまな兆候があるのに次に来る危機へのリスクに備えができていないことを指摘し、「2019年はそれが重大な問題となる。」と警鐘を鳴らしている。

 第2位の「米中関係」についてインタビューでは次のように述べています。 「ファーウェイについては米政府も国防総省も諜報機関も、米議会の両党も深刻な問題だと考えており強硬に対応したいと思っている。なかなか一枚岩になることがない米国が団結しているので中国が望む形での解決は難しいのではないか」と、すぐには解決しないと述べています。

 また、「トランプ大統領は全ての対中貿易製品に関税を掛けると思うか?」との質問に対して、「消費者に直接影響を与えるため掛けないと思う。トランプ大統領は国民がクリスマスにおもちゃやiPhoneが買えない姿を見たくないだろう」と楽観的な見方を示しています。

 さらにイアン・ブレマー氏は関税を引き下げる可能性もあると見ています。その時期については、「関税を引き下げるとしたら今すぐではなく来年だろう。トランプ大統領にとって安全保障や方針は重要ではなく、自分が大統領として再選されることが重要である。そのため関税引き下げは大統領選に向けて勢いをつけることが狙いだ」と予測しています。

新たに浮上したリスク~中国景気減速の影響

 そしてインタビューでは、10大リスク以外に新たに浮上したリスクとして、中国景気減速の影響を指摘しています。イアン・ブレマー氏は、「中国の景気減速の影響が強くなっている。米中の関係が悪化すると台湾や香港で起こっているようなリスクも噴出する。景気がよい時はそれらのリスクは問題ではないが、景気が減速していることこそが問題だ」と、中国の景気減速が新たなリスクを生み出すことに警戒しています。ブレマー氏は、台湾や香港で起こっていることを中国景気と関連付けています。

 今週15日に発表された中国4-6月期GDP(国内総生産)は前年比+6.2%と前期(+6.4%)より低下しました。しかし、為替市場では、予想通りであったことや、同時に発表された中国6月小売売上高(前年比+9.8%)と鉱工業生産(同+6.3%)が予想を上回ったことから、ドル/円は108円割れから108円台に若干上昇しました。しかし、今月末のFOMC(連邦公開市場委員会)を控えているため上値の重たい状況は続いています。

 中国のGDP+6.2%は予想通りでしたが、手放しで喜べる数字ではありません。+6.2%はリーマンショック直後の2009年1-3月期の+6.4%を下回っており、四半期として統計をさかのぼれる1992年以降で、最低の水準となっています。また、中国政府は2020年までに10年比でGDPを倍増させる長期目標を掲げていますが、達成するためには2019~2020年に平均6.2%の成長が必要と説明しています。今回のGDPはほぼ下限の水準にあり、長引く貿易戦争の影響で輸出と投資が低迷している厳しい数字となっています。

 中国の四半期GDPは下表の通り2018年第1四半期から低下傾向にあります。貿易戦争の出口が見えない現況では、2019年後半も下押し圧力が続く可能性があります。ブレマー氏が予測する関税引き下げが前倒しにならない限り、厳しい状況が続くことが予想されます。そしてブレマー氏が指摘するように中国景気の減速の影響が強くなってきていることから、さらなる景気減速は台湾、香港だけでなく、中国本土の内政問題や世界経済の波乱要因にもなる可能性があります。1つのシナリオとして留意しておく必要がありそうです。

中国四半期GDP推移(Q=3ヵ月)

2018/1Q 2018/2Q 2018/3Q 2018/4Q 2019/1Q 2019/2Q
6.8 6.7 6.5 6.4 6.4 6.2