相場変動要因化する世界リスク

 前回のコラムでは2019年の重要イベント日程を取り上げましたが、今回は、2019年の世界10大リスクを取り上げます。

 これら二つの項目は、毎年、年初めにこのコラムで取り上げています。なぜなら、政治や経済の重要イベントの日程、そして現在の政治や経済環境に影響を与える可能性があるリスクを押さえておくことは、今後のシナリオを想定する際に、リスクシナリオとして準備できるからです。

 2018年の相場は、前半は北朝鮮リスクが、後半は米中貿易摩擦が影響を与えました。

 米中貿易摩擦は当初、米国の対中国赤字が経済問題として問題視されていました。しかし、10月のペンス米副大統領が演説で、「米中問題は技術覇権の争い」と言い切ったことから政治問題化したのです。これは短期間で解決できる問題ではなく、数年にわたる長引く問題となりそうです。

 このように2019年も地政学リスクや政治リスクが相場を動かす要因となり、その比重がますます大きくなることが予想されるため、政治要因は常に押さえておく必要があります。

 このコラムでは、マーケットで最も注目されている、政治リスクを専門とするユーラシア・グループ(※)が毎年公表する「世界10大リスク」を、今回紹介します。これはマーケットを動かす可能性のある世界各国・地域の政治リスクを「世界の10大リスク」として、毎年年初に発表されます。この情報レポートは有料ですが、数日後には新聞やネットで概要が公開され、また、テレビのニュースでも特集されるため、これらを目にすることができます。

※ユーラシア・グループ:1998年に設立された米国の会社で世界最大規模の政治リスク専門コンサルティング会社。マーケットを動かす可能性のある世界各国・地域の政治リスクを分析し、機関投資家や多国籍企業にアドバイスしている。社長のイアン・ブレマー氏は国際政治学者で、2011年に既に「Gゼロ」の時代が来ると指摘したことで一躍有名になった。「Gゼロ」とは、世界を動かすのはG7(先進国の7カ国グループ〈日米英独仏伊加〉でもなく、G2(米中)でもなく、Gゼロ、つまり「リーダーなき世界」を意味する。 

 

2018年のリスク内容とどう変わったか

 今回は「2019年の世界10大リスク」を、参考までに「2018年の世界10大リスク」と比べてみます。2018年のリスクと比較することで、リスクが内在する地域や国、それらを含めたグローバル・リスクの変化や比重を読み取ることができます。

 

 2018年のレポートを振り返ってみますと、1番目のリスクとして中国の影響力拡大を予想し、3番目のリスクでは「世界的なテクノロジーの冷戦」として掲げています。このことは、中国が軍事力の増強やテクノロジーの覇権を目指し、米国との間で軋轢(あつれき)が高まるリスクを的中させました。

 また、イアン・ブレマー氏は、インタビューの中で「2018年はユーラシア・グループを創業してから過去20年間で最も危険な年だ」と述べていました。その背景として、米国の国際社会への影響力が後退し、国際秩序が緩む中で、中国を筆頭にロシア、イラン、トルコなどが勢力拡大に蠢(うごめ)き始めており、北朝鮮やシリア問題などが深刻な国際紛争に発展する可能性があるからだと説明しました。結果は深刻な国際紛争には発展しませんでしたが、問題は解決しておらず、米露、米中、欧米、欧州内、中東内など主要な国々の関係は全て崩れ、主要各国の関係はどんどん悪化している状況となっています。
 

「悪い種」に備えがない2019年

 2019年はどうでしょうか。2019年最大のリスクは、「悪い種」という珍しく抽象的な表現を使い、欧米政治の混乱やポピュリズムの台頭、主要国の同盟の弱体化などに言及し、さまざまな兆候があるのに次に来る危機へのリスクに備えができていないことを指摘しています。

 イアン・ブレマー氏はインタビューでも、「トランプ政権の統治機能低下や同盟関係の弱体化などが世界に重大な結果をもたらしかねない。これだけ『悪い種』を植え付けたら、いくつかの種は芽を出し成長するだろう」と指摘。「次の危機が何かはわからないが、我々の危機対処能力が大幅に低下したので危機は深刻なものになりかねない。2019年はそれが重大な問題となる」と警鐘を鳴らしています。どうやら2019年は、「過去20年で最も危険な年」と指摘した2018年よりも悲観的な状況とみているようです。「今後数年で世界の地政学的な危険が顕在化するだろう」と警告しています。

 

米国の内政問題

 イアン・ブレマー氏は5番目のリスクについて「米国の内政」を挙げました。それについて同氏は「私の人生で初めて『米国の内政』が世界のリスクだと認めざるを得ない」と発言。

「これまで、米国の国内問題が国際政治のリスクだと考えたことはなかった。しかし、ロシア疑惑などを巡るトランプ米大統領の反撃などによって、米国という超大国の国内で混乱が起きることによる世界的影響は無視できないからだ」と、リスクの上位に加えた理由を説明しています。与野党が互いに譲らず、政府機関の閉鎖が長引き、じわじわと米経済に影響を与えてきていることがそのことを物語っています。

米中対立と北朝鮮

 北朝鮮のリスクについては10大リスクに入っていませんが、2回目の米朝首脳会談の開催については「トランプ大統領は北朝鮮が非核化に前向きな動きを見せなくても会談したいと思っているだろう。政治的なショーになる可能性があり、北朝鮮に核放棄の意思があるとは思えない」として、非核化の進展に悲観的な見方を示しています。さらに「北朝鮮は明らかに時間稼ぎをしており、トランプ大統領が再選されない可能性も計算している」と分析しています。

 米中対立については、さらに興味深い分析をしています。

「米中の対立では、少なくとも通商問題ではトランプ氏と習近平国家主席との間で何らかの合意ができるだろう。トランプ氏は習氏を名指しで批判することは避けており、中国側も米国との融和を演出する余地がありそうだ」と、通商問題についてはやや楽観的な見方をしているようです。しかし、「対立は、次世代通信規格「5G(第5世代移動通信システム)」を巡る主導権争いから安全保障に至るまで多岐にわたっており、今年に限れば、中国側はトランプ氏に花を持たせるだろうが、問題解決にはならない。米中関係は悪化の一途だ」と厳しい見方を示しています。

 為替市場の今年の最大注目点は、米国の利上げペースの動向であるのは間違いありません。しかし、政治要因は経済要因を吹っ飛ばすほどのインパクトが発生することがあります。

 

ブレグジットはリスクではないのか

 イアン・ブレマー氏は「英国のEU(欧州連合)離脱=ブレグジット」を10大リスクに含めていません。すでにリスクとして織り込まれているからかもしれませんが、この問題はポンド相場を何回も乱高下させています。そこに経済要因は全く関与していません。1月15日、EU離脱合意案が英国議会で、大差で否決されました。しかし、ポンドは上昇しました。なぜなら、直前に否決を予想してすでに売られていたからです。

 年々、政治要因の非常が高まってきていることから、今年も政治リスク、地政学リスクがもたらすリスクシナリオを念頭に置き、経済環境とは別の大きな流れの中でも為替の動きを見ていく必要があります。そこに、ポンドで見られたような為替特有の動き、すなわち「事実が発表されれば悪い話でも、事前の織り込み度合いによっては逆に動く」という特有の動きを加えて為替の動きを見ていく必要があります。

 なかなか難しいことですが、為替の想定シナリオとはそういうものだということが、今回のポンドの動きで改めて思い知らされたのです。