ドル円は、年初にトランプ大統領誕生への期待から118円台に乗せましたが、この水準を維持できませんでした。FRBの利上げ慎重姿勢や新政権の政策期待と現実の壁のギャップから、115円以下に下落し、その後は111円から115円のレンジ内で行き来しています。FRBの利上げ姿勢については、2月後半からFRB理事達の利上げ示唆発言が目立ち始め、マーケットの織り込み度合いは90%を超える程一気に盛り上がりました。しかし、ドル円は115円を抜け切れず、10日の米雇用時計、3月15日のFOMC、オランダの選挙、米国債務上限期限と目白押しの重要要因を待っている状況です。

このように次の新たなレンジを模索している時に、相場水準のポイントとして参考のひとつになるのが企業の採算レートや想定為替レートです。採算レートについては、内閣府が年に一回企業にアンケート調査を行っています。想定為替レートは、日銀が四半期毎に日銀短観の中で調査しています。直近の輸出企業の採算レートは100.50円、日銀短観の想定為替レートは2016年度下期103.36円となっています。

内閣府は毎年1月に東京、名古屋の証券取引所第一部及び第二部に上場する全企業の2,586社(平成28年11月1日現在)に対して、「企業行動に関するアンケート調査」を行っています。このアンケート調査は、企業が今後の景気や業界需要の動向、ドル円の採算レート、設備投資などをどのように見通しているかなどについて行なわれます。今年は2月28日に公表されました。全2,586社の内、回答者数は1,168社(製造業566社、非製造業602社)、回答率45.2%となっています。全上場企業が対象であり、回答社数も1000社を超えていることから参考になるアンケートと言えます。

このアンケート調査による2016年度の輸出企業の採算レートは100.50円となっています。「採算レート」とは、輸出企業に対して採算がとれるドル円の水準のことです。つまり、輸出企業が海外に輸出した場合に、事業の採算に乗る為替水準のことです。損益分岐点となるこの採算レートより円安水準ならば利益が確保できるが、円高ならば利益が出ない水準のこととなります。2016年度の採算レートは前年度調査(103.2円/ドル)から2.7円の円高の水準で、5年ぶりの円高方向となっています。円高によって原油などの輸入資源が下落し、事業コストが減ったことが背景のようです

調査は同時に1年後の予想円レートも聞いています。1年後の予想円レート113.10円となっています。現在の水準とほとんど変わらない水準です。しかし、採算レートと比べると12.60円の開きがあります。輸出企業にとっては企業の採算が割れる水準(赤字になる水準)まではかなりのゆとりがあると言えます。現在はこのように10円の円高になっても利益が生み出せる収益構造となっていますが、ドル円の80円台、90円台の時代は採算割れが続くなど、やはり企業にとって厳しい環境だったということが下表でわかります。

下表によると2008年から2012年度までは、調査直前の12月のレートと翌年1月調査の採算レートとの開きがマイナスになっていることがわかります。マイナスは赤字ということになります。その後はアベノミクスによって円安となったため、その開きはプラスとなり拡大しましたが、2014年度をピークに今度はその開きが縮小し始めているのが現在の状況です。10円ほどの開きは、相場が動けば1週間ほどで埋まるため、まだ安心はできますが警戒準備をしておいた方がよいかもしれません。

内閣府の「企業行動に関するアンケート調査」による採算レートの推移

調査年度 採算レート(A) 1年後の
予想レート(C)
調査直前の
レート(B)
1年後予想-
採算レート
(C)-(A)
直前-採算レート
(B)-(A)
2006 106.6 115.5 117.3 8.9 10.7
2007 104.7 111 112.3 6.3 7.6
2008 97.3 97 90.4 -0.3 -6.9
2009 92.9 95.9 89.6 3 -3.3
2010 86.3 88.4 83.4 2.1 -2.9
2011 82 80.3 77.9 -1.7 -4.1
2012 83.9 88.4 83.6 4.5 -0.3
2013 92.2 105.7 103.5 13.5 11.3
2014 99 119.5 119.4 20.5 20.4
2015 103.2 120.9 121.8 17.7 18.6
2016 100.5 113.1 116 12.6 15.5

※「調査直前のレート」は、調査前月の12月のレート(2008年は調査が2月のため1月のレート)。

日銀短観の想定為替レート

事業の損益分岐点となる採算レートとは異なり、その事業年度の予算を設定する際に決める想定為替レートという考え方があります。想定為替レートとは、輸出入企業が事業計画や年度予算設定時に前提とする為替レートのことです。現在の為替レートが想定レートと大きくかい離してくると、決算に影響が出て来ます。例えば、輸出企業の場合、想定為替レートよりも円安になれば増益要因となります。円高になれば、減益要因となります。企業の財務や経理の担当者は、決算がぶれるのを防ぐため想定為替レートを下回らないように為替ヘッジを行うことが多いようです。想定為替レートの水準前ではドル売りが強まったりすることがあります。この企業財務の行動は為替需給を動かす変動要因となるため、為替水準のチェックポイントとして想定為替レートをチェックしておく必要があります。参考になるのが、このコラムでは何回とご紹介している日銀短観の想定為替レートです。日銀が4月初、7月初、10月初、12月央と四半期毎に公表しています。

直近の2016年12月に公表された大企業製造業の想定為替レートは下表の通りです。

日銀短観の想定為替レート(2016年12月対象)

大企業・製造業 2016年度 上期 下期
2016年 6月調査 111.41 111.46 111.36
2016年 9月調査 107.92 108.44 107.42
2016年12月調査 104.90 106.52 103.36

昨年は後半になるにつれて円高が進行したため、想定為替レートも12月調査が最も円高となっています。しかし、トランプ政権誕生とともに円安が進んだため、次回の4月調査ではかなり円安に設定される可能性があります。これらは、新聞やホームページで確認することが出来ます。また、大手輸出企業については、頻繁に想定為替レートのニュースが流れてきますのでチェックしておくと役に立ちます。

例えば、トヨタは想定為替レートを昨年度の期初は1ドル=105円に設定しましたが、7月以降は1ドル=100円と円高に変更しています。しかし、今年1月以降は1ドル=110円と円安方向に置いています。想定為替レートが円安にふれて増益になるのはいいのですが、当初予算よりも大きくぶれ過ぎると、その会社への信頼度が低下することになります。従って、自動車各社は、ドル円の変動が大きく動くと、このように柔軟に替レートを変更します。そして四半期、半期の決算の数字を意識しながら為替ヘッジも迅速に動くことが多いようです。トヨタの場合、110円手前では為替ヘッジのドル売りを行ってくる可能性が高まるのではないかと留意しておく必要があります。

「年1回の内閣調査の採算レートで日本の企業の基礎体力の位置を把握し、四半期毎の日銀短観の想定為替レートで企業の為替ヘッジの行動を予測する。」相場シナリオを考える際のルーティーンワークとして追加してみてはどうでしょうか。