2月25日、原油市場に「原油版トランプバズーカ」が炸裂(さくれつ)しました。

 原油高やOPEC(石油輸出国機構)をけん制するトランプ米大統領のツイートや発言は、2018年4月ごろから原油市場に大きな影響を与える傾向にあります。かつて黒田東彦・日銀総裁が実施した大規模金融緩和策やその発言が市場に影響し、「黒田バズーカ」と称されたことにならい、「原油版トランプバズーカ」と筆者が名付けました。

 今回は、過去のトランプ大統領のツイートのタイミングや内容を踏まえ、2月25日に原油版トランプバズーカがなぜ放たれたのか、今後、どのようなタイミングで放たれる可能性があるのかなどについて考えます。

図1:WTI原油先物の推移(期近、15分足、終値)

単位:ドル/バレル
出所:CME(シカゴ・マーカンタイル取引所)のデータより筆者作成

 

約80日ぶりに原油市場を下落させたトランプバズーカ

 以下は、2019年2月25日にトランプ氏がツイートした、原油高、OPECをけん制するツイートです。

ーーOil prices getting too high. OPEC, please relax and take it easy. World cannot take a price hike - fragile!

「原油価格は非常に高くなってきている。OPECよ、どうかリラックスして気を楽にしてくれ。世界はもろく、価格の上昇を受け入れることはできないのだよ!」(筆者訳)

 トランプ氏の原油相場に関するツイートは2018年4月20日以降、複数回にわたり、ツイートの度、一時的ではあるにせよ原油相場は下落する傾向にあります。

 この種のツイートの意味を考えるため、大統領就任前からのトランプ氏のツイートに着目しました。トランプ氏は、2017年1月の大統領就任前からツイッターを利用しています。筆者の調べでは、アカウント登録はおよそ10年前の2009年3月18日で、2019年3月4日0時時点(日本時間)で4万750回、ツイートをしています。このおよそ10年間、1日あたりのツイート数は11.2回、直近の2019年1月は同11.7回、2月は同8.8回です(リツイート含む)。

 2015年の大統領選出馬前、トランプ氏は不動産王、テレビのドキュメンタリー番組のホスト役でありながら、原油価格や原油価格に連動するガソリン価格、OPEC、そして米国のエネルギー政策などについても、ツイッターで持論を展開してきました。

 大統領就任前のツイートの内容は、過去から今後の原油市場を取り巻く環境を考える上で、重要なヒントがあると考えられます。

 以下の資料は、トランプ氏の大統領就任前の原油および米国国内のガソリン価格、OPEC、エネルギー政策に関わるツイートから、筆者が重要と考えた内容の抜粋です。

原油価格について

(1)(86ドル?原油に)そんな価値はない。30ドルだ(2011年10月21日)。

ーーWhy is crude oil priced at $86/Barrel? OPEC is ripping us off. Not worth $30/Barrel. America needs new leaders.

(2)もし我々が掘削すれば25ドルだろう(2012年9月19日)。

ーーOil would be $25 a barrel if our government would let us drill. Our country would be rich again--who needs OPEC.

 

米国内のガソリン価格について

(3)(ガソリン価格の上昇は)全ての米国人に税金を課すことだ(2012年3月16日)。

ーーRising gas prices are causing a steep rise in consumer prices and will slow any future economic growth. It is a tax on all Americans.

(4)次の選挙の争点は雇用とガソリン価格だろう(2012年3月12日)。

ーーSeems to be the next election must be about jobs and gas prices--not birth control.

 

米国のエネルギー産業について

(5)フラッキング(シェールの採取技術)は、アメリカをエネルギー分野での独立に導くだろう(2012年5月3日付)。

ーーFracking will lead to American energy independence. With price of natural gas continuing to drop, we can be at a tremendous advantage.

(6)米国は独自の資源でエネルギー分野において独立しなければならない(2012年4月6日)

ーー$6 gas is coming sooner than later. America must become energy independent with our own resources and fast.Also.

 

OPECについて

(7)我々は本気で原油価格を下げるよう、OPECに圧力をかけなければならない(2012年5月9日)。

ーーGas prices are still too high. We really need to pressure OPEC to lower the price of oil.

 まとめれば、「米国内のガソリン価格の上昇は増税のようであり、その原因の原油価格の上昇を、OPECが先導している。米国国内では新しい技術が開発され、エネルギー分野で独立できる可能性が生じている。米国が自国で原油を採掘すれば、原油価格は30ドル程度となるだろう」となります。

 また、2012年の米大統領選挙にあたり、トランプ氏は前年の世論調査で共和党の候補として2位の支持率(1位はロムニー氏)を獲得したものの、同年2月に共和党大統領候補としてロムニーを支持するとし、5月に不出馬を表明。ちょうどこのころに、(4)のツイートをし、「ガソリン価格が高い背景にOPECの動向があり、その高いガソリン価格が増税のように、いかに米国民にのしかかっているか」を問題視していました。このことから、トランプ氏が次回の2016年米大統領選挙に出馬すべく意欲を燃やしていたことが、うかがえます。

 つまり、増税のようなガソリン高をもたらすOPECを敵とし、それに対抗する姿勢を材料にして票集めをするという構図があったわけです。トランプ大統領の「原油高・OPECけん制」は、就任前から一貫して継続していると言えます。

 ところでなぜ、トランプ氏はここまでOPECを批判するのでしょうか。

 トランプ大統領が一貫して掲げている原油高・OPEC批判、特にOPEC批判の裏には、「かつての素晴らしい米国経済に戻るため(make America great again米国を再び偉大な国にしよう)には、OPECの力が弱まってほしい」と考えている可能性があります。

 そのトランプ氏がOPECを批判し続けてきた理由に、1960年代前半に起きたOPECの勢力拡大が挙げられると考えています。

 トランプ氏は太平洋戦争終戦の翌年生まれの72歳(2019年時点)です。1980年代、トランプ氏はレーガン政権下の景気回復時に成功を収めるなど、米国経済が世界経済をけん引するさまを第一線で見つめてきたと言えます。

 そのトランプ氏は、世界で初めて商業化に成功してメジャー(国際石油資本)の一翼を担う企業が育った米国が、原油生産量でサウジアラビアに追い抜かれていく過程を見せつけられました。トランプ氏が30歳のころです。

 図2は、主要な3つの産油国の原油生産量と、トランプ大統領の年齢を示したものです、

図2:主要3産油国の原油生産量とトランプ大統領の年齢

出所:OPECのデータおよび各種資料より筆者作成

 若かりし頃のトランプ氏は、米国などのメジャーがOPECに価格決定権を奪われる中、米国の原油生産量がどんどん減少していく様子に注目していた可能性があります。米国国内の石油産業が他の産油国に押されながら、「いつかはかつての姿を」という気持ちが「make America great again」の一部分となった可能性は否定できません。

 米国国内の自動車、鉄鋼、石炭などの伝統的産業に火をつけ、米国内の雇用、賃金、税収等を拡大させることを進めてきたトランプ大統領の方針の中には、石油産業の再興という命題があり、それがOPECへの対抗心を芽生えさせた可能性があると筆者は考えています。

我々の新しいエネルギー政策は数百万の雇用を創出する(2017年6月29日)。
ーーOur new American Energy Policy will unlock MILLIONS of jobs & TRILLIONS in wealth. We are on the cusp of a true energy REVOLUTION.  

 このツイートも原油や石炭などの従来型のエネルギー産業が、雇用を創出するとしています。

 

原油市場の58ドル到達をけん制する今回のトランプバズーカ

 今回のトランプバズーカは、なぜ2月25日だったのでしょうか。この点を考える上で、2018年11月20日のトランプ氏のツイートに注目します。

54ドルまで下がって好ましい!かつては82ドルだった(2018年11月20日)。

ーーOil prices getting lower. Great! Like a big Tax Cut for America and the World. 
Enjoy! $54, was just $82. Thank you to Saudi Arabia, but let’s go lower!

 これはトランプ氏が大統領に就任後初の原油価格について言及したツイートです。この82ドルとは、どのような値位置なのでしょうか。

 この「82ドル」は、以下の図の通り、過去12カ月平均ベースで見て、リーマン・ショック直前直後につけた高値(107ドル)と安値(58ドル)のちょうど中間に当たります。

図3:WTI原油価格の過去12カ月平均と実価格 

単位:ドル/バレル 
出所:CMEのデータより筆者作成

 この82ドルを「かつての高値」と感じているとすれば、この82ドルを中心とした58~107ドルの価格帯そのものを高いと感じている可能性が出てきます。

 原油価格は年初から上昇し、先日の原油高とOPECをけん制するツイートがなされた2月25日は急落する直前まで57ドル台後半で推移していました。

 原油価格が、トランプ氏が高いと感じると想定されるレンジの下限(58ドル)に差し掛かりつつあったため、ツイートがなされたと可能性があります。

図4:WTI原油価格の過去12カ月平均と実価格

単位:ドル/バレル
出所:CMEのデータより筆者作成

 

原油市場がトランプ氏を意識している以上、今後もトランプバズーカは市場を動かす

 3月4日現在も12カ月平均ベースで58ドルを上回る状態が続いています。このため、引き続き、トランプ氏による原油高・OPECをけん制するツイート(トランプバズーカ)が放たれる可能性があるとみています。

 仮に、実価格が上昇し、58ドルを超えた状態が継続すれば、12カ月平均価格が58ドルを割り込む時期が遠のくことになります。さらなるトランプバズーカが回避されるためには、実価格ができるだけ58ドルを超えない状態で推移することが望まれます。

 2月25日のツイートについて、いままでのツイートと異なる点を挙げるとすると、OPECに対し、筆者が確認した中で初めて「Please」を使いました。

 例えば、以下のとおり、2018年は命令口調のツイートが目立ちました。

今すぐ価格を下げろ!(2018年7月4日)

ーーThe OPEC Monopoly must remember that gas prices are up & they are doing little to help. If anything, they are driving prices higher as the United States defends many of their members for very little $’s. This must be a two way street. REDUCE PRICING NOW!

世界は、高い原油価格を見たくないし必要としていない!(2018年12月5日)
ーーHopefully OPEC will be keeping oil flows as is, not restricted. The World does not want to see, or need, higher oil prices!

しかし、2019年2月25日のツイートは次のとおりでした。

どうかリラックスしてください(2019年2月25日)

ーーOil prices getting too high. OPEC, please relax and take it easy. World cannot take a price hike - fragile!

 この文言があったことで、今回のツイートによるけん制力は、さほど強くない、むしろやや弱い印象を与えるものとなったと言えます。

 ただ、トランプ氏が「Please」を使った裏には、今後さらに原油価格が上昇した場合、さらに強いけん制が行われる余地があると言えます。

 今後、原油価格が、明確な上昇傾向を示したり、産油国の会合で原油高を発生させる施策が決まりそうになったりした場合、けん制のツイートが増える可能性があります。

 状況によっては、2018年のような強い口調でのけん制も想定されます。

 特に4月17~18日にOPEC総会、OPEC・非OPEC閣僚会議があり、このような会合前に強い口調のツイートが増える可能性がある点に注意が必要です。

 いずれにせよ、およそ80日ぶりになされたツイートによって、原油価格が大きく動いたことは、原油市場が2018年同様、トランプ氏を原油市場の直接的な変動要因とみなしていることが明らかになったといえます。

 たった数十文字のつぶやきに一喜一憂する原油市場は、まるでトランプ氏へ畏怖(いふ)の念を抱いているかのようです。

 82ドルというトランプ氏の過去のつぶやきを参照し、過去12カ月平均価格に着目すること、そしてトランプ氏が高いと感じると推計されるレンジの下限58ドル、ここに原油価格が差し掛かるとツイートがなされる、という推測は、あくまで筆者の考えの域を超えません。

 しかし、原油市場がトランプ氏のけん制(トランプバズーカ)を強く意識している以上、やはり、次のけん制時も今回同様、一時的に動揺する可能性があり、この点についてあらかじめ警戒をする意味で、58ドルという水準を意識する必要があると考えています。