今日の見出し
- 筆者が掲げてきた2つのテーマ「諸問題を抱えるOPEC」「石油に強い米国」に将来弱材料になり得る7つの芽あり。原油価格の本格的な上昇にはこれらの解消が必要か。
- 「諸問題を抱えるOPEC」についての5つの問題点・・・サウジの100万バレル/日量の原油輸出削減について①削減量が不十分。②削減対象が増加傾向が出始めている生産量ではなく“輸出量”である。③ナイジェリアの生産枠上限設定は増産凍結であり減産ではない。④ナイジェリアとともに増産可能国だったリビアは引き続き増産可能。⑤ともに減産体制を組む非OPEC主要国ロシアの季節的な増産の可能性。
- 「石油に強い米国」についての2つの問題点・・・⑥シェール主要地区のリグは引き続き増加中。⑦米国の原油生産、石油主要地区であるテキサス州近辺で増加中。
米国の原油在庫は4週連続で減少、今週月曜の産油国の会合ではサウジは原油輸出量を削減・ナイジェリアは生産上限を設定、そしてシェール企業は掘削活動にブレーキなど・・・複数の強材料にサポートされ、原油価格は大きく上昇しています。
図:原油価格の推移(単位:ドル/バレル)
出所:CMEのデータを基に筆者作成
上記のような値動きになっている中、この上昇に死角はないのか?何か不安要素は潜んでいないか?・・・これまでに筆者が示した原油市場における2つのテーマ「諸問題を抱えるOPEC」・「石油に強い米国」それぞれにおける、筆者が考える“認識しておきたい弱材料の7つの芽”を、本レポートで取り上げてみたいと思いました。
なぜ、死角や不安要素の存在について考えたのかといえば、米国の原油在庫の4週連続での減少が確認された水曜日の原油価格が、一方的な上昇傾向とならず、大きく上下に動いたためです。この日の週間石油統計の内容は、一見すると原油価格の大幅上昇を予感させるものでありました。しかし、実際は“上下に大きく動いた”というものでした。
一方的な上昇にならなかった理由を探すべく、データを探ったところ、いくつか引っかかる点があったこと、加えて、先週金曜日(日本時間の土曜日)からの一連の原油関連の報道において筆者なりに思うところがありました。
将来、これらの弱材料の芽が消滅した時、その時こそ原油価格が本格的な上昇に転じたと判断できる時であろう、という意味で、これらの弱材料の芽は原油価格の本格的な上昇トレンドへと転換したことを今後確認していく上で消されるべき条件であると考えています。
筆者が掲げてきた2つのテーマ「諸問題を抱えるOPEC」「石油に強い米国」に将来弱材料になり得る7つの芽あり。原油価格の本格的な上昇にはこれらの点の解消が必要か。
図:テーマと弱材料の芽
テーマ | 報じられている 事象(見た目) |
弱材料の芽(実態) |
---|---|---|
諸問題を 抱えるOPEC |
サウジアラビア 原油輸出削減 |
① 削減量が不十分。 |
② 削減対象が増加傾向が出始めている生産量ではなく“輸出量”である。 | ||
ナイジェリアの 生産枠上限設定 |
③ 生産枠上限設定は増産凍結であり減産ではない。 | |
④ ナイジェリアとともに増産可能国だったリビアは引き続き増産可能。 | ||
(その他) | ⑤ ともに減産体制を組む非OPEC主要国ロシアの季節的な増産の可能性。 | |
石油に強い 米国 |
リグ増加が鈍化 | ⑥ シェール主要地区のリグは引き続き増加中 |
米国の原油 生産量は減少 |
⑦ 米国の原油生産、石油主要地区であるテキサス州近辺では増加中 |
出所:筆者作成
上記の表より、“見た目”と弱材料の芽とした“実態”が乖離していることがわかります。細かい点かと思いますが、これらが先々の不安要因に発展する可能性は否定できないと考えております。
これらの弱材料の芽がある上で原油価格が反発しているという点は、見た目と実態の乖離が拡大してきていること、そして期待や思惑が原油価格を上昇させていることを示していると考えます。
「諸問題を抱えるOPEC」についての5つの問題点
サウジの100万バレル/日量の原油輸出削減について
(1)削減量が不十分
(2)削減対象が増加傾向が出始めている生産量ではなく“輸出量”である
(3)ナイジェリアの生産枠上限設定は増産凍結であり減産ではない
(4)ナイジェリアとともに増産可能国だったリビアは引き続き増産可能
(5)ともに減産体制を組む非OPEC主要国ロシアの季節的な増産の可能性
以下より、「諸問題を抱えるOPEC」というテーマにおける筆者が考える弱材料の芽について書きたいと思います。
サウジの100万バレル/日量の原油輸出削減について“削減量が不十分”
サウジの原油輸出国は以下のとおりです。
図:サウジアラビアの原油輸出先(2016年)
出所:UNCTADのデータを基に筆者推定
UNCTADのデータを基にした筆者の推計では、2016年のサウジアラビアの原油輸出においてOECD諸国向けが53.6%(米国向けが14.5%)、非OECD諸国向けが46.4%でした。(2012年から2016年の5年平均で米国向けは16%)
サウジアラビアは自国の原油輸出量を昨年8月比100万バレル/日量削減するとしています。上記のシェアが変わらなかったとすれば、100万バレルの削減のうち対米輸出分は16万バレルという計算になります。
米エネルギー省(以下EIA)のデータによれば、2017年6月の米国の原油輸入量(ネット)はおよそ730万バレル/日量、輸入の他、同国の国内供給の担い先である国内生産がおよそ920万バレル/日量、在庫調整分を含めれば合計およそ1,700万バレル/日量の原油の供給(製油所へのインプット分)があるとされています。
このような環境において、16万バレル/日量のサウジアラビアからの原油輸入量が削減されたとしても、世界の石油在庫のおよそ40%を有する米国の在庫を大きく減少させるようなインパクトはないように思われます。以下は、米国の原油在庫について、EIAが7月の短期見通しで示した同国の原油在庫の見通しを、上記の16万バレル/日量のサウジアラビアからの輸入減少分を考慮の上、修正したものです。
図:米国の原油在庫の推移とサウジの原油輸出削減を考慮したシミュレーション(単位:百万バレル/日量)
出所:EIAのデータを基に筆者作成
仮に2018年3月まで、サウジアラビアが対米原油輸出を減少させたとしても(輸出配分が一定であれば)、サウジ対米原油輸出減少(米国輸入による供給の減少)によって米国の原油在庫が大きく減少する要因にはならないと考えられます。また、OECD諸国への輸出シェアから見ても100万バレル/日量ではなく、およそその半分が実質的な、OECD諸国の供給削減と見られ、100万バレルという見た目ほどのインパクトはないように思われます。
サウジの100万バレル/日量の原油輸出削減について、削減対象が増加傾向が出始めている生産量ではなく“輸出量”である。
図:サウジアラビアの原油生産量 単位:千バレル/日量
出所:OPECのデータより筆者作成
上記のとおり、減産開始以降、サウジアラビアは減産上限(赤線)を守っていますが、生産量は徐々にその上限に接近してきています。このような状況の中、サウジアラビアが打ち出したものは原油生産量の削減ではなく“原油輸出量の削減”というものでした。
サウジアラビアが減産を実施している他の23か国とともに共有してきた“原油生産量”という共通の目標ではなく“原油輸出量”という新しい目標への取り組みを示したことで、今後、(減産国の足並みの乱れの他)サウジアラビアからの石油製品の供給拡大が懸念されると筆者は考えています。
原油の輸出を削減しつつ石油製品の輸出の拡大の道を確保したのではないか?ということです。自国の財政の回復が急務である同国において、外貨獲得の手段を原油から同国内で処理する石油製品に切り替える方向に動いているのではないかと考えています。
サウジアラビアからの原油輸出が減少・輸入国における供給が減少、という事象と同時に、サウジアラビア産の石油製品の輸出拡大・同製品の輸入国の供給・在庫の拡大という事象が起きる可能性はあるのかもしれません。
OECD諸国の在庫について、石油製品を含めた「OECD石油在庫」が報じられるケースがあることから、OECD諸国での在庫が(原油は減少したとしても、懸念されるサウジアラビアの石油製品輸出拡大によって)減少しにくい状況が発生する可能性があると思います。
ナイジェリアの生産枠上限設定は増産凍結であり減産ではない。ナイジェリアとともに増産可能国だったリビアは引き続き増産可能
図:ナイジェリア・リビア・イランの原油生産量 単位:千バレル/日量
出所:OPECのデータより筆者作成
ナイジェリアは日量180万バレルを生産の上限とするとしています。6月の生産量はおよそ175万バレルですのでほぼ、今後は6月の水準を上回らない状況が続くと見られます。
上図のイランについてですが、今年1月の減産開始以降、生産量はほぼ横ばいとなっています。これは減産目標の上限である日量およそ379万バレル/日量に限りなく近い生産を継続しているためです。(増産凍結状態)
ナイジェリアもイラン同様に今後上限一杯で推移することが想定されます。目先の生産量は増加しにくくなりましたが、これは減産ではなく増産凍結であり、生産枠上限以上に生産量は増えなくなったとしても、その生産枠一杯で生産が続き、減産にルール変更がなされない限り同国の生産量が減少する可能性が低くなったと考えられます。
また、減産期間が終了した直後に大きく生産量が増加することが考えられます。減産国であれば減産期間が終了すれば生産量が元に戻る(回復する)イメージですが、増産凍結国はそこからさらに増加することが想定されます。
また、リビアについては6月時点で日量およそ84万バレルの生産ですが、同国は上限の設定がないため、今後さらに生産量が増加する可能性があります。
つまり、ナイジェリアについては現状から生産量が減りにくくなったこと、将来の生産量の大幅増加の可能性を内包していること、リビアについては引き続き増産の可能性があるということになります。
ともに減産体制を組む非OPEC主要国ロシアの季節的な増産の可能性
図:ロシアの原油生産量 単位:百万バレル
出所:EIAのデータを基に筆者作成
上図は以前のレポートでも述べた点ですが、ロシアの原油生産量が、近年、夏場にその年の底をつけ冬にかけて増加している傾向にあります。
夏場に生産施設のメンテナンス、メンテナンスを実施しにくい冬場に生産、というサイクルによるものであると推測されます。
今年も7月も終わりに差し掛かり、今後のロシアの原油生産量の動向に注目が集まるタイミングに入りました。昨年9月のOPEC総会でロシアが減産に合意しなかったのは、イラン等のOPEC諸国内の足並みの件以外に、10月以降の自国の減産が難しかったためではないかと想像しています。
上記のとおり、OPECには問題が残っており、決して今週月曜の会合でOPECから問題が取り払われたわけではないと考えています。
「石油に強い米国」についての2つの問題点・・・⑥シェール主要地区のリグは引き続き増加中。⑦米国の原油生産、石油主要地区であるテキサス州近辺で増加中。
シェール主要地区のリグは引き続き増加中。
図:米国の石油生産向け掘削稼働リグ数の推移 単位:基
出所:ベイカーフューズのデータを基に筆者作成
ベイカーフューズ社が毎週金曜日(日本時間土曜日)に公表する、石油生産向け掘削稼働リグ数について、増加の流れが鈍化していると報じられています。
一方、米エネルギー省が提唱する7つのシェールオイル主要生産地区(Bakken、Eagle Ford、Haynesville、Marcellus、Niobrara、Permian、Utica)のデータを抽出して見てみると(WillistonをBakkenに、DJ-NiobraraをNiobraraに読み替え)、この7地区の稼働リグ数の合計は引き続き増加していることがわかります。シェール主要地区で1基増加、それ以外で2基減少、差引1基減少ということになります。報じられているのはほとんどこの“1基減少”の点です。
米シェールオイル生産の主要7地区の原油生産量の合計を米国のシェールオイル生産量とするケースが見られることから、同主要7地区の動向が重要であること考えられます。
米国の原油生産、石油主要地区であるテキサス州近辺で増加中。
以下の図は、米国の原油生産量の推移です。
図:米国の原油生産量の推移(長期) 単位:千バレル/日量
出所:EIAのデータより筆者作成
過去最高水準であることがわかります。
また、以下の図はアラスカ州とハワイ州を除く48州の原油生産量の推移(短期)です。
図:アラスカ州とハワイ州を除く48州の原油生産量の推移(短期) 単位:千バレル/日量
出所:EIAのデータより筆者作成
今週のEIAの週間石油統計で米国の原油生産量の減少が報告されましたが、アラスカ州での生産が減少(上述のロシアと同様、夏場にその年の底をつける傾向あり)したことが背景にあり、主体である48州の生産量は上図のとおり増加傾向を維持しています。
また、足元、シェール業者の設備投資縮小の報道がなされておりますが、一部の企業では“掘削活動の縮小”を報じていることから、掘削済・未仕上げ抗井や仕上げ後抗井からの生産は継続的に行われる可能性はあるとみられます。
さまざまなデータを見ている中、複数の弱材料の芽が存在するのではないか?その弱材料の芽が解消することなく大きくなれば、再び原油価格の下落、という可能性もあるのではないか?と筆者は考えております。
データの詳細と、報道および原油価格の動向に大きなかい離があり、そのかい離が日に日に大きくなってきているように感じています。とはいえ、価格が正しいという点からいえば、筆者の指摘など杞憂にすぎないのかもしれません。
今後、短期的には、現在のように思惑・期待で価格が上振れることはあるのかもしれませんが、中長期的には、例えば米国の原油生産量が大幅減少となり明確な同国の原油在庫の減少が見られはじめた、OPECの原油の減産がこれまでになく順守されている等、目に見えるデータとしてこれらの事が明らかにならなければ、原油価格が長期的な上昇へ移行することは考えにくいと思います。
期待や思惑での上昇ではない、確信を市場は欲しており、それを催促するように、原油価格は上昇しているのかもしれません。
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