元号が変わって令和になりました。新しい時代にあっても、引き続きご愛読をお願い申し上げる次第です。

 さて、元号が変わったからと言って経済が大きく変わるものではないはずなのに、原稿を書くとなるとつい「令和の時代は」と書いてしまうのは我ながら困ったものだと思うのだが、令和の日本経済について考えてみたい。

 経済は、もちろん予測できなかった意外な要因で激変することがあるのだが、予測可能な限りにあって、令和の日本経済の第一関門になり得る問題は、10月に予定されている「消費税率の引き上げ」だと考える。消費税率の引き上げについて、いくつかの論点を考えてみたい。

景気にはマイナスに働く

 消費税率の引き上げが予定通り行われた場合、引き上げ対策とセットで行われたとしても、景気にとってマイナスに働くと考えるべきだろう。

 まず、足元の景気は明らかに下降線だ。昨年頭から現時点までの指標を見ると、日銀短観(大企業製造業)はプラス幅が低下しているし、内閣府が発表している景気動向指数も「一致」「先行」両指数ともに下落トレンドだ。増税の悪影響を吸収できるような勢いが目下の景気にある訳ではない。

 小売業販売高(3月)は前年比1%の伸びに過ぎないし、何よりも現金給与総額(全産業・2月)は前年比▲0.7%と減少している。給与が伸びない中での消費税率引き上げは、消費者の購買意欲を大いに損なうだろうし、意欲だけでなく支出の原資がないのだから、消費には悪影響を及ぼすはずだ。

 対策として、目玉的に語られるのは、中小小売り店舗でのキャッシュレス決済に、税率引き上げ分を上回る5%のポイントを付与するといった施策だが、9カ月あるいはせいぜい1年間の実施期間であり、その後は効果が切れる。税率引き上げと景気の落ち込みのタイミングに多少のタイムラグを作ることができるかも知れないが、給与が伸びない中では、いずれ勤労者の実質購買力が落ち込むことになる。

 また、消費者も先のことが予想できるので、将来を見越して早めに財布の紐を締める可能性が大きい。消費者の将来の見通しを甘く見ない方がいいのではないか。

「増税」は金融政策の一部(引き締め!)でもある

 消費税を含めて税制を動かすことは、常識的には財政政策なのだが、長短の金利がゼロ近辺に張り付いて、市中銀行が日銀に保有する準備預金が限界まで膨れ上がっている状況では、増税・減税は財政政策であると同時に、実質的に金融政策でもある。

 デフレ的ではない通常の経済・金融環境であれば、中央銀行が政策金利の誘導目標を下げ、市中銀行が保有する国債を購入してマネタリーベースを増やすと、金利の低下が企業、個人、銀行それぞれの借入需要が生じる。加えて、マネタリーベースの拡大が、市中銀行が中央銀行に預ける準備預金に対する制約を緩和し、銀行貸出が増えて民間経済全体で流通するお金の量が増えるのが金融政策の普通の波及過程だ。

 ところが、政策金利(短期金利)がゼロまで低下しても銀行貸出への需要の盛り上がりがない場合、中央銀行が、市中銀行保有の国債を買い上げて市中銀行への資金供給を増やしても、市中銀行は貸出を増やさず、日本の場合だと日銀当座預金に資金を積み上げる(これを俗に「ブタ積み」と呼ぶ)状況となり、実質的に市中に出回るお金が増えない。そのため、景気を後押しする効果が弱いし、モノへの需要も高まらないので物価も上昇しない。民間経済にとっての実質金利が低下しないから、金融政策の効果が削がれることになる。

 それでも、中央銀行が国債を買い続けて市中銀行への資金供給を増やす政策が「量的緩和」だ。大きく増えたマネタリーベースには、将来、「簡単にはゼロ金利が終わらないだろう」と人々に思わせる効果があり、自国通貨の為替レートが下落したり、資産価格が上昇したりするような景気へのプラス効果もある。

 これが十分に効いた場合には、企業が設備投資に積極的になり、銀行貸出への需要が拡大し、銀行貸出が伸びて、経済全体に出回るお金が拡大することになり、モノへの需要も拡大するはずだ。そうなると、デフレからの脱却が成功して、例えば「年率2%」といった、インフレの弊害が問題ではないことと同時に、金融政策の効果が出やすく、社会的な分配の調節にも良好な経済環境が得られる。いわゆるアベノミクスの初期に、日銀の黒田総裁が目指すと宣言した政策の効果と状況とはこのようなものだった。

 しかし、このような好循環が起こるためには、企業側は製品需要に自信を持って投資を行い、銀行は企業側の自信の有無を判断して融資を行うという状況が必要である。

2014年時の消費税率引き上げを振り返る

 こうしたプロセスの途中で、消費を冷やす影響を与えてしまい、借入に対する需要に急ブレーキをかけたのが2014年の消費税率引き上げだった。

 本来であれば、企業が投資に自信を持てず、経済全体として資金需要が不足している状態にあっては、政府自身がお金を使うか、あるいは消費者に購買力を付与するような政策が必要だった。

 経済に需要が追加されたなら、銀行貸出が伸びて市中に出回る預金通貨を含む「お金」のモノやサービスに対する相対的な量が増えて、物価が上昇して目標である「2%」に近づいたかもしれないのだが、現実に行ったことは、増税による需要の吸収だったため、悪影響が大きかったのが前回の消費税率引き上げだった。

 推測だが、日銀も政府も、それまでの金融緩和政策の株価や為替レートに対する効果が大きかったことから、「消費税率を上げても、日銀による金融緩和政策だけで景気もインフレ目標も大丈夫だ」と過信したのだろう。

 その後日銀は、長期金利(10年国債の利回りなど)をゼロ近辺に保つ政策や、ETF(上場型投資信託)の買入拡大などの政策を追加的に打ち出したが、「消費者物価上昇率で2%」とした目標は達成できる見込みが立っていない(3月の全国の数字で対前年比+0.8%に過ぎない)。

 そして、長期金利を一定水準にコントロールする現在の政策は、政府の財政収支と国債の発行量が、経済全体の需要に影響することに加えて、ベースマネーの供給量にも大きな影響を与えることを意味する。つまり、現在、増税は財政政策であると同時に、金融引き締めの方向に作用する金融政策でもあるのだ。

 予定されている通り10月に消費税率が引き上げられた場合、景気にマイナスなだけでなく、金融引き締め的な政策効果が生じてインフレ目標の達成に対してマイナスに働く可能性がある。他国の政策との兼ね合いにもよるが、他国の政策を一定とすると、為替レートについては円高材料になる可能性が大きい。

 いわゆるアベノミクスが始まった頃に、

(1)金融緩和だけでインフレにできるはずだ
(2)金融緩和が限界に達したら財政赤字を拡大すると目的のインフレ率にできるはずだ
(3)減税や財政出動は財政政策なので金融政策だけでインフレ目標が達成できない場合もあるので(1)は間違いだ

…といった諸説が入り乱れたが(当時の筆者個人は(2)説だった)、目的とする状態を作る上で必要なら、(1)でも(2)でもいいのではないかと今でも思う。

 狭義の金融政策だけでインフレ目標の達成が可能かどうかという論争は不毛だ。

 率直に言って、今増税することは、インフレ目標2%を目指して金融緩和政策を行っていることと矛盾する。

 しかし、狭義の金融政策は日銀、財政政策は財務省、とナワバリが決まっている日本の場合、日銀にあっては増税に反対するような意見を表明することが難しいのだろう。金融緩和に積極的な(いわゆる「リフレ派」の)政策委員が複数いるはずの日銀筋から直接的に増税に対する反対の声が上がらないのは少々物足りないが、組織や立場というものは現実の個人にとって大きな制約なのだろう。

 また、ナワバリ以外に日銀にとって難しい要素として、発言のメッセージ効果の問題がある。つまり、「財政政策の協調がないと、金融政策が十分効かない」と言ってしまうと、金融政策自体の効果を削ぎかねないという問題がある。「金融政策だけでインフレにする手段はいくらでもある」と言う方が国民はインフレになるという期待を形成しやすいだろうという理屈が働くので、そう言い続ける方が政策目的に叶う面があるのだ。

 しかし、ナワバリやメッセージといった気分の問題以上に、金融緩和の効果が出にくい時に財政政策が緩和に逆行する(差し引きで増税する)ことの大きな悪影響こそを気にするべきだろう。もちろん、政治家や財務省にとっても同様だ。

 経済政策として考えた時、今、増税すべきではない。

消費税と社会保障費を直結させるべきでない

 世間には、いろいろな理由で消費税率を予定通り引き上げる方がいいと論じる人がいる。

 そうした人の言い分でどこか奇妙なのは、「消費税率を上げないと、社会保障の財源がない。消費増税が決まって、社会保障の財源が確保される方が、消費者は安心して消費できるから経済にとってプラスになるはずだ」という議論だ。

 部分部分に分けた時に論理として全てがおかしい訳ではないが、消費税と社会保障費を直結させて、後者の拡大に対応するには前者が必要だと論じるのは適切ではない。

 そもそも政府の財源は消費税だけではない。他の税金もあるし、各種の社会保険料もある。また、政府の支出も社会保障以外に数多くある。

 問題は、消費増税が決まった民主党の野田政権時代に遡るが、当時、消費税の税収を社会保障支出の財源として半ば目的税化するというロジックの響きの良さ(?)に民主党サイドが流されてしまったと筆者は考えている。

 財政を考える上での慣行として、

(1)何らかの新たな支出や減税を行うには、これを手当する財源が個々に必要だとする考え方があるが、これを前提とした時に、
(2)社会保障費支出の増加を賄うにはこれに対応する財源が必要で、
(3)それには消費税以外にない

という論理に追い込まれた。

 しかし、この議論は、前提条件(1)がおかしい。あまりに硬直的で非効率的だ。

 企業の財務が、「その時々に」適正なレバレッジを目指しながら、資金調達の手段を考える一方で、設備投資・研究投資や経費支出などの支出のバランスをとればいいのと同様に、政府の財政にあっても、その時々に(A)経済政策として適切な財政の帳尻を実現しつつ、(B)適切な歳入手段と、(C)優先度に従った歳出内容の優劣を決めたらいい。

 デフレ脱却を目指す「現在の」政策環境下にあって適切なのは、(A)緊縮財政ではなく財政赤字の拡大による需要の追加であり、(B)財源としては国債を増発して日銀に買わせることが金融緩和の拡大につながり、(C)社会保障支出は支出の中で優先度が高いので「財源がない」と国民を脅して不安にさせることは不適切だ。

 どうしても消費税率を引き上げることを前提とするなら、消費税の増税分を上回る恒久的な支出か減税で効率的かつフェアなもの(例えば基礎年金の全額財政負担などがいいだろうか)を創出して財政赤字の帳尻を拡大する方法があるが、新たな措置を作るよりは消費税を上げない方が素直だろう。

通貨の「ほどよい信認低下」が重要だ

「財政赤字を拡大する」さらに「国債を日銀に買わせる」と言うと、「通貨の信認が損なわれる(ので、大変だ!)」と反応する向きがあるが、これは誤解か過剰な反応だ。

 財政赤字拡大にその国債によるファイナンスを組み合わせることの主な弊害はインフレであり、インフレが昂進する状態が通貨の信認が大きく損なわれた状態なのだが、現在は、「インフレが心配」な状況ではなく「インフレが足りない」のが問題なのだから、財政赤字の拡大と日銀による国債の買い上げで金融緩和を拡大することは適切なのだ。

 将来の通貨価値が高いと信用される状態が通貨の信認だが、この種の信認が過剰な状態こそがデフレだ。

「2%」のインフレ率が適切なら、大まかには、これよりも低インフレの時には金融緩和、高インフレの時には金融引き締めを行えばいい。

 

「いったんインフレになると、ほどほどのインフレに抑えることが難しい」と心配する向きもあるが、金融引き締めと財政緊縮の組み合わせでインフレを抑えることは十分可能だ。

 経済政策は一つの状態を均一かつ永遠に行うと考えるべきものではない。状況によって適切な政策は変化するし、将来変化が可能だとの前提で議論すべきものだろう(考え方は、企業の経営と似ている)。

 なお、(1)政府が発行した国債を、(2)市中銀行が買ってすぐに日銀に売却し、(3)日銀が国債を保有し、(4)日銀が市中銀行に渡したお金が(市中銀行が日銀に保有する)準備預金口座に積み上がっている状態は、日銀は政府の持ち物なのだから、政府が発行した(普通は有利子の)国債が(無利子の)通貨(日銀の準備預金)に入れ替わっている状態に過ぎない。政府と日銀を連結して見るなら、日本の財政及び通貨制度は破綻するような危険がある状態では全くないことが分かる。

 ただし、この状態でも銀行貸出が増えて、市中に出回る通貨が増え、物価が程良く上がる状況が実現しないことが目下の問題なので、(A)民間経済がもっと金を使いたくなるような条件を整えるか、それが難しければ(B)政府が需要を追加するか、どちらかが必要なのが現状だ。

あきらめるのは早い?

 端的に言って、今の状況で消費増税はやらない方がいい。

 前述のように、増税は景気にも物価目標の達成にもマイナスの効果を及ぼすだろうと考えられ、これが避けられるためには、世界景気が予想を超える拡大を実現する幸運な状況を待つしかない。

 日本株が、「世界景気の景気循環株」になって久しいが、日本が増税のマイナス効果を抱えながら世界経済の同行に任せて漂う経済運営が適切だとは思えない。自国でできることはやるべきだ。

 また、米国のFRB(米連邦準備制度理事会)及び欧州中銀は政策金利の引き上げを止めて、米国に至っては年内に利下げへの転換も論議される状況で、日本が金融引き締め効果をもたらす消費税率引き上げを行うことは世界の政策協調的にも不適切だし、日本にあっては円高を招きかねない。

「それでも、やるのか?」は政治の決断次第だ。筆者は、「必ずそうなる」とはとても言えないが、消費増税凍結ないしは再延期の可能性がまだ残っていると考えている。政治的な状況にも左右される問題だが、あってもおかしくはないのではないか。

 景気と物価に対する悪影響に加えて、コンビニで買った食品を、コンビニの中で食べるか、外に持ち出すかで税率が異なるというような、いかにも「不細工な制度」が本当に実現するとしたら、かなり残念な状況だ。

 仮に消費増税が中止された場合には、日本株にとってはサプライズ的なプラス材料になり得るのではないだろうか。メインシナリオとして、あてにすることはできないが、投資家は、「少々の期待」なら持ってもいいのではないだろうか。

 政府及び政治家の正しい政策判断に期待したい。