強い米雇用統計、強さよみがえる米国

 先週金曜日6月1日に発表された米雇用統計は予想より強い数字でした。

 5月のNFP(非農業部門雇用者数)は前月比+22.3万人と、予想の+19万人を上回りました。前月の改定値は5,000人減少しましたが、前々月が2万人増加したことから、過去2カ月間の雇用者数(※)は1.5万人の上方修正です。

(※)米雇用統計の非農業部門雇用者数の数字は、当月分だけでなく前月、前々月分も
チェックする必要があります。当月分が予想を上回る増加となっているのにドルが売られているときは、過去2カ月分が大きく下方修正されていたという場合もあります。

 これによって2018年の月間平均は20万人を超える順調な伸びで、失業率は前月より0.1%低下し、3.8%に。これは2000年4月以来の低水準です。

 また、インフレ指標として注目されている平均時給は前月比+0.3%と前月の+0.1%から加速しました。前年比も前月の+2.6から伸びて+2.7%となりました。

 予想を上回る雇用者数、18年ぶりの低水準の失業率、賃金の加速を受けてマーケットの反応は金利高、株高、ドル高となりました。トランプ米大統領もこの良好な指標結果を事前に知って、思わず発表の約1時間前に「雇用統計を見るのを楽しみにしている」とツイートしたほど。米大統領が指標を事前に漏らすとは前代未聞ですが、マーケットはこのツイートに反応しています。

 ドル/円の動きを見ると、109.24円近辺(ツイート時点の水準。午前7時20分ごろ[日本時間午後8時20分ごろ])から109.44円まで買われました。

 その後、この水準で発表待ちとなり、発表後は109.73円まで上昇しました。しかし、トランプ大統領が楽しみにするぐらい良い指標であったにもかかわらず、米長期金利は3%には届かず、ドル/円も110円には届きませんでした。やはり、前回(※リンク)お話しした先行きの不透明要因が相場の頭を重くしているようです。

 不透明要因とは、(1)米保護主義による貿易摩擦、(2)米長期金利と原油動向、(3)欧州政局不安です。

 米長期金利と原油動向はいったん落ち着いているものの、欧州政局不安もイタリアの政権発足によって、とりあえずは後退しています。しかし一方、米保護主義による貿易摩擦はエスカレートしています。

 

貿易摩擦でそろばんを弾くトランプ

 貿易摩擦はこの1週間で一段とエスカレートしています。対中貿易摩擦だけでなく、ついに対先進国摩擦が鮮明になりました。

 先週開催されたG7会議(※)直前の5月31日に、トランプ政権は鉄鋼、アルミへの上乗せ関税の発動を除外していたEU(欧州連合)、カナダ、メキシコに対しても発動すると発表しました。

(※)G7会議は、日本、米国、英国、ドイツ、フランス、イタリア、カナダの7カ国で話し合う先進国の国際会議。各国が議長を持ち回りで務め、今年はカナダが議長国。

 このことで、カナダのトルドー首相は「隣国のカナダを安全保障上の理由によるとはどういうことだ。カナダ国民を侮辱している」と怒りをあらわに、強く批判しました。

 6月1日に討議が始まったG7財務相・中央銀行総裁会議では、米国のやり方に対して各国が猛反発し、米国と対立したまま閉幕。G 7の共同声明は発表されず、米国以外の6カ国が議長統括として米国に対して「懸念や失望」を表明した形となりました。G7会議で対立したのは初めての出来事です。

 フランスの財務相が「G7」ではなく「G6+1」だと表現しているように、先進国間で亀裂が生じた象徴的な出来事です。

 為替市場ではG7会議を常に注目し、共同声明や時には協調介入により、相場は大きく影響を受けてきました。

 今回の亀裂したG7に対して、マーケットの反応はほとんどありません。あまりにも大きな出来事すぎて反応できないのでしょうか。あるいは、米中間選挙までのトランプ大統領のブラフ(はったり)の域を出ず、長続きはしないと見透かしているのでしょうか。

 6月4日付「ウォールストリートジャーナル」紙は、当初米国内では鉄鋼とアルミの輸入額が全体の2%未満であり、関税を発動しても米国経済全体への影響は限定的と見られていたものの、トランプ政権が中国や他国に対して、あるいは自動車など次々と新たな関税を打ち出していることから、予想より影響は大きくなる可能性があると指摘しています。

 このままでは深刻な貿易摩擦へと発展し、失業が増加し、景気後退に向かえば1990年代前半の再現となる可能性もあると伝えています。米国民がこのことに気付き、トランプ政権を批判するまで、あるいはトランプ大統領への支持率が低下するまで、世界経済に暗雲を漂わせるこの状態は続くのでしょうか。

 今週末にはG7サミット(G7首脳会議)が開催されます。G7サミットでもG6+1が鮮明になり、さらに「G6 vs1」になればブラフだけでは収まらないかもしれません。

 先進諸国間で報復合戦となり世界経済に影響が及び、相場の重石材料になってくるかもしれません。ドル円の上値の重たさは、そのことを先取りしているのかもしれません。