トランプ大統領の置き土産

 令和初の国賓として来日したトランプ米大統領は5月28日、無事離日しました。ゴルフ、相撲観戦と土俵上でのトロフィー授与、居酒屋、宮中晩さん会と至れり尽くせりの接待外交は功を奏したのか、両首脳は護衛艦「かが」で強固な日米同盟を国内外にアピールして一連の行事は終わりました。

 しかし、無事終わったかのように見えますが、トランプ大統領はいくつかのお土産を置いて帰りました。

 その置き土産とは滞在中のトランプ大統領の経済、通商面についての発言です。無視できない置き土産のため、今後の相場シナリオを考える上で留意しておく必要があります。

 置き土産のポイントとは、次の通りです。

(1)「貿易交渉は7月の日本の選挙の後まで待つ」(ツイッターにて)

(2)「(貿易交渉について)8月には両国にとって非常に良い発表ができるだろう」(日米首脳会談にて)

(3)「TPP(環太平洋パートナーシップ協定)は私には関係がない。私は他人が署名したものに縛られはしない」(共同記者会見にて)

(4)「中国は合意したがっているが、私たちはその用意がない」(共同記者会見にて)→短期間の決着は困難との認識を示す

 これらの発言から、ドル/円に及ぼす影響を考えると、次の想定ができます。

・日米貿易交渉は7月まではなく、7~8月で進む。8月に合意に達するのであれば、7月の参議院選挙までドル/円の材料としてはニュートラル。8月合意に向けて期待が高まり、やや円安材料に。ただし、安倍晋三首相は「8月合意」についての質問に対して言及を避け、西村康稔官房副長官は否定。このことから、合意は秋まで長引く可能性もあり、その場合、円安要因は剥落(はくらく)

・米国が求める農産品の関税引き下げについて、日米貿易交渉でTPP水準を限度とすることで大筋一致している。しかし、トランプ大統領は「TPPは私には関係がなく、拘束されない」と発言しているため、難航する可能性も。その場合、自動車の数量規制や為替条項などの為替問題を交渉材料にもってくる可能性があり、その場合は円高要因に

・米中貿易協議の早期合意は困難との認識を示したことから、早期合意期待の円安要因は後退。さらに合意が長引けば、中国経済への影響も続き、世界経済の景気後退に波及。金利は低下し、ドル安、円高材料に

 さらに6~9月の時系列で考えると、次のシナリオが想定されます。

【6月】今回のトランプ大統領の早期合意困難との発言で円安バイアスは後退したが、6月のG20(主要20カ国)首脳会議中の米中首脳会談での合意期待は残っている。米中首脳会談が実現せず、もしくは実現しても満足な合意に達しない場合は円高要因に

【7月】一方、7月の参院選が終わると、日米貿易協議の8月合意への期待が高まり、米中合意の失望感による円高を抑制する動きに

【8月】9月になると、米大統領選に向けた選挙活動が本格化。そのため、トランプ大統領としては、米中合意が後退した環境下では、なんとか日米貿易協定のほうは8月に合意したいため、交渉に強硬姿勢で臨んでくる可能性があり、円高バイアスが強まる

【9月】8月に実現しない場合、9月下旬の国連総会に合わせた日米首脳会談での合意期待が高まり、円高バイアスは後退

 以上は想定されるシナリオの1つですが、円安方向には力不足の時期が続きそうな気配です。米中、日米とも貿易協定が合意に達しない限り、世界経済に漂う暗雲を振り払うことはできません。合意が長引けば長引くほど、世界景気の低迷は続くことが予想されます。

IMF試算による世界経済の影響

 5月23日、IMF(国際通貨基金)は米中の貿易戦争が激化すれば、世界の経済成長率が0.3%下振れすると試算しました。4月に世界の成長率見通しを3.3%に下方修正したばかりですが(1月時点見通し3.5%)、わずか1カ月強で再びの下方修正です。

 4月時点でIMFのラガルド専務理事は「2019年後半から世界経済が再び上向く」と説明していましたが、23日の報告書では「(米中貿易戦争の激化は)世界経済の回復シナリオを危機にさらしかねない」と警鐘を鳴らしています。輸入関税の引き上げで個人消費が下振れするだけではなく、企業や投資家の心理が冷え込み、設備投資や株式投資も落ち込むと分析しています。

 5月に入って株式市場の勢いがなくなってきました。また、米経済指標にも弱い数字が出始めています。IMFの警鐘通り、経済の弱さが目立ってくると米金利は低下し、金利は低下しても株式は上昇しないかもしれません。ドルは売られ、円高に動く可能性が高まります。

 今週は、5月30日に米国1-3月期GDP(国内総生産)改定値が発表され、速報値の+3.2%が下方修正されるのかどうかに注目です。

 また、5月31日には中国の5月製造業PMI(購買担当者景気指数)が発表されます。4月は「50.1」と拡大、縮小の分かれ目となる「50」をかろうじて上回っていますが、3月の「50.5」よりは低下しています。5月に入ってからの米中貿易摩擦が激化したため、その影響から5月のPMIが「50」を下回ることになるのかどうかに注目です。下回れば、市場はかなりの影響を受ける可能性があり、警戒が必要です。