注目のパウエルFRB議長講演を分析

 トランプ米大統領がFRB(米連邦準備制度理事会)への利上げに不満を示している中、注目された8月24日のパウエルFRB議長のジャクソンホール講演では、タカ派路線を維持するのではないかとの見方が、直前に広がりました。

 ところが、講演では利上げペースは加速しないことを示唆。ハト派寄りとの見方が強まりました。とは言え、ほぼ確実視されている9月の利上げや、年内2回目の利上げ見通しも覆すほどのハト派的な内容ではありませんでした。

 パウエル議長の講演内容のポイントは、次のとおりです。

(1) 米経済は強い。力強い成長が続けば、さらなる段階的な利上げが適切になるだろう

(2) 物価上昇率は2%を超えて過熱するリスクは見えない

(3) 段階的な利上げによって、FOMC(米連邦公開市場委員会)が分析する中立的水準に近づいてきた

 パウエル議長は、米経済は強いため利上げは粛々と段階的に行うが、インフレ加速の兆候がないことから、中立的な水準を超えることはないことを示唆しました。

「中立的水準」とは、景気を過熱させず、冷やしもしない状態の政策金利の水準のことです。

 FOMC参加者の「長期金利見通し」では2.9%をみています。現在の政策金利は1.75~2.0%であるため、0.25%の利上げ幅だと、あと4回で2.75~3.0%となり、中立金利の2.9%に達することになります。達成時期は、3カ月ごとの利上げでは、今年の9月、12月、来年の3月、6月で4回となるため、2019年の半ばには利上げ打ち止めになります。

 マーケット参加者は、この内容を受けて、次のように理解しました。

(1)インフレの過熱感はないため、(2)FRBは利上げを加速させることはなく、これまでのペースで利上げを行い、(3)かつ、利上げ局面は終盤に入っている

 そして安心感から金融市場では長期金利は低下し、株高、ドル安になるという反応を示しました。

 パウエル議長はトランプ大統領へ忖度(そんたく)することなく、利上げは続けるものの先行きを示唆することによって金利を低下させ、株式市場に安心感を与えることに成功したことになります。

 週明けの米株式市場では活況相場が続き、NYダウは2月以来7カ月ぶりに2万6,000ドル台を回復し、S&P500は連日最高値を更新、またハイテク株の構成比率が高いナスダック総合株価指数は、初めて8,000の大台に乗せました。

 米株が活況なのはFRB政策に対する安心感からだけではないようです。

 

中間選挙をにらんだ株価動向はどうなる?

 通常、中間選挙の年の株価は、選挙前までは下落し、選挙後に上昇すると言われていましたが、既に米国のどの株式市場も、夏場に過去最高圏にあり、例年とは異なる事態となっています。

 どうやら中間選挙をにらみ、トランプ政権が公約実現のために前倒しで動き始めてきたことが株押し上げにつながっているようです。

 そして、週明けの27日には、トランプ政権はメキシコとのNAFTA(北米自由貿易協定)再交渉を巡り、2国間の大筋合意に達したと発表しました。

 このニュースは株の一段高を演出しました。トランプ大統領はこれまで、公約を実現するために相手国との駆け引きをエスカレートさせてきましたが、ここにきて事態収拾の方向に動き出し、果実を摘み取る動きに出てきたようです。

 米中貿易戦争も同じような動きが出始めているようです。報復合戦が続いていましたが、ここで中国が柔軟な姿勢を見せ始めているようです。

 米ウォールストリートジャーナル紙は、米中通商担当者が11月の米中首脳会談をめどに貿易摩擦の解消に向けた交渉計画を立てていると報じています。

 このままトランプ大統領がこれ以上、かき混ぜなければ、この要因は不透明なままで消化されていく可能性があります。

 北朝鮮問題も何ら進展が見られませんが、進展がなくても事態が逆行して悪化しなければ、この要因も中間選挙まで封印されていく可能性があります。

 

ドル動向はトランプ次第?

 ドル/円は、米長期金利が上昇しないことから大幅な円安にはならず、政治要因のリスクが後退していくことから大幅な円高にもならないという状態になっているようです。しばらくは政治要因に支えられる相場展開が続くかもしれません。この状態に変化が生じるとすれば、トランプ政権と各国とのあつれきが再び顕在化し、政治リスクが再度台頭してくるか、米国の経済、物価情勢に変化が出てくることが予想されます。

 パウエル議長は24日のジャクソンホール講演で、物価は2%を超えて過熱するリスクはないとみて、過度な引き締めを避けることを示唆しましたが、同時に「物価上昇の兆候が明らかになれば利上げを継続すればよい」とも指摘。インフレ傾向が強まれば利上げを続ける姿勢も示しています。

 講演内容はハト派的ととらえられましたが、実際はハト派寄りではなかったようです。今後、物価が高止まりし、FRBの利上げ姿勢が変化する可能性があるとマーケットが察知すれば、高値圏の株はその変化に弱いかもしれません。

 28日、米ワシントンポスト紙は、トランプ大統領が二つの点で安倍晋三首相に不満を抱いているという内容を報じました。

 一つは、7月に日本と北朝鮮の情報当局高官がベトナムで極秘に接触したことを、事前報告されなかった米側が不快感を示したことです。

 そしてもう一つは、6月の日米首脳会談で「私は真珠湾を忘れない」という表現を使い、対日貿易赤字問題への強い不満をトランプ大統領が表明したと報じています、

 さらに両首脳は北朝鮮問題でも対立したと伝えられています。

 同紙の報道は29日朝にNHKニュースでも報じられましたが、為替市場では大きな反応は見られません。

 これが気になるのは、6~7月の出来事を、なぜ今のこのタイミングで伝えてきたかという点です。米中貿易摩擦が事態収拾の方向に動き出す可能性があり、メキシコとのNAFTA再交渉は大筋合意に達したということから、次は日本だということで種を蒔(ま)いたのでしょうか。

 これが大きな事態に展開しなければよいのですが、一連の報道は頭の中に入れておいた方がよさそうです。

 9月には昨年10月以来となる、麻生太郎副総理とペンス米副大統領との日米経済対話が開催予定です。閣僚級の日米貿易協議も9月下旬予定の日米首脳会談前に開催される予定のため、注意が必要です。