パウエル・プットの舞台裏

 昨日1月30日のFOMC(米連邦公開市場委員会)は、「若干の漸進的な利上げが正当化される」との文言を削除し、今後は利上げを棚上げすることを匂わせた。また、「バランスシートの規模や構成内容を変更することを含めて、全ての緩和手段を講じる用意がある」としており、バランスシートの縮小停止や再拡大もあり得るというハト派への大方向転換だ。

「FRB(米連邦準備制度理事会)は株を見て金融政策をやっている」ことが見え見えとなり、ポリシーのなさが露呈してしまったが、この株価PKO(プライス・キーピング・オペレーション)は、昨年12月23日のムニューシン財務長官の電話報道から始まっているのである。

 ムニューシン財務長官は、12月23日にBank of America、Citi、Goldman Sachs、JP Morgan Chase、Morgan Stanley、Wells Fargoの最高経営責任者に電話をかけた。そして、<大統領の金融市場作業部会>を招集した。これは、リーマンショック(金融危機)時の2009年以来の招集である。

 金融市場作業部会はレーガン大統領が1987年の大幅株安を受けて設立した組織で、株価のPKO部隊である。金融当局者間の情報共有を踏まえ、当局の対応を市場に伝えて混乱を沈静化する役割がある。金融市場作業部会の要請を受けた米国の大手年金基金は、年末の数日間に640億ドルの資金を債券から株式に移した。これで株価は急騰した。

 ムニューシン財務長官の電話報道から当局が動くのではないかという観測が出ていたが、案の定、2018年12月26日のNYダウは爆上げとなった。上げ幅が1,086ドル高となり、1日の上げ幅としては過去最大である。ブルームバーグやゼロヘッジの報道で、12月26日のNYダウの史上最大の上げ幅1,086ドル高は、日本円にして6.6兆円を投下した年金PKOだったことが判明している。これはPPT(金融市場に関するワーキンググループ)による年金を使った株価操作ではないかとの観測が出ている。

NYダウ(日足)

 レンジブレイクの売買シグナルとトレーリングストップライン(蛍光緑・紫)と大統領の金融市場作業部会の動き

買いシグナル(緑の↑)・売りシグナル(赤の↓) 買いポジションの損切りライン(赤)・売りポジションの損切りライン(青)・トレーリングストップライン(緑)
出所:石原順

 

FRBに利上げ休止をアドバイスした著名ファンドマネージャーはレイ・ダリオか!?

 金融市場作業部会は、誰もが知っている大手ヘッジファンドの運用者(名前は明かされていない)に対し、「株価を反騰させて市場を安定させるにはどうしたら良いか」を尋ねたという。この“誰もが知っている大手ヘッジファンドの運用者”は、世界最大のヘッジファンドである<ブリッジ・ウォーター・アソシエイツ>の創業者レイ・ダリオではないかと噂されている。

 レイ・ダリオは経済のファンダメンタルズを指標化し、コンピュータの分析によって運用をおこなうという独自の運用スタイルで有名である。レイ・ダリオの分析レポートや発言は金融当局者からも常に注目されておりFRBの政策にも大きな影響を与えている。以前にも紹介したが、レイ・ダリオが作成した「30分で判る 経済の仕組み Ray Dalio」は、投資家にとって必見の動画である。

 レイ・ダリオ以前から「FRBの利上げペースが速過ぎる場合、1937年と同じような相場の大幅下落を引き起こすリスクがある」と警告している。

 FF 金利の先物とドットチャートが乖離し、市場の見方と金融当局の見通しにギャップがある中、レイ・ダリオは FRB に対し「金利を上げるな」ということをアドバイスしたとみられている。リーマンショックが起こる前、レイ・ダリオは FRB に「このままでは市場が崩壊する」と警告をしに行った。しかし当時は FRB に門前払いをされてしまった。仕方なく、レイ・ダリオはリーマンショック前にNY タイムズに危機を警告する寄稿を行った。その後、レイ・ダリオの指摘通りリーマンショックで市場は大暴落することなるわけだが、今回は FRBの方から意見を聞きに行ったようだ。

 レイ・ダリオがスイスで開かれている世界経済フォーラム(ダボス会議)のパネルディスカッションに登壇し、長期化する米中貿易戦争がビジネスと消費者の心理を悪化させている中、世界的な経済の減速に対する懸念が高まっているとし、以下のように発言した。

”The next economic downturn is what scares me the most.”
(私がもっとも恐れているのは次の経済減速である)

"These types of political issues are now very connected to economic issues, so I think that's the character of the environment that we are in." 
(現在起きているような政治的課題は強く経済に結びついている。それが我々の今いる環境の特徴なのだろう)

 これに先立つインタビューでは次の警告も発した。

"significant risk" of a U.S. recession in 2020. "
(米国経済は2020年に景気後退に入る明らかなリスクがあると警告した)

 FOMC の委員の多くがタカ派からハト派へといとも簡単に宗旨替えする等、ガラッと雰囲気が変わったのは、金融作業部会の政治的圧力とレイ・ダリオのアドバイスがあったからだろう。 

 レイ・ダリオは今の世界状況が 1937 年と似ていると発言しているが、次のチャートはロバート・プレクターによる「1936 年から 1938 年の NY ダウの波動カウント」である。1929年の大恐慌を経て米国政府は金融緩和や財政刺激(ニューディール政策)を含め様々な策をうって経済を支え、1937 年に利上げを始めたが、FRBの利上げによってNYダウは高値から下落し半値まで落ちてしまったのである。相場の急落の背景には常に FRB の金融政策の失敗がつきまとっている。 

1936 年から 1938 年の NY ダウの波動カウント 

 何度でも同じことは繰り返される?1937年は金融緩和の環境で米国経済が回復、FRBは利上げに動いたのだが…

出所:エリオットウェーブインターナショナル

 

 いずれにせよ、大統領の金融市場作業部会というトランプ政権の圧力によって相場が維持されているというのが、現在の米国株式市場の姿である。

 米国だけではない。中国も景気対策に動いており、減税が1兆5,000億元(約24兆円)前後、インフラ投資が1兆1,600億元(約19兆円)に及び、金融緩和も進めている。今後は、「日本の真似をして中央銀行が株を買うのではないか…」との観測も根強い。

上海総合指数(月足)

出所:石原順

 

パウエル・プットの落とし穴

 FRBはもう<パウエル・プット>でバブル崩壊を救済できないと思われる。それは、米著名投資家のドラッケンミラーが言っているように、FRBはリーマンショックを引き起こす原因となったものをその3倍にも拡大してしまったからだ。

連邦準備銀行の総資産 4兆1,000億ドル

出所:セントルイス連銀

米国の連邦債務(対GDP比)

出所:セントルイス連銀

 

 現在のバブルがまだ延命するという見方は多い。だが、1987~1989 年の日本のバブル、1990 年代前半の新興国(ジャンク債)バブル、1995~2000 年のIT バブル、2000~2007年のサブプライム住宅バブルの崩壊などを経験している投資家ならわかると思うが、いったん相場が崩れてしまえば、<利下げでは株の下落が止まらない>ことを思い出すべきであろう。

 下のチャートは1998年からの米FF金利とNYダウの推移である。相場がいったん崩れてしまえば、FRBの政策は後手に回るビハインド・ザ・カーブとなり、もっと利下げしろという催促相場に見舞われるのだ。

米FF金利とNYダウの推移(1998年~2019年)

出所:石原順

 

 上がりすぎた相場は下がり、下がりすぎた相場は上がる。株式市場の調整は利下げによって止まるものではない。株価が適正か割安な水準まで下がらないと止まらないのである。

バフェット指標 100を超えると株式市場は割高

 昨日のFOMCで「FRBは株を見て金融政策をやっている」ことが見え見えとなり、ポリシーのなさが露呈してしまった。パウエルFRBは信任の低下から、今後は利下げ催促相場と向き合わなくてはならなくなった。

 米国の利上げ停止はドル安につながりインフレになってしまう可能性がある。現在の中央銀行バブルの終わりはインフレだ。トランプの異常な財政刺激と貿易戦争の影響でインフレ(スタグフレーション)になる可能性は否定できない。インフレになったら、FRBは利下げもQE4(第4弾量的緩和)もできない。

「赤字拡大と金利上昇とドル安の組み合わせは危険なカクテルで1987年のブラックマンデー環境をほうふつさせる」と新債券の帝王ジェフリー・ガンドラックはかねてより述べている。現在、米国では<赤字拡大>と<金利上昇>局面が継続しており、これに<ドル安>が加わるとインフレ圧力がかかって、<ブラックマンデー2.0>の環境が出来上がる。

 米国株は年金PKOをきっかけに上昇が続いているが、この上昇はあくまで急落の後の自律反発相場に過ぎない。ファンダメンタル的には米中の貿易戦争のことも英国のブレグジットのことも3月にならないと答えは出てこない。現在は執行猶予期間中の楽観相場なのだ。

 近年の株は7年から10年に一度暴落するという循環を繰り返していることだ。米国株も上げの10年目。そう遠くない将来に株式市場の暴落や長期的な買い場が到来するだろう。株は暴落した時に買う長期運用の商品である。

 

ここからのドル/円相場見通し

 利上げ棚上げとバランスシートの縮小を修正する用意があるというFOMCの声明文を受けて、ドル/円は108円台に下落、ユーロ/ドルが1.15台に上昇するなどドルは全面安の展開となっている。

 短期売買の順張りシグナルも逆張りシグナルもドル/円はドル売りシグナルが点灯している。

ドル/円(日足)レンジブレイクの短期売買順張りシグナル

買いシグナル(緑の↑)・売りシグナル(赤の↓) 買いポジションの損切りライン(赤)・売りポジションの損切りライン(青)・トレーリングストップライン(緑)
出所:石原順

ドル/円(日足) ストキャスティクスの逆張りシグナル

出所:楽天MT4・石原順インジケーター

 

 株高とドル全面安の影響でクロス円がしっかりしており、ドル/円の円高相場に迫力は感じられない。ここからは日足ベースでドル/円の売りトレンドが発生するかどうかを見極めたい。

ドル/円(日足) 標準偏差ボラティリティトレードモデル

出所:楽天MT4・石原順インジケーター