今回は、あの個人向け国債変動金利型10年満期(通称「個人向け国債(変動10)」)にかかわる、「怖い話」をご紹介したい。しかし、あの安全で無難なすばらしい運用商品のどこが怖いのだろうか。

某大手証券、某支店…

 ある大手証券会社の、全国でも有数の大きさの支店でアルバイトした女性から聞いた話である。違法行為ではないし、特定の会社の営業を妨害する意図はないので、実名は挙げないが、誰でも知っている証券会社の、大きな都市にある支店での実話だ。

 ちなみに、この支店の朝のミーティングでは、「多くの人は、預金にお金を置くことの不利益を知らずに、銀行にお金を置いたままにしている。我々の努力で、こうした人々を救おうではないか」といった主旨の声掛けがあって、これに営業マンたちが共感して応じるのだという。

 一方、銀行でも、「貯蓄から、投資へ」などといった掛け声のもとに、顧客に対して、販売手数料が2〜3%あって、信託報酬が1.5%前後あるような、「手数料を聞いただけで100%ダメだ」と思うような投資信託を売っている(少なくとも筆者はそう思っているし、金融論的に正しい意見だ)。

 彼女は、件の支店で事務のアルバイトをしながら、彼女の席の近くで行われているミーティングの様子を聞いて、「どっちも、どっちなのに、よく言うよ」と思いながら、いささかウンザリしていたのだという。

 その彼女に、「ヤマザキさん、聞いてください。個人向け国債を使った、怖い営業手法があるのですが、ご存知ですか?」と言われたときに、正直に言って、筆者は何が「怖い」のかサッパリわからなかった。

 

個人向け国債自体はすばらしい

 ご存知のように、筆者は、個人向け国債の特に変動金利型満期10年:通称「個人向け国債(変動10)」を、現在、個人が日本円ベースでリスクを取らない運用をしたい場合に、大変いい運用対象だと思っている。

 理由は3つある。まず

1)個人向け国債は信用リスク面で銀行預金よりも安全だ

 特に、「一人、一行、1千万円」の預金保険の保護範囲を超える資金を安全に運用したい場合に、個人向け国債はすぐれた運用手段だ。

 筆者は、現在ただちに経営が危ない預金取扱機関があるとは承知していないが、何年か後に、インフレ目標が達成されて金融政策が正常化して長期金利がナチュラルな水準に形成されるようになったときに、経営が傾く金融機関は現れてもまったくおかしくない。また、現在急拡大しているアパート向けのローンの不良債権なども、金融機関にとって将来の心配要因だ。

 ちなみに、筆者は個人向け国債の販売促進のための財務省がスポンサーの広告に何度か協力したことがあるが、毎回「銀行預金よりも安全です」という言葉を添えるのだが、完成原稿では常に削除されたことを思い出す。

 財務省としては、「さすがにそこまでは言えない」という判断なのだろう。しかし、本当のことだ。

 次に、

2)個人向け国債(変動10)は長期金利の上昇局面でも元本割れしないし、利息が長期金利上昇にある程度(66%ほど)追随する

 「長期金利の上昇局面」とは、言い換えると「(長期)国債が暴落する局面」ということなのだが、「国債暴落に強い商品は、実は個人向け国債だった!」ということなのだ。

 加えて、

3)現在、商品設計上の下限利回りである0.05%(年率、税引き前)に張りついている個人向け国債(変動10)の利回りは、メガバンクの定期預金が0.01%で、長期国債の利回りがほぼゼロ%前後で推移している今の状況で、相対的に有利だ

 総合的に見て、個人向け国債(変動10)は、安全で、有利であり、つまりいい運用商品だ。たとえば、離れた場所に住んでいる、読者の親御さんのような方に「無難な運用対象」として推薦するのにピッタリだし、筆者も、北海道在住の母親にこの商品を勧めてきた。

 ただし、「個人向け国債を買おうとすると、金融機関は、もっと手数料を稼ぐことができる別の商品を勧めるので、そのセールスに決して乗らないことが大切です」と付け加えることを筆者は忘れなかった。

 そして、ここまで注意しておくなら十分だろうと思っていたのだ。

 

1年後に牙を剝く!

 先の彼女が働いていた大手証券の「手口」は以下のようなものだった。

 まず、個人向け国債(変動10)に財務省から入る手数料である0.5%以内のキャッシュ・バックを付けて、個人客向けに広くキャンペーン販売を行う。

 そして、1年経って換金(直前2回の税引き後利息を支払うと常に元本で換金できる)ができるようになるタイミングで、一斉に顧客に電話を掛けて、「個人向け国債が換金できるようになりました。ついては、…」と言って、別の商品に乗り換えるようにセールスするのだ。

 顧客が「でも、確か、換金には、利息2回分のペナルティが必要なのでしょう」と換金をしぶると、「最初のキャンペーンで、その分のお金は差し上げているではありませんか。だから、換金しても損にはなりませんよ」と言ってセールスを続けるのだという。

 そして、どうやら、これがセールス手法としてそこそこに効果的らしい。

 まず、前述のように個人向け国債(変動10)は、銀行預金に対して明確な優位性を持った商品であって、証券会社が、銀行にある顧客のお金を導入するに当たって有効な武器だ。

 加えて、解約をしぶる顧客は、「(客側が)先にお金を貰っているのだから、元本割れではありませんし、実質的に儲かっていますよ」と言われると、精神的に負い目ができて、セールスを受け入れやすい精神状態に置かれるだろう。

 「1年待たなければならない」という点が証券会社的ではないが、

(1)銀行預金に対して優位に立てる手段でお金を集めて

(2)顧客にサービスした貸しを作ってこれをセールスに生かすことができて、

(3)キャンペーンの原資は財務省から手数料で貰っている

のであるから、セールス手法としてなかなか優れている。

 ただし、もちろん、顧客がこのセールスに乗って、販売手数料と信託報酬がともに大きい毎月分配型投資信託を買ったり、ファンド・ラップ(こちらも手数料が高すぎると筆者は考える)などを契約したりすることは、まったく不適当だ。

 本稿のタイトルに「怖ろしい話」と付けたのは、そういう意味だ。

 

親御さんやご友人を救ってあげてください!

 読者ご自身は、何と言っても拙稿を読んでいるのだし、主にネット証券をご利用いただいているのだろうから、こうした「怖ろしい」対面営業の手口に引っ掛かる心配は少ないに違いない。

 筆者が主に心配しているのは、読者の親御さんや、あるいはご友人のような、「怖い話」を知らない人達のことだ。

 夏休みの帰省などで、久しぶりに彼らに会ったら、「個人向け国債を解約しないように」また「個人向け国債を1年で解約せよと勧める人を徹底的に警戒するように」お伝えいただきたい。

 ネット証券のサラリーマンである筆者の立場としては、「対面営業にさらされずに済むので、ぜひ、ネット証券を利用するように伝えてください」というところまでお願いしたいところだが、そこまでの我田引水はするまい。「気を付けるように!」とお伝えいただいたら、それで十分だ。

 ところで、振り返ってみると、筆者は、昨年あたりから、対面営業の証券会社が個人向け国債のキャッシュ・バック・キャンペーンを行っていることに気づいていた。たとえば、対面証券を利用している田舎(北海道)の母親が、「○○証券が、個人向け国債を買ったらいくらか現金をくれるキャンペーンをやっているので、今買うといいって勧めるのだけれども、どうなんだい?」と電話を掛けてくることが何度かあった。

 このときには、漠然と「キャンペーンをやってでも、彼らは預かり資産残高を増やしたいのだな」としか思っていなかったが、ただでさえ手数料の安い個人向け国債を売るだけで、対面型営業のセールスマンが満足すると考えていたのは、何とも考えが浅かった。「ビジネスで不思議なことには必ず裏に理由がある」という原則を踏まえて、もっと深く考えてみるべきだった。

 母は、さすがに私の母なので、個人向け国債からの転換営業に引っ掛かる心配はないと思う。しかし、注意を怠ってはいけない。売ろうとする側も、必死なのだから。

 お金の運用にあって最も警戒すべきリスクは、「マーケットのリスク」よりも「人間のリスク」なのだとつくづく思う。