アリババ初の近未来型AIホテル、「FlyZoo Hotel」

 2019年3月8日、金曜日、中国杭州のアリババの本拠地「アリババパーク」の一角にあるアリババ初の近未来型AIホテル、「FlyZoo Hotel」にチェックインしました。

FlyZoo Hotelの無人化されたフロント。チェックインは専用アプリで行う

 2018年12 月にオープンしたこのホテル。チェックインには顔認証の専用アプリを使用します。普通のホテルのように人が応対するためのレセプションやチェックインカウンターなどは一切ありません。チェックインからキャッシュレスを前提とした自動化、無人化のホテルとなっているのです。

 顔認証を前提としたチェックインが済んでエレベーターホールに向かい、エレベーターに乗り込みます。ここからすでに「顔認証」を前提とした世界が待ち構えています。エレベーターに乗り込み、自分の部屋がある階に行くにも顔認証が必要。顔認証が済んでいない人はNGです。

ホテルのエレベーター。顔認証で自分の部屋がある階に行ける

 部屋への出入りも顔認証。ルームキーやルームカードなど物理的な鍵は一切なく、ここでも顔認証を前提とした自動化、無人化の世界が広がっています。フィットネスクラブへの出入りも顔認証となっていました。

 部屋に入ってからは、アリババの音声アシスタントである「AliOS」が大活躍します。カーテンの開閉、音楽、部屋の明かり調整、部屋の空調などが「ただ話しかけるだけ」で操作できます。さらにはロボットコンシェルジュがルームサービスやアメニティーの配達などをしていました。バーではロボットバーテンダーが顧客から注文を受けたカクテルを手早く次々に作っていました。

ホテルの部屋。全部「話す」ことで操作する
右にあるのが「ロボットコンシェルジュ」。アメニティの配達などを行う

キャッシュレス前提のスマートシティー「アリババパーク」

 アリババは中国政府から「AI×スマートシティー」事業推進を受託しています。杭州にあるアリババパーク周辺は、アリババ本社、アリババ初のリアルで最先端の商業施設、アリババ初の近未来型AIホテル、アリババ社員の住居などから構成されており、キャッシュレスを前提としたスマートシティーの様相を呈しています。住居の屋上にはクリーンエネルギーを発電するための太陽光パネルがありました。

 私は、アリババパーク自体がリアルなプラットフォームやエコシステムを形成し、中国における近未来の都市デザインの象徴となっていく可能性をそこに感じ取りました。「中国のシリコンバレー」を目指す杭州の中において、その中核を担うのがアリババが本拠地を構え、アリババパークを展開するエリア「未来科技城」です。未来科技城に1,000社以上のスタートアップ企業やこれらの企業の支援を行うアクセラレーターが集結していることも、中国が描く理想都市としての存在感を高めています。

アリババ初の商業施設「親橙里」

 アリババ本社とホテルの中間に位置しているのが、2018年4月にオープンしたアリババ初の商業施設「親橙里(チンチェンリー)」です。ここでは、キャッシュレス決済、自動化・無人化サービスの展開、アリババのECショップのリアル店舗展開、テクノロジーを活用した店舗展開などを目の当たりにしました。

小売りスーパー「盒馬鮮生(フーマー・フレッシュ)」。決済はスマホで完結。

 地下1階には最新鋭の新しい小売りスーパー「盒馬(フーマー)」が陣取り、キャッシュレスでのリテール体験を提供しています。さらに、施設内には無人カラオケルーム、無人休憩スペース、レンタルミーティングスペースがあり、キャッシュレス前提の多数の自動販売機も設置されています。最上階の映画館はキャッシュレス及びチケットレスでの自動ゲート入場式です。

 アリババのECショップのリアル店舗においては、ホテルの客室内でも使われていたアリババの音声認識AIアシスタントを搭載した、「ただ話しかけるだけ」で稼働する様々なIoT家電が実際に販売されていました。

 アパレルショップにおいては、画像認識で顧客のアバターが作成され、そのアバターを使って様々なコーディネートが提案される端末「バーチャルフィッティングシステム」もありました。その端末から、アリペイを使って気に入った商品を購入することも可能です。店舗からは、売れ筋商品の情報がアリババの動画サイトを通じてライブストリーミング配信されていました。商品を様々な方法で消費者に紹介するとともに、様々な方法で購入することが可能になっているのです。

バーチャルフィッティングシステムで試着&コーディネート

 今回の滞在では、アリババも出資するDiDi(ディディ)のライドシェアを移動手段として活用しました。これらのサービスを体験してみると、スマホでのキャッシュレス社会をいち早く実現したアリババの「前人未踏の領域を開拓している」という強い自負心、さらには「スマホすら不要とするIoT決済や顔認証決済に本格的にシフトしていこう」とする気概も感じました。

キャッシュレスの先にある世界

 2018年は、楽天ペイやLINEペイ、またソフトバンク・ヤフー連合によるペイペイなど、モバイルによる現金を使わない決済サービスが注目され、「キャッシュレス元年」とも言われました。ですが、キャッシュレスという潮流にも「この先」があるのです。今回紹介したアリババパークが、それを端的に表しています。

 アリババは、アリペイというキャッシュレスの手段とともにリアル店舗でも経済圏を拡大。支払いのキャッシュレス化が、他のサービスの拡大において大きな武器になっています。それは、キャッシュレスがリアル店舗のデジタル化の入り口にもなっているからです。今後もアリババは、中国から、広義の中華圏、さらにはアジア諸国へと金融と小売事業を拡大させていくことが予想されます。

 キャッシュレス化には重要な潮流があります。それは、無人・自動化とシェアリング・サービス化です。キャッシュレス化によって無人・自動化が促進されています。またキャッシュレス化によりシェアリング・サービス化が促進されています。

 そもそもキャッシュレスを前提としない限りは、無人・自動化は困難。そして自転車シェアリングも自動車シェアリングもスマホでのキャッシュレス決済を大きな原動力として発展してきました。

 私は、キャッシュレス化によって実現する社会の自動化やサービス及びシェアリング化がより重要であると思っています。都心部においては渋滞や混雑の緩和、そして過疎地においては構造的な人手不足への対応となるのが、キャッシュレス化×自動化×サービス及びシェアリング化なのです。だからこそ、私たちは中国の進化から目を背けるのではなく、きちんとそこに目を向け、対峙していくことが重要です。

アリババ本社。「中国のシリコンバレー」から世界の覇権を狙う

 もちろん日本においては、アリババパークで見たような全てを顔認証で済ませるような世界を望むべきなのかは大いに意見が分かれることでしょう。私自身も、「もう一度、このAIホテルに泊まりたいか?」と聞かれたら、やはり普通にスタッフが応対してくれるホテルを望みます。

 中国の監視社会についても大いに疑問に思っています。それでも、日本でもキャッシュレスが大きな話題となっているなかで、「キャッシュレスの先にあるもの」を見据えた展開、そして日本独自の価値観でそれを進めていくことが求められているのです。

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