本稿では、少し理屈っぽい人向けに、「アクティブ運用は手数料が高くてもいいのか?」、「現実には、どの程度の手数料が正当化出来るのか」という問題について考えてみたい。

細かな運用の議論が面倒だと思われる方は、

  • (1)人間が判断するアクティブ運用に特段の価値があるわけでは無いこと、
  • (2)同じカテゴリーなら手数料の安い運用商品を選ぶのがよいこと、

の2点だけ覚えて、インデックス・ファンド(TOPIXの様な市場の平均に近いものをターゲットとするファンドがいい)に投資しておけばいい。

米国大手運用会社の決断

先週のニュースだが、米国のある大手運用会社が、株式のアクティブ運用部門を縮小すると共に、運用資産の一部をクオンツ運用(数量分析による運用)を行う部門に移換し、手数料を約半分に引き下げると発表した。

この運用会社の幹部は、取材に対して、顧客が手数料の安い指数連動型の上場投資信託(ETF)へと向かっており、これが、この会社のアクティブ運用事業にとっては打撃となっていると答えている。「技術進歩とETFの目覚ましい成長が続いていることなどが原因となり、米国では手数料が押し下げられている」というコメントもあった。

「アクティブ運用の手数料は高すぎるのではないか」、「アクティブ運用の効用は高い手数料に見合っていないのではないか」といった疑問が、米国の投資家の間で広く共有されつつあるようだ。

もっとも、この会社の決定は、「ブランド品を値下げして売ってはいけない」というマーケティングのセオリーに沿っている。アクティブ運用を値下げするにあたって、アナリストが分析してファンドマネージャーが運用の意思決定を行う「人間アクティブ」の運用手数料をそのまま下げるのではなく、資金を「クオンツ・アクティブ」運用に移行して、クオンツ運用の手数料を下げることで、「人間アクティブ」のブランド価値を守ろうとしている。

「人間アクティブ」のアクティブ運用商品は、今後も、現在のような価格(運用管理手数料)を維持できるのだろうか。

「人間アクティブ」と「クオンツ・アクティブ」の比較

実は、「人間アクティブ」の運用商品と、「クオンツ・アクティブ」の運用商品に、本質的な違いはない。出来上がりのポートフォリオが同じなら、商品の価値は同じはずだ。

例えば、将棋なら日本将棋連盟、囲碁なら日本棋院の売店に行くと(将棋・囲碁共に筆者の長年の趣味である)、一流棋士の自筆の扇子が2万円くらい、印刷の扇子が2千円くらいで、つまりざっと10倍の価格差で売っており、ちょうど、「人間アクティブ」と「クオンツ・アクティブ」の価格差のような案配だ。

しかし、扇子の場合は、自筆と印刷で、風合いが異なり、ファンにとっての使用価値も異なるが、商品が「ポートフォリオ」となり、使用価値は「その運用パフォーマンス」だとすると、「人間アクティブ」と「クオンツ・アクティブ」は、結果として持つポートフォリオが同じなら、何ら差は無い。

筆者は、そのような幼稚な運用を評価しないが、「厳選された30銘柄で運用します!」という国内株式ファンドが2つあるとして、どちらも同じ銘柄・同じウェイト(例えば等金額ウェイト)のポートフォリオを持つなら、運用商品としての価値は同じだ。

加えて、「人間アクティブ」の場合、銘柄選択の基準と、それ以上に重要な銘柄毎の投資ウェイトを説明しなければならないとした場合に困難が生じるが、「クオンツ・アクティブ」では、使用するデータとポートフォリオ組成のアルゴリズムを示すと、運用プロセスを説明できる。

例えば、先の「厳選30銘柄のポートフォリオ」であれば、(A)銘柄評価の基準と、(B)評価上位30銘柄を等金額で保有する、というルールを示すと、運用内容を示すことが出来る。

ところで、仮にこうしたルールを示した場合、例えば「銘柄のウェイト決定と、ポートフォリオのリスクとの関係はどうなっているのか?」という疑問が生じる。

「30銘柄は評価に差があるはずなのに、なぜ同じウェイトなのか?」、「銘柄の組み合わせによってポートフォリオ全体のリスクが変わるはずなのだが、組み合わせが評価されずに、なぜ30銘柄を決めるのか?」、「そもそも、30銘柄よりも銘柄が多くて、なぜ悪いのか? 30銘柄という制限には、運用上の合理性が無いのではないか?」といった当然の疑問が次々に湧いてくる。

銘柄のウェイトを決めるには、先ず、ポートフォリオ全体のリスクの計測手段を持っていなければならない。また、個々の銘柄のウェイトを決めるためには、ポートフォリオの中で個々の銘柄のウェイトを変えた場合に、ポートフォリオ全体のリスクがどう変わるのかを計測して、これと個々の銘柄への評価(例えば「期待アクティブ・リターン」で評価する)との関係を合理的に組み合わせるのが正しい方法だ。

現実のポートフォリオは、このような方法でしか、合理的に説明することが出来ない。

「私は、長年の経験と勘で個々の銘柄への投資ウェイトを決めている」とファンドマネージャーが言うのは勝手だが、現実のポートフォリオには個々の銘柄のウェイトがあり、リスクの計測を前提とすると、ウェイトから期待アクティブ・リターンが逆算できる。つまり、「人間の勘で決めている」と強弁しても、何らかの銘柄評価(「アクティブ・リターン」)とポートフォリオのリスクとによってポーフォリオを決めたのと同じ事をやっている訳で、本人が、それを把握していないのだとすると、プロの運用サービスとしては「愚かな手抜き」と言うしかない。

一方、現実に、ポートフォリオをデータとプログラムによる計算で自動的に決めるのか、人間がデータとソフトウェアを使って決めるのか、は大した問題ではない。

仮に、「クオンツ・アクティブ」がポートフォリオのリスク計測に基づいてポートフォリオを決め、「人間アクティブ」がリスク計測無しでポートフォリオを決めているのだとすると、前者の方が合理的な説明が可能な分だけ運用サービスとして優れている。個人の勘でウェイトを決める「人間アクティブ」に資金を投じることなど、素人の「おまじない」にお金を払うようなものだ。

もちろん、「人間がデータとソフトウェアを使って判断する(まともな)運用」もあるので、「人間アクティブ」が常に劣るとは言えないのだが、世間のイメージと現実の運用管理手数料水準の高低関係に反して、大半の「人間アクティブ運用」よりも、リスク計測に基づく「クオンツ・アクティブ運用」の方が高品質な運用なのだ、と言って構わないだろう。

こちらの方を安売りする決断を下さなければならないのだから、冒頭に紹介したニュースで触れた、米国の大手運用会社としても辛いところだ。

そして、より大きく、「クオンツ・アクティブ運用」と「インデックス運用」を比較すると、投資家にとって、運用管理手数料が安い分だけ、さらに後者が優れた選択肢である公算が大きい。

「人間アクティブ」の値段は、今や風前の灯火的状況にあるのではないか。

アクティブ運用の値段の計算式

以下、簡単な計算を行う(数式嫌いの方は飛ばし読みして頂いて結構です)。

原則として、好ましい順に、「インデックス運用」>「クオンツ・アクティブ運用」>「人間アクティブ」という評価序列があるとしても、仮に、「これは有望ではないか」と思うアクティブ運用があった場合に、幾らまで追加的な運用管理手数料を払うことが出来るだろうか。

仮に、アクティブ・リスク(標準偏差)に対してI倍のアクティブ・リターンが期待できるとして(Iは「インフォメーション・レシオ」と呼ばれる。この場合、プラスの定数としよう)、投資家がこのアクティブ運用を使うことの効用は、ポートフォリオが取るアクティブ・リスクの大きさによって変動する。アクティブ・リスクをσで表し、投資家の効用(U)が、以下のような関数で表せるとしよう。λはリスクに対する投資家のペナルティの大きさを表す「リスク拒否度」だ。

【投資家の効用】U=Iσ−λσ²

アクティブ・リスクがゼロなら、アクティブ・リターンが生じないので、投資家の効用はゼロであり、アクティブ・リスクを増やすと効用はしばらく増えて行く。しかし、アクティブ・リスクをどんどん拡大していくと、アクティブ・リターンの期待値が上昇するプラス効果よりも、アクティブ・リスクが拡大することのマイナス効果が大きくなってしまう。

先の効用関数をσで微分した式をゼロと置いて、最も効用が高くなる、「丁度よい大きさのアクティブ・リスク」を求めると、

σ=I/2λ

の時に、効用が最も大きくなることが分かる。

例えば、インフォメーション・レシオが0.5(=I)だとして、アクティブ・リスクにリスク拒否度が0.05(=λ)だとすると、アクティブ・リスク(ベンチマークに対する推定トラッキング・エラー)が5%の時に、投資家のポートフォリオの効用が最大になる。

そして、σ=I/2λ を効用関数に代入すると、「最適なアクティブ・リスクを取る時の効用」が計算できる。

U=I・I/2λ−λ(I/2λ)²=I²/4λ

I²/4λがその答えだ。ここで、最適なアクティブ・リスクを取る場合の期待アクティブ・リターンは、I・σ=I²/2λとなっており、丁度半分だが、これが投資家がアクティブ・ファンドに払うことが出来る手数料の上限だ。

先の例、即ち、リスク拒否度が0.05の投資家がインフォメーション・レシオ(I)0.5と評価したファンドに投資する場合、アクティブ・リスクの最適水準は5%、アクティブ・リターンの期待値は2.5%で、その状態の効用は、リスク・ゼロで1.25%のリターンを稼ぐことが出来る状態と等しい、という計算になる。

この場合で、アクティブ運用に追加的に払うことが出来る手数料の上限は、年間1.25%だということになる。もちろん、投資家側から見ると、運用手数料がこれよりも小さければ、それに越した事はない。

ちなみに、最適値よりもアクティブ・リスクを増やすと期待アクティブ・リターンは増えるが、そのことのプラス効果よりも、アクティブ・リスクが拡大することのマイナス効果の方が大きくなる。例えば、先の例なら、アクティブ・リスクの大きさが5%を超えると、アクティブ運用の効用は低下し始めて、10%に達したところでゼロになる。

インフォメーション・レシオの評価は難しい!

さて、前記の計算は、「アクティブ運用の能力を投資家が正しく評価できる」(=インフォメーション・レシオが推定できる)という前提があってはじめて適切なものだ。

そして、残念なことに、投資家も、プロの投資アドバイザーも、アクティブ運用の正しい能力評価を行うことなど出来はしない。現実には、インフォメーション・レシオの大きさはおろか、プラスなのかマイナスなのかさえも分かりはしない。「プラス0.5」といった数字を現実的に使えると思える場合があるとは思えない。

過去の運用成績が将来の運用成績と無関係であることは、既に、よく知られている。また、運用会社を「定性評価」しても、将来の運用パフォーマンスを評価する上では、全く役に立たない。

先ほど、運用者個人の勘に基づく「人間アクティブ」への投資を、「おまじない」にお金を払うようなものだと書いたが、アクティブ・ファンドの運用会社とその商品の販売会社は、「おまじない」を売っているのだが、敢えて彼らを評価するなら、彼らは「おまじない」を売ることのプロだと言える。

もちろん、玄人が唱える「おまじない」だからといって、現実の運用上何らかの意味があるわけではない。ポートフォリオが説明しにくく散らかっているだけのことだ。

彼らに付き合うのは、無駄な手数料を払って、彼らを喜ばせることになる。投資家個人が付き合う必要はないし、仲介役のアドバイザーが手数料の高いアクティブ運用を顧客に勧めるとしたら、それは、倫理的に「悪いこと」のカテゴリーに入る行為だろう(金融庁の言う「フィデューシャリー・デューティー」の考え方に照らすとアウトだ)。特定のアクティブ運用を投資家本人が独自に気に入って自分で高い運用手数料を払うことは個人の自由だが、アドバイザーは、根拠がないのに手数料の高いものを勧めてはいけないということだ。

インデックス・ファンド、ETF、さらに安価なクオンツ・アクティブ運用が売られるに至って、「人間アクティブ」の高手数料にも引き下げ圧力が及ぶようになるだろう。

しかし、金融・運用業者のビジネス努力を甘く見てはいけない。彼らは、目先を変えた新しい稼ぎ方を試みるにちがいない。一般投資家に対して、予め将来に向けた注意をしておくなら、将来、パフォーマンス連動の運用手数料に引っ掛からないことが重要だと申し上げて置こう。